挑戦者
第1ダンジョン~第3ダンジョンまでは、十分な戦力と正当な戦略を以て今も攻略に当たっている。
第4、第5、に関してはハルが指名した二人に『強力な力』を与える事で、少数でも十分な攻略を可能にした。
スキルポイントは無限にあると言ったが、流石に全冒険者への『力』の付与と超エナジードリンクの作成、伝説の防具の召喚は大幅にポイントを削ってしまった。
それでも把握できない程あるが、約半分の消費。残りの半分は、いざ魔王と対峙した時の為にとっておきたい。
「残るは第6、第7ダンジョンだが……ま、"あいつら"は大丈夫か」
「ねーねーハルお兄さん。この剣撫でるとびくっとして面白いね」
「あんまりいじめると、怖いお姉さん……じゃなかった、お兄さんが出て来るよ」
騒然とする冒険都市でも、そうやって無邪気に笑うのは翡翠の瞳が特徴の少女――ミアだった。
「で、わたしは何をすればいいのー?」
「ここに居るだけでいいよ」
「あっ……ごめんね、きっとわたしの体じゃハルお兄さんを満足させられないと思う」
「ぶほっ!」
飲んでいた茶を思わず噴出してしまうような事をさせる為に、わざわざハルはこの場所にミアを呼んで訳ではない。
と、彼女の手の中でミコトが「私でも主を満足させる事が出来るだろうか」と色んな意味で物騒な事を言っているのはおいておくとして。
「ミアに傷でもつけたら、家出してったどっかのアマゾネスが黙っちゃいないからな」
今の俺の仲間は、勇者パーティの誰かじゃない。
少し遠くに行ってる金髪の美少年と、血気盛んで料理の上手い『彼女』なのだから。
早く戻って来いよと、ハルは空腹に唸りながら青空を見つめた。
●●
第六迷宮、第七迷宮。
その二つのダンジョンの担当を任されたのは、たった"三人"の男女だった。
しかも彼等彼女等は、直接ハルに何か力を授かった訳ではない。
ただ『想い』は抱いている。複雑できっと言葉にする事は出来ない、可変な悠久の――。
「ごめんね、今まで騙しちゃってて」
迷宮に出発する数十分前に、黒髪の乙女が告げたのは『在り日しの記憶』だった。
それは、彼等であって彼等ではない、今はもう遠き日の思い出。
ハルが見て『結論』を出したものと同じ真実を、彼等――タケとアオイは知ったのだ。
あの日、イリスが時を戻すよりも早く命を落としてしまった彼らは、時が戻ったこの未来では今日まで只の傍観者――いや只の『第三者』でしかなかった。
理由があったとは言っても、それは酷い裏切の行為で、それこそ殴られる覚悟でイリスは激白した。
だが彼女の瞳に映った二人の表情は、予想とは全く異なったものだった。
「――ふざけるなよ、オレの筋肉……!あっさり死にやがってよぉ」
「言葉も出ないとは正にこの事です。私は――私とタケはあの未来で何をする事も出来なかった」
怒りや悲しみではない。それは深い『後悔』の念だった。
「自分を責めないで。全部、全部、私がやったのことなの」
「辞めて下さい、イリス。そう言う事ではないのです。あの結果を招いたしまった一端を担った私達の後悔は勿論ある。ですが一番の後悔は仲間である貴方や『彼』に『勇者』として認められていなかった事です」
「そ、それは…………」
イリスは、意図して二人に今まで『真実』を隠して来た。それは罪を背負うのは自分だけいいと、ずっと思っていたから。
でも本音を言うと少し……。イリスにとっての『勇者』とはハルだけであって、彼等に知る資格がないと判断した節も捨てきる事が出来ない。
それに『彼』もアオイやタケに真実を伝えるようにと言及はしなかった。それは言い換えると、勇者としては未熟な『役立たず』とも受け取れる。
イリスよりもずっと賢いアオイだけではなく、タケも薄々だが気付いた様子で、今更誤魔化す事は更に彼等を傷口を抉るだけだ。
「…………君達が嫌なら、今からわざわざ私と一緒に戦わなくていいよ。ずっと騙されて来たアオイやタケには選択する権利がある」
「そうですね。きっと物語でいったら、私達は『脇役』でハルのように輝ける事はない。――でも、私やタケは『勇者』でありたい。今のハルが過去の自分を超えたように」
「オレも同意見だ。時が戻っても、この筋肉だけは『痛み』を覚えてる。なら、今ここにいるのは最高の筋肉だ」
やはりよく何を言っているのか分からないタケに微笑しながら、イリスは静かに瞼を落とす。
「この世界でのハルが、アオイがタケが。この世界に勇者として召喚された三人が『覚悟』を示した。――私は、三つの時を観測している者としてそれを記憶し、記録しよう」
既に、イリスがやるべき『役目』は終わっている。
後はハルに言われた通り『傍観者』としてこの戦いの行く末を見届けるのが、愚かな乙女に課せられた罰だった。
「さて、今から第六迷宮と第七迷宮をたったの三人で攻略しなきゃいけない訳だけど」
「辞めて下さいよ、イリス。折角、覚悟で現実を塗り潰していたのに」
「それな。流石に骨が折れる。いや筋肉が、か?」
「どっちでもいいですよ、はぁ」
「でも諦めない、そうでしょう?」
「おうよ。最も早くダンジョンをぶっ潰す」
赤髪が逆立って、燃え滾る情熱と共にタケの筋肉が唸る。その横では、静かなる熱を宿す蒼い瞳が輝いた。
そしてわずか三人――いや実質二人で、一時間程で第六迷宮を攻略してしまったわけである。
今まで魔王が歯牙にもかけていなかった、ハルやイリス以外に『勇者』と呼ばれる者の躍動。そして、存在自体知らなかった勇敢な冒険者達の存在。
それらが今、ハルを起点に解れつつある運命の起爆剤。
一手一手、確実に『王』をとるために進めていた魔王の布陣が、たったの数時間で"ひっくり返った"。
武や策に通じていない一般市民が今の状況を見ても、魔族が劣勢。そしてそれを纏める王に降りかかる責務は計り知れないものだった。
「…………」
王座に頬杖を付き冷静を装ってているが、その漆黒のロングコートは汗でぐっしょりと濡れていた。
東には最強の男、西からは侮っていた冒険者達。挟み撃ちの形になる前に、どうにか策を打たなければならないヴェスタが頭を抱える事しか出来ないのは、今も行動を起こさないハルの存在があるから。
ヴェスタが知らない、ハルが採った『何もしない』という作戦が、今まで無数の策を見破って対処して来た知恵者を追い詰めているのだ。
「魔王さまぁ。魔黄龍が倒されちゃいましたぁ……あと、ダンジョンももう半分落とされて――それにそれに、王都に向かった魔族も次々と……」
一介の軍師では既にお手上げの状況。魔族という軍の総司令であるヴェスタが何か判断を下すしか、この絶望的な状況を打開する策はない。
だというのに、俯くヴェスタの顔が上がる事は中々なかった。
「魔王さまぁ……」
部下の期待の眼差しが、更にヴェスタを追い詰める。何かをしなくてはならないのに何も出来ない葛藤が、闇に生きる者の心を闇に染める。
そして何度目の思考の後。
「ふは」
水が一滴、水面が生じた音がした。同時に、決壊する。
「ふひは。ふははははははは――くは……フハハハハハハハハハハハハハハハハ」
自分よりも下の存在を見下す魔王の哄笑とは違う。権威も傲慢どころか、愉快も孕まないそれは歪な笑いだった。
事実表情は笑っているのに、ヴェスタは"涙を流している"。恐怖に晒された弱き人間と同じように、情緒を無茶苦茶にして泣きながら笑っていた。
「ちょっと、嘘でしょぉ?」
忠義を尽くすべき主の無様な姿。王座に座るには余りに見っとも無い敗者に、ミリウムは思わずため息を吐いた。
魔族にとっての王とは、絶対的な存在でなければならない。その定義とは反する今の姿を、誰一人として魔王と認める事はないだろう。
しかし、ヴェスタは決して壊れてしまった訳ではない。
それは彼にとって一種の『精神統一』だった。まだ魔王が何も手に入れる事の出来ない弱者であった頃、ヴェスタは毎日泣き笑っていた。
自分の弱さに飽き飽きして涙を流して、目指すべき明日の姿を想って笑っていたのだ。
だから今のヴェスタにとってのそれは、"あの頃"を思い出す方法。そして見つからない答えを出すには、今の自分では分からない『初心』が必要だった。
暫くして、悪いガスが抜けきったみたいにヴェスタは「ふぅ」と息を漏らす。
「かつて、我は『挑戦者』だった」
「……急に戻ったと思ったら、一体なんですぅ?」
「今でこそ『魔王』な我だが、かつては只の下級魔族だった。だが今も昔も、変わらずに望む事は全て成して来た。知恵も力もない挑戦者の身であっても、我は我で在った。この手に冷や汗が滲む状況、確かに魔王としては初めてだが過去の私には常だった」
「忘れかけていた事を思い出したって事ですかぁ?」
「そうだ、ミリウムよ。我の強さは魔王に有らず『欲』こそが我の根源だ」
ハルは確かに、その限りない『欲』を以て魔王を追い詰めるに至った。しかし同時に『欲』の意味を思い出させてしまったのだ。
まだヴェスタの名が下級魔族で在った頃に抱いていた、限りない『勝利欲』を。全てを手に入れようとする『深淵の強欲』を。
紫紺はより一層の輝きと共に、王としての権威を取り戻す。冷や汗は何時の間にか凍てついて、ヴェスタの周りには極寒の冷気が漂っていた。
「やっぱ、魔王様は偉大ですぅ。それで、次に私は何をすればいいですかぁ?」
「何もせずとも良い。全軍をこの地に戻して、魔王城の扉を開け放て。逃げも隠れもせぬ、勝負はこの場で決するとしよう」




