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糸の解れ

「それにしても、一体誰が"あんな魔力"放出したのか。王都の奴らじゃないみてぇだけど」


 遂数十分前、その男――フィリウスはこの世界に戻って来た。

 健一という元異世界転移者が造った装置、その起動がこの世界で起きた"莫大な魔力"によって可能になったのだ。


「きっとわたくしの弟に違いないですわ!」


「お嬢、結局来たのかよ」


 その横で自信満々に豊満な胸を張るのは、優しい緑葉の瞳が特徴の女性だった。名を神楽(カグラ)風夏(ふうか)、この世界に居るかも分からない『弟』を探して異界の扉へ飛び込み、そして迷いなくこの戦場に来たのである。


「お強いフィリウス様と一緒に居る方が、きっと弟に会える確率もあがりますもの」


「ていっても、まだこの世界にお嬢の弟がいるって確定した訳じゃないだろ?」


「いますわ、分かります。感じるのです」


 決して異世界にやって来たフウカが『特別』になった訳ではない。彼女は正真正銘の只人で優れた感覚を有している訳でもないが、『姉』である。


 彼女が弟の姉である以上、そのすーぱーせんさーは必ず発動するのだ。原理は分からないし、それを特別な能力というのかも知れないが……とにかく、そう言う事なのである。


「でも残念だが、ここにはいないようだぞ?」


「そうですわね……目の前に居るのは大きなお犬さんですし」


「お嬢、これが犬に見えるのかよ」


 さっきフィリウスの距離を無視した空拳によって地に足をついたのは、ヒューマンであるフウカよりも遥か大きな獣だった。

 それどころか、生物の頂点に君臨する正真正銘の龍。幾ら肝が据わって居ても、こうして午後の紅茶(ティータイム)並みに落ち着いた反応を出来るのは、もはや只の姉ではなく何か凄い姉(アルティメット)である。


「弟が何処かで頑張っています。なら、私が俯いてどうなりますでしょうか」


「うわぁ、その弟愛はもはや執念だな。尊敬する」


「フィリウス様が奥方を想う気持ちと同じですよ」


「なるほどな。なら、負けられない。――ほら、さっさとそこらの岩陰に隠れろ。この龍は俺さんがさっさと潰す」


「さいですの」


 姉としての矜持を示したが、戦に参加する事は出来ない。

 フウカが背後で見守る中、復帰戦だとフィリウスは短く呟いて、未だ「グゥ」と墜落の衝撃に唸る魔黄龍に一撃を浴びせた。


 正直、フウカには最強(フィリウス)の実力がどれほどのものか分からない。でも共に過ごして来た数か月で、現代においても彼が"負け知らず"だという事は知っている。


 なら怖い龍を前にしても大丈夫だろうと、身を隠しながら楽観視した。


「――あら?」


 それこそ、一撃で魔黄龍が粉々になる未来を考えていたフウカの目に映るのは、どこか釈然としない表情で拳を開閉するフィリウスの姿だった。


 当然、決定打にはなっておらず、直後にけたたましい咆哮と共に大きな尻尾が躍動する。


「うぉおおお!?」


「フィリウス様!加速を……この世界では貴方はスキルを使える筈でしょう!」


 あまり詳しい話を聞いたわけではないが、フィリウスは元の世界なら更に最強だとフウカは伺っていた。

 もしかして使用するのを忘れてしまっているのではないかと問いかけたが、


「――あれぇ?」


 そうやって勢いよく宙を舞いながら、やっぱり首を傾げる。最初こそ、フィリウスに怯んでいた魔黄龍も、鼻息を荒くして更なる猛攻に移った。


 空に打ち上げられているフィリウスを素早く両翼が横切って、至近距離から息吹が放たれる。余波だけでフウカの肌が悲鳴を上げる程の熱線、死者の魂をも焦がすホロ・ブレスは大地を焼き尽くした。


 だがそこはやはり最強。影どころか肉体に目立った傷一つ覆っておらず、そのまま華麗に着地を決める。


「まさか、強すぎてても足も出ないとかそう言う感じですの!?」


「いや、そう言う訳じゃないんだ。可笑しいな、この世界に戻って来たのにスキル処か、真面な力が拳に乗らない」


「現代社会に溶け込み過ぎた弊害、ですの?」


「そう言う訳じゃない、と思う。先週も、エジプトのピラミッドの地下で蘇った『古代の戦士』と戦ったし」


「ならブランクで力が入らない訳じゃない……って勝手に何をやっていますの!?」


 偶にふといなくなる時があったが、まさかそんな事をしていたとは。調べればいっぱい余罪はありそうだが、今はそんなことを言っている場合ではない。


「なら一体、何が原因で――はっ、分かりました!」


「流石敏腕ぷろでゅーさーだな。で、なんだ?」


「フィリウス様は今、龍を前にしてどう思いますか?」


「そりゃあ、言い動画のネタになるって……はっ、まさかッ!」


「ええ、そうです。フィリウス様は今、職業病で動画の『尺伸ばし』をやってしまっているのです!!!!!」


 何気ない日常を発信しているチャンネルのつもりだったが、やはりインターネットの反応は気になるというもの。

 短すぎるのも駄目だし、長すぎても駄目。そうやって題材によって無意識な短縮や尺伸ばしを続けた結果、今フィリウスは龍を前に『本気』を出せていないのだ。


 異世界での巨大龍との戦闘。億再生間違いなしで、直ぐ終わらせるのは勿体ない!


 そう言った心理であろう。


 ちなみに、なぜかフウカもカメラを構えてしまっていた。


「何していますの!早く倒して、私は弟と会わなければいけないというのに……!手が――手がカメラから離れませんのッ!!!」


「分かる、分かるぞお嬢。俺さんも視聴者を楽しませる為に体が作り替えられちまってる――!」


「いやしかし、フィリウス様。これは『試練』です!大切な者を守ってUtube(ユーチューブ)を両立する為の!」


「なるほど……!なるほど?」


「8分です、8分で最高の動画を撮る!出なければ、私は弟に会う資格はない!!!」


「お、おう!そうだな、そういうことだな!」


 正直、フウカは自分でも何を言っているのか分からなかった。

 フィリウスもあんまり分かっていない。



「魔黄龍程度は余裕だと言いたげな表情……厄介な!」


 一方、遠くでその光景だけを見ていた魔王には、帰って来た最強が頭を下げるその『ぷろでゅーさー』とやらが底知れない実力を保持していると感じていた。


 紛れもない勘違いではあるが。


 だが着実に運命の糸が徐々にほどけていく。ヴェスタを嘲笑う鐘の音が確かに響いて、それを知らせて来る。


「ぬぅ……?ならば勇者は何処だ!あやつは今どこで一体何をしておる」


「魔王さまぁ……」


「次は何事だ、ミリウム!」


「そのー言いにくいんですけどぉ……もう一個、ダンジョン落ちちゃいましたぁ」


「なっ……!?」


 七つのダンジョンはそれぞれ特性があって、先人の冒険者たちが踏破するのに生涯を費やして来た。


 冒険都市の冒険者が逆にダンジョンに進行を始めたのは、報告遅延(タイムラグ)を考慮しても1時間前。僅かその程度の時間で迷宮攻略を果たすものなど、それこそ最強(フィリウス)か今のハルだけ。


「もう一度問う。勇者は、ダンジョンに居る訳ではないのだな?」


「間違いないですぅ。私直属の諜報員が確認済みですよ」


「王都にもいなければ、ダンジョンにもいない。ならば、一体奴は何をやっておるのだ!!!」


 王として冷静さを欠く事が禁忌であることを、勿論理解はしている。それでも、全てを掌握できる筈のヴェスタにとって、底知れない『未知』というものはそれだけで大きすぎる脅威だ。


 そして一度こうした思考に陥ってしまうと、中々脱出するのは難しい。今もどこかで気を伺っている、それこそ天上にでも張り付いているのではないかと、肺に氷を詰められたような形容し難い感覚がヴェスタを襲った。


●●


 ―2時間程前。


 まだダンジョンからモンスターが溢れる前の時間軸に戻った俺は、早速ギルドに訪れていた。


「理由は語るに多い。ただ、この都市がヤバイ。力を貸してくれ」


「そーこまで真摯に訴えかけられたら、やるしかないよねぇ」


 今から何をするにしても、俺が冒険者全員に信頼されている訳ではない。かといって、皆が知らない前の世界にの行く末を語ったとして、信じる者は少ないだろう。


 だからこそ、冒険者達にとってのその言葉が『真実』となる彼――ギルド長のエルフに助力を頼んだ訳だ。

 前回の世界では、ギルドの為にと冒険者を見捨てながらも、未来の為にと命を賭した。感情に左右されず、忠義で動くエルフの老人は、詳細を語らずとも俺の言葉に首を縦に振った。


「君の話が本当なら、もうじきモンスターが攻めてくるのでしょう?先に手を打つのかーな?」


「いや、今更向かっても遅いと思う」


 先にダンジョンの最下層にある結界の破壊を阻止できればよかったが、戻って来たこの時間軸ではそれが出来ない。

 時が戻った事による、『先封じ』というアドバンテージは生かせない事になる。時を戻す事が世界に許されたのは、きっと『根源変換(チートスキル)』の昇華という偉業に免じて。


 多分、もう二度と時を戻す事は出来ないだろうし、今更何を言ったところで仕方が無い。


「なら、君が全てのダンジョンを攻略するのかーな?」


「その気なら、わざわざあんたにこうして頼んじゃいないよ」


 勿論、最初はその可能性が過ぎった。結論から言うと『可能』だろうが、時間が掛かり過ぎるし、長い間自分の居場所を晒す事になる。


 その裸の王様状態を、きっとあの魔王は放って置かない。一度は真勇に勝利した知恵を以て、必ず俺を追い詰めて来る。


 だから、俺がすべき選択は――。


「何もしない。俺はこの可愛い剣と一緒に、暫く椅子に座っとく」

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