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ホントウ?

 そうだった、そうじゃなかった。


 俺はあいつらに――タケやアオイ達に蔑まれていない。最後の別れの瞬間、ダンジョンに突き落としたのだった『嘘』だ。

 そもそも行く準備をしただけで、ダンジョン内で袂を別った訳ではない。


 あの黒髪の乙女――イリスが俺の記憶を弄って気絶させて、そのままダンジョンに突き落としたのだ。


 ワカラナイ、ワカラナイ。なら、俺の復讐心は何処に行く。

 一年半に渡って抱き続けたこの気持ちと、それによって生み出された軌跡はどうなる。


「俺は一体、ダレダ」


 カグラ・ハルは絶望を知っている。だからどんな状況にあっても、気丈に振舞って折れない自信があった。

 だがその土台がそもそも偽りだと気付いて。


 ―壊れてしまった。


 ある日突然、歯車が狂って停止する機会のように、そこでハルの思考は真っ白になった。空の色も、友の名前も思い出せない。

 ただ目の前にあるのは、カグラ・ハルという器だった。


「  は――逃げて――さい!!!」


 『誰か』がハルの事を担いで走り続ける。だが突然バランスを崩して倒れてしまった。


「ぁ……ぁ」


 壊れた機械は直ぐに修復しない。『誰か』の声は断片的で意味が届かない。


「しっかりしろ、『  』!!!お前は『  』だろ!私達の為に、皆の為にこの先に――」


 『誰か』はどうやら『誰か』に向かって酷く怒り心頭らしい。


「我が叡智、いや思い出よッ!!!彼を『泉』の元まで――」


 ぐしゃっと何かが潰れる音がした。それが何か分からないが、温かい水がどくどくと零れた。


 ……『泉』。


 その言葉のどんな意味があるのか忘れてしまった。ただ、気付けば走り出していた。

 『誰か』が何かしてくれたのか、やけに体が軽い。どこに行けばいいか分からないけど、西にいっておけば大丈夫な気がする。


 記憶と無意識の狭間に揺れるハルの体は、途中何度も転がった。枝に躓き膝を擦りむいて、石に頭をぶつけて流血した。

 それでも足を止めなかった。いっぱいの血も痛みも、泉に行けばどうにかなると思った。


 そして、ふと。


 ―風が寒い。


 さっきまで居た場所と違って、今ハルの居る場所は寒かった。森に吹き抜ける風の静けさではなく、大地を駆ける疾風が肌をひんやり撫でていく。


 ああ、きっとハルは森を抜けたのだ。なら、そろそろ泉に片足が浸かってもいいのではないか。だけど何時まで経っても平坦な道が終わる事がない。

 そこでハルは『泉』に関して考える。もしかしたら、今脳裏に浮かぶ泉と『泉』は違うかもしれない。


 ―分かってるだろ?


「ああ、分かってるよ」


 ―お前はもうとっくに正気を取り戻してる。


「ああ、そうだ。現実逃避したいだけで、そもそも最初からそんなに壊れちゃいない」


 ―なら、どうして今も『偽り』を突き通す?


「分かるだろ?」


 ―ああ、分かるよ。


 本当は森を抜けた時点で正気を取り戻していた。それでも無知を装って泉を探していたのは、目の前の『残酷な現実』を認識したくなかったから。

 壊れてるから仕方ないと目の錯覚を肯定しないと、本当に"ぶっ壊れる"程の衝撃が其処には広がっていたから。


 ―私の人生は常に苦難の連続だった。だが――この場ギルドだけは愛している。


 ―それでいい。いけよ、勇者。


 ―だから金を寄こせ、無能勇者。俺様の墓に大量の花と一緒にな。


 ―言っただろ。オレは仲間を見捨てない。絶対に護るって。


 多くが死に、俺へ託した。なのに、なのに――。


「何もない、泉処か、何も――!」


 託された想いを届けるべき場所がどこにもない。

 夕焼けに沈むのは、ただ荒涼とした大地。景観と呼ぶべき自然がない『無の光景』。


頬肉を噛み、夢かと疑った。何度も目を擦って、視界の異常を探った。だがやはり広がるのは"広大な現実"だった。

 悲劇処の話ではない、これは正しく『喜劇』だ。何かが出来ると抗って、結局何も手に入れる事が出来なかった『無能勇者(ハル)』を嘲笑う終曲(フィナーレ)だった。


 もし神がいるのなら、今すぐに胸倉を掴み上げてやりたい。傍に姉が居たなら、わんわんと泣きついて頼りたい。

 そうやって憤怒する事や悲壮に駆られる事に意味がないのは分かってる。そう、ハルが今口にすべき――いや呼ぶべき『人物』は一人だ。


 俺をこの場所へと導いた記憶の番人。全てを知っている、『真実の貯蔵庫』。


「イリスぅううううううう!!!!!」


 血の味を噛みしめながら、天高くその名を叫ぶ。もうじき日は沈む、この声に彼女が築いたとて真っ暗な荒野ではきっと俺の事を見つけるのにも一苦労だ。


「――やぁ、久しぶりだね」


 でもそんなのは杞憂だった。時間的、空間的隔たりを無視してその黒髪の乙女はやって来た。

 何時も以上の怒りと疑問を宿す俺の瞳に対して、イリスの瞳は何時も通り悠然と輝いている。


「沢山けがをしたようだね、大丈夫かい?」


「近付くな。治療はいらない、俺が欲しいのは――」


「記憶、だよね。分かってる、分かってるさ。だから私はここにやって来た」


 やっと話してくれるのかと、「ありがとう」を言うつもりもなければ理由(わけ)もない。全部喋って貰ったあと本当に殺してやりたい。

 そう真摯に想ってしまうほど、その黒髪の乙女は俺にとって『猛毒』だった。


「私は君の記憶を三度消したと言っただろう?残りの枷を外す事で、君は『覚醒』する。全てを思い出す事になる――だけどその前に可笑しいと思わないかい?」


「お前の存在がか?」


「さっき思い出した記憶、それは君がこの世界に転移して間もない頃。私とは正しく接点がなかった筈なのに、どうして記憶を奪って『偽り』を植え付けたりしたのか」


「お前の性格が塵だからだ」


「ならどうして、タケやアオイには私は何もしていないの?簡単な話、私は君にこそする必要があると思ったから。そして私は足る根拠を持っていた」


「まるでずっと前から俺の事を知ってたような口ぶりだな」


「正確には違う。君であって君じゃない。――告げよう」


 すっかり暗くなった夜空。月を透かす雲は『光冠』となって地上に降り注ぐ。

 互いの距離も把握できない薄暗闇で、潜む『真実』だけが迫った。


 靄が晴れる、ずっと抱いていた疑問が。

 最近身の回りで起こっていた、"俺以外の皆が何かを知っている現象"の模範解答(アンサー)が。


 そしてどうして俺にわざわざ『絶望』を与えて、様々な『試練』を乗り越えさせるに至ったのか


 雲が東に移り、月明りが互いの距離を照らす。思ったいたよりずっとイリスとの距離は近く、語られる真実は一言一句間違いなく、意味ある音として俺に伝わった。


 それはとてもシンプルな解答であると同時、奇妙で一瞬受け入れ難い『神の悪戯』だ。一瞬、固まってしまったが確かに"それ"なら一致する。


 点と点が繋がって確かな『糸』になる。


 ―君はこの世界を二度繰り返している。


 カセットテープみたいに一度進んだ時が巻き戻ったと。一度、カグラ・ハルは勇者として異世界を生き抜き再臨したと。


 俺が知らない『俺』だから、俺が知る訳がなかった。


「世界の繰り返し『リセット』を知るのは私を含めて数人。それが誰だとか、どうしてその人達だけは知ってるのかとか、それは今から見せる記憶で全部わかる。ただ、覚悟しておいて欲しい――カグラ・ハル、君は『リセット』前の世界で――」


●●


 ぐるぐると周っている。


 意識はおろか、肉体や内臓までも感覚がなくなって洗濯機の中に入っているのかと錯覚する位、かき乱されている。

 それは抗う事の出来ない奔流。宇宙、いや実感の湧かないそれは『天の川』を渡っているに違いない。


 記憶が確かなら、今日は普通の日だった筈だ。姉の声で起きて、姉と一緒に飯を食べて、姉と一緒に大学に行って、姉と一緒にテレビを見た。


 うん、何事もないハルの日常だ。


 なのに今陥っているのは明らかなる不思議体験。臨死状態、あるいは普通にころっと死んでしまったという線を考えるのが妥当だろう。


 ―まだ死にたくないな。


 目を瞑って……というか、体の概念がここにあるか不明なので、ただハルは祈った。すると、グワァンと。

 凄まじい重力に引き寄せられて、体が感覚を取り戻す。血肉が熱を取り戻して五感が正常に作用した頃、耳に響くのは壮大な交響曲(シンフォニー)だった。

 続いて目を開けると、黄金の空間が目に入る。豪奢な装飾やオブジェクトで彩られるその場所は王城の一角だと思った。


 そしてそれは決して間違っていない事を、次いで目に入る人物で理解する。


「よく来たぞ、勇者達」


 赤いマントに身を包み、王冠を頭に乗せる精悍さすらも感じさせる老人は正しくな『王』だった。その横にずらりと並ぶのは、今もなお響く交響曲(シンフォニー)の楽器隊。

 そして俺――いや"俺達"を囲むのは、ローブや水晶が埋め込まれる杖が特徴の魔法使いっぽい人達だった。


 図らずとも、だろう。足元にある魔法陣を見れば、もはや疑う余地もない。


 ―ここは異世界だ。


「こほっ、こほ。――早速で悪いのだが此度の魔王、勇者方が対峙する事になる敵は余りにも強大だ。もし君達にその素質がないなら、ここで追い返す事になる」


 勝手に呼び出しておいて、弱かったら追い出すとは何事だと。

 異世界転移の優越感に浸るハルを他所目に、蒼い瞳が特徴の理知的な男は声を荒げていた。


 因みに、その横では「この世界にプロテインはあるのか?」と何故か半裸の男が真剣な眼差しで問うている。

 召喚された唯一の女性は、この状況下でたったまま居眠りをしていた。


「ウィール、勇者方の『スキル』は?」


「…………視た所、殆どはかつての勇者と同じく優秀な『スキル』を保持している」


「殆ど、だと?」


「ああ、一人。その黒髪の青年だけは別だ」


「…………俺?」


 王に、美しい緑のエルフ。どう見ても主要人物なキャラは愚か、この場に居る全員の視線が俺を縫い付ける。

 いやしかし、待てよ。こいつは、とんでもないスキルを持ってやがる……!展開なら嬉しいが、そうもいかないのが現実。

 無スキルで、しかも魔法も使えなくてパーティーから追い出されるような未来の可能性が俺には視えるぞ……!


 そんな不安に喉を鳴らしていると、間もなく判決は下される。


「――面白い『スキル』だ。スキルポイントをあらゆるものに変換する『根源変換』。ライスロナクス王、どうやら『当たり』を引いたらしい」


 それが"一度目"のカグラ・ハルが授かったスキルだった。

少しごちゃごちゃしてるなーって思うかも知れないです。でも、これから書く話でなんとなく分かると思うのでご理解をm_m!!!

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