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i'm inevitable

 駆けて、走って、駆け抜ける。


 ただ泉に到着する事だけが、俺が今まで見捨てて来た者達への謝罪だった。


 ――いや違う、それだけでははない。


 俺を見守り続けて信頼してくれたレギオへの感謝。身を賭して道を切り開いた悪党への敬意。


 何よりも、今もなお戦い続ける者達の『勇気』が俺の身を奮い立たせる。歓楽街を抜けて、西へ西へ。

 タイムリミットが迫る。加護も時間も勿論だが、肉体的にも限界が立ち塞がる。


 だが、この期に及び。


 ―【勇者】5、勇気に呼応して強くなる。


 俺の速さは更なる段階に浮上する。


「グェ!?」


「ボォワ!?」


 都市外で襲ってくるのは魔族よりも、モンスターの数が多い。

 だがその全ての曳き殺す。直線状の敵は勿論、その速さの軌跡が舞い上がらせた砂石も凶器となって怪物は駆逐されていく。


 正に走る戦車、あるいは目的地に導く神話の騎馬。


 唯一、そんな神々の物語と違うのは、その果てに本当に目的地があるのか保証されていないこと。レギオの言葉を疑うわけではないが、先の見えない芝生を何時までも踏み付けるのは気が滅入る。


 それでも立ち止まることは許されない。やがて"最後の通過点"である森に足を踏み入れる。

 手入れされておらず、鬱蒼と森林が茂るこの場所は普段結界が敷かれているが、今はそれが取り払われていた。


 結界を破壊する手間が省けたが、かといって中がどうなっているか分からない以上、油断は禁物だ。俺も噂程度、というかこの森自体に様々な噂が飛び交っていて『真実』が一致しない。


 そもそも『泉』の話を聞いたのは初めてだし、俺は数万年の時を眠る古代龍や世界を滅ぼす古代武器(アーティファクト)が地中に埋まっていると噂で聞いていた。


 森の地面を何度も踏みしめているが、それといった強大な力は感じられない。今の所の印象は本当に"普通の森"だった。

 魔族やモンスターもここまでは追って来ておらず、ただ静かな草木を騒々しい足音が駆ける。神経負担も大分減って、足を動かして軌道を確保する以外にやることは時折花を避ける事だけだ。


 ドクンドクンと。間もなく、森を抜けて件の目的地にたどり着く事に気付いた鼓動が唸り始める。

 本当にこの先に『泉』があるのか、皆を助ける『救済の力』が存在するのか。


 ただでさえ走り続けてヒートアップしている鼓動に、緊張が加わった事で更なる負荷がかかった。

 だからだろうか、まだ加護が残って『コップの水』を制御できているにもかかわらず、パキンと。根本から崩れ去ってしまう暴走(オーバーヒート)が起きて、精密に組み合わさっていた俺の体を制御する針は振り切ってしまった。


 このまま走り続ければ死ぬと判断してゆるやかに停止を行う。


「はぁ、はぁ……」


 言うまでもなく体はボロボロだ。誰とも戦っていないが、まるで三日三晩戦い続けた狂戦士のような様相だった。


「あと、距離はどれくらいだ?」


「10kmほどで森を抜けられるかと」


「走って10分、いやこの体だと30分は必要か」


 優れた敏捷性を以てしても、その程度はかかるだろうと。しかし、後それだけの距離まで最短で到達する事が出来たのは上々だ。

 威国でミコトに受け取った万能薬の苦みを噛みしめて、休む間もなく再び『泉』に向かい始める。


 灰色の空、差し込む事の無い陽光。ただ、そよ風だけが吹き抜ける森は不気味だった。

 都市の喧騒はこの場所に届かない。いっそ先ほどまで襲って来ていた魔族やモンスターが恋しくなるほど、今は静か過ぎる時間が続いていた。


 こういう時、イヤホンで音楽でも聴ければいいのだが。そんな無理な事を考えていると、


「…………ピアノ、か?」


 薄っすらと森を木魂するのは、鍵盤が奏でる旋律。思わず聞き入ってしまう程洗練されたそれは、丁度進行方向から響いてくる。

 明らかに罠、旋回して違う道を行った方が良いと分かっているが、まるで魅了されてしまったかのように俺は音の方へと歩き出していた。


「――――」


 それを静止しないのはフライデーも又魅了されているからか。美しい音色だ、平穏、悲しみ、一転して少しの絶望と気付きによる希望の復活。

 日々起こり得る『別れ』を題材にしているようなそれを、元の世界で聞いた事があった。


 その題名も分からない演奏曲が止むと同時、開けた空間に俺は出る。ここが本当にまだ森の中だと錯覚してしまうくらい、『空間』が鬱蒼とした雰囲気を撤回していた。

 

 足並みを揃える芝生に、雲の隙間から差し込む一点の陽光。まるでこの場所だけが特別――いや、違う。

 間違いなく其処にいる人物が『特別』だからこそ、彼に従って空間が変異していたのだ。


 何処から持って来たのか、グランドピアノに向かっているのは漆黒のロングコートを纏っている男。その如何にもな闇の恰好は、本人の紫紺と夜色の髪があってからこそ輝く。


 最も暗いからこそ、最も輝いているという矛盾。それを成すのが『王の器』。


「魔王…………」


 初対面だが驚きはない。そもそもこの事態を誘発したのが魔王なら、俺の前に出て来ることも予想できた。

 それにイリスはこれを『最後の試練』と称した。なら、それに見合った強大な敵が立ちはだかるのは当然だ。


「『別れの曲』と言ったな。貴様と同じ勇者が遥か昔に残した曲だ」


「案外、魔王にも心があるんだな」


「人間の美学には興味がない。特にこの人間らしい風情を表現している曲には反吐が出よう」


「それにしては随分と美味い演奏だったが」


「我はお主に敬意を称している。生涯唯一の宿敵に対して贈る『鎮魂嘆(レクイエム)』である」


「確かに頑張って走って来たしな」


「…………とぼけるなよ。既に我は記憶を取り戻しておる、今更道化のフリをする必要などあろうか」


 やはり俺の事を良く知っているような物言いだった。ただそれは俺の知らない俺だ。


「どうして都市を襲った?」


 俺が何らかの記憶を消されているのは確実。ただイリスの糞野郎が記憶を消去するだけではなく、『偽り』を植え付ける事が出来るのなら目の前の魔王がこうして俺を敵対視しているのも理解出来なくはない。


 やはり考えても仕方ないので、ここは下手に嘘を吐かずに正直者であろう。


「分からぬのか?」


「この先にある『泉』がお前の大義を邪魔する可能性があるから、だろ?」


「――貴様は何を言っておる?神話の泉など恐れるに足らぬ」


「じゃあどいてよ」


「まさか本当に記憶が戻っておらぬのか?……どうして?あの『女狐』は何を考えておる。――まぁ良い、ここで貴様を消せるのならそれで」


 一瞬、困惑の色を露にした魔王だったが直ぐに氷の冷静さを取り戻す。瞳を爛々と輝かせて、その身に高まった魔力はロングコートを靡かせていた。

 

 もう走って駆け抜ける事は出来ない。かといって、戦うには戦力が不足している。


 そもそも逃げる事を目的として、戦闘に際する準備はしていないのだ。準備完了もままならない状態でクエストを行ったゲームクリア出来た試しがある訳もない。


 ならばやはりこの場でも逃げるのが先決。――そう分かって居ながらも直ぐに足を動かす事が出来ないのは、やはり魔王の圧倒的な存在感故だった。


 目を離す事が出来ない。少しでも余所見をするとそのまま死に直結する。

 俺が今まで見て来た誰よりも"ヤバイ"。邪神や一将が可愛く感じるほど、魔王は生存本能に訴えかけて来る。


 勝てない、今の俺ではどう転がっても魔王に傷一つ付ける事が出来ない。

 ならばやることは一つ。


(誰か来い、誰か助けに来て……頼むから、ヒーローカモン!)

 

 願う事だ。星も出ていない灰色の空にただ願う。

 どっかの世界に飛んでしまったフィリウスが「まだ勝負は終わってないぜ?」とか言って戻って来ないかな。


 他の誰かに願うにしても、犠牲を強要する事になるから却下だ。魔王に勝てるのは最強の男、もしくは――。


「どうやら間に合ってようですね」


 それは理知的な声だった。


「オレも準備万端だ」


 勇ましい声と拳の音が響いた。

 そうだ忘れていた。最強と名高い男とは別に、歴代の魔王を倒して来た者達が居たのだ。


 勇者と呼ばれる、異界から召喚された『特殊スキル』保持者。正直、俺にとっては追放した"糞野郎ども"としか思っていなかったが、彼等も又『希望』に違いない。


 蒼い瞳を悠然と輝かせるのはアオイ。その隣でメラメラ肉体と髪を燃やしているのはタケゾウ。

 

 イリスの姿は見えないようだが、あれは居るだけで場を乱す。


 ――兎も角、こいつらだったら死なずに魔王を足止め出来るに違いない。


「貴様ら雑魚に興味などないわ。殺すだけ無駄だ」


 言葉数少なく指を弾き、魔王の背後から出現したのは四つの魔法陣。各々に集約されるのは紫の魔力、代々魔王が有する『破壊の結晶』だ。

 肉を絶ち臓物を沸騰させる破壊の光線が詠唱もなく四度放たれる。向かう先はアオイ、眼鏡に反射する圧倒的な光を前に成す術がないのか立ち止まった。


「タケ、頼みます」


「ああ。今のオレは満腹だ」


 光線の前に躍り出たのはタケゾウ。対応するには少し遅く、その間合いでは衝撃波を放って打ち返す事も出来ない。

 ただ本人はそんな事は必要ないと言わんばかりに筋肉を張った。――あれ、さっきあれだけ飯を食っていたのにどうして腹が出てないのだろう。


 ふと思って、俺は思い出す。冒険都市で会議をしている最中、数時間にわたってタケゾウは飯を頬張り続けていた。

 パッと見た空き皿だけでも常人の一か月分の食料が腹に収まったにもかかわらず、彼の体型は一切変わっていない。むしろ洗練が極まっている。


 シャシャっと走る筋繊維と血管。左右非対称で全く無駄のない筋肉はもはや『鋼』では収まる事を知らない。

 そして目を凝らすと、その肉体から湯気が立っている事に気付く。今分かった、それは凄まじいエネルギーの変換だ。

 あの量の食事を全てエネルギーに変換して、それを今解放しようとしているのだ。


「衝撃波のスキルは負担が大きい。タケは今まで実力の100%を発揮できずに居た。でも今は違う、その筋肉はあらゆる衝撃を吸収する。言わば今のタケは自己循環型筋肉。名付けて『金色の筋肉(ザ・ゴールデンタイム)』!!!」


 名付けのセンスは言及しないとして、とにかく強そうだった。実際、魔王が放った光線は全てタケゾウの肉体に衝突した瞬間に消失する事になる。


「…………フハ、ハハハハハ。なんと愚かな。そうか、貴様ら二人は知らぬのだな。無理もない、"あの時"既に我が殺してやってたからな」


「オレはお前に殺されてやった思い出はない」


「無知なる者に伝授してやろう。貴様は我に勝てぬ、既に実証してある」


「言葉に耳を貸す必要はないです、タケ。魔王は言葉で相手を欺く。どうせそれも詭弁でしょう」


「全く同じ知恵者として眼鏡の貴様は可哀想で仕方が無い。何も知らない、何も分かっていない。――いいだろう、見せてやる。今ここに上書きしてやろう」


 愉快極まりないといった様子でひとしきり笑った魔王は、只手を叩いた。クラップハンド、それは無詠唱魔法を使用する者が魔法発動のきっかけにする方法として常識である。


 魔王と他のそれが違うのは、手を叩いて即座に何かが起こった訳ではないこと。即時発動が原則の無詠唱にそれは有り得ていけない筈なのだが、彼は片目を静かに瞑って何かを待っているようだった。


不可避の運命(ネビブル)


 さっき手を叩いたのは下準備、これが本来の魔法。瞬間、ドゴンと。


「…………は?」


 凄まじい衝撃音が鳴り響き、タケゾウの腹に穴が空いた。さっき衝撃を吸収すると豪語して戦いの備えていた戦士は、まるで小石に転んで頭を打ったようにあっけなく再起不能なダメージを負ったのだ。


 何が起こったのか分からない。ただ生じるのは不気味な風、蝶が舞うが如く不規則に乱れるそれは気付けば永遠を意味する『メビウスの輪()』を形成していた。

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