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come came come

「ギルド長!?一体何を――」


「決して魔に屈したわけではない。私は私の使命に従って、この決断を下したよーね」


「貴方は……一体何をやったのか分かっているのですか!?もうこの都市に結界はない。大勢のモンスターが間もなく流れ込む。ギルドを守る筈の貴方がどうして――!」


「守りたいからこそ、だよねぇ。この場に誰が抗っても、きっと状況を打開する事は出来ない。なーら、更に絶対絶命な状況に追い詰める事で『逃げ』以外の選択肢をなくす。ギルドとは場所ではなく、強い冒険者によって形成される。――だからどうか冒険者諸君、逃げてくれたまえよ」


 一人でも多く逃がす為に、『逃げ』以外の光を閉ざす。何とも安直で馬鹿げた考え方だが、それがギルド長なりの『決断』なのだろう。

 長年ギルドを守ってきた筈のエルフが下した余りにも惨いその決断。ふざけるなと怒号したいのは此処に居る皆同じだが、悲しいかなその思惑に従うしかなくなった。


 段々と聞こえ始めて来たのだ。蹂躙の足音が、住民の悲鳴が。

 光なんてものを覆い尽くしてしまう闇の大群が。


「お、おれは御免だぞ!こんな所で死んでたまるかよ!」


 冒険者の一人が顔面蒼白でギルドから飛び出す。ダダダっと勢いよく飛び出したのに、直後バシュと。

 外から水の切る音が響き、さっきの冒険者の足音がまるで聞こえなくなってしまった。


 それを可笑しいと思ったのか、他の冒険者もその背を追って入り口から外に出る。――でもまた間もなく、水切り音と共に足音は消失してしまった。


 だが今回はさっきとは別に。入り口からギルド内部にかけて赤い水が……紛れもない鮮血が木目を伝っていた。


「ッ!もうモンスターが来やがったのか!?」


 恐らく外に敵が居て、飛び出した冒険者はやられてしまったのだろう。そして音沙汰がない以上、きっともう命を落としてしまっている。

 だが冒険者足るもの、憐憫に嘆いている訳にはいかない。


 皆身を固めて、装備を掲げ。直ぐに臨戦態勢に入った。


「パシュン」


「―――ぁ?」


 次はやけに近い距離から水切り音とそれを模した声が響き、俺の丁度前に居た冒険者が首から血を流して倒れる。白目を向き、ピクリとも動かなかった。


 俺も他の奴も、全員がその倒れた冒険者が誰だか知っている訳ではない。だが曲がりなりにも、ここに集められている冒険者はAランク以上の傑物だ。

 それが一撃でやられるなど、あってはならない。


 だが実際に現実として起きている以上、発生するのは混乱の渦だ。


「おい一体何処から――うごぁ」


「何だよこれ、何なんだよ……!」


「この手口は……まさか――」


 何も分からないまま命を落とす冒険者達の中心で、アオイは思い出したように眼鏡をクィと上げた。


「四魔将、殺水のエリンド……!」


 その名を零した途端、ギルドの天井が崩れ落ちる。現れたのは、鋭い牙と前腕に付着するヒレが特徴の魔族だった。

 四魔将とは、魔王が抱える4人の側近。当然、実力は魔王に次ぐとされている。


「お前ら殺す。それが主の命令」


「私では分が悪い。タケ、もう出れますか?」


「…………」


 勇者パーティの矛であるタケゾウに問いかけるが、未だにむしゃむしゃと飯を食っている。まるで何かに儀式のように周囲の騒音には取り合わず、ただ喰らっていた。


 あいつらを助けるのは癪だが、これ以上の被害は見るに堪えない。ここは俺が――と。


「私のギルドで暴れる事は貴様らに砂粒ほども許可しないよーね」


 四魔将の前に躍り出たのは、この状況を誘発した張本人であるギルド長だった。


「邪魔。老人に用はない」


「ああ、私では君に勝てないよねぇ。だけど、覚悟を決めた老骨程怖い生き物は居ない」


 容赦なしに迫り来る空を割く水のカッター。それを魔法で防ぐことなく、文字通り肉と骨を断ち切られながらギルド長は四魔将に向かう。

 気のせいだろうか、今だけはその瞳に青を取り戻して本来のエルフらしい姿に移った気がする。


 その毅然とした輝きは、どれだけ傷を被っても淀まない。遂に片腕を消し飛ばされてしまっても、止まる事はなかった。

 そして生涯をギルドに捧げて来た手が、四魔将の腕を掴み上げて、


「私の人生は常に苦難の連続だった。だが――この場(ギルド)だけは愛している」


「まさか、お前。こんなことが、こんな老人に。僕が――」


 燃え尽きた。ギルド長は己の体ごと、四魔将を消し炭にしてしまった。

 それは彼なりの冒険者に対する謝罪、いや何としてでもギルドを存属させるという希望のタスキを繋げるための行動だった。


 敵の主格である一人をあっさりと葬った。だがそれ以上に、この絶望は重い。


「人間ども十六魔柱の一人、地のボルドーが相手をしよう」


 モンスターの前に、翼で自由に空を駆ける事の出来る魔族が一斉に押し寄せて来る。混戦必須、ギルドはたった数分の間に絶望の戦場になり替わりしたのだ。


「か、数が多すぎる!?」


「私の魔法でもこの数を一掃は……」


「履き違えるなよ、冒険者共。この田舎の都市に戦力を割いているのは、わざわざ貴様らを殺す為ではない。ただ、魔王様の『大義』がこの場にあるからだ――地盤破壊(クラック・B)


 ギルド内部だけでも数十の魔族。外にはそれ以上の数が援護に回っている。

 用意周到処ではない。余りにも過剰過ぎる戦力の集中。


「そこのちっぽけな小僧。魔王様の命に従って、お前を排除する」


 そして俺に至っては、その中でもかなり苛烈だ。何故だか分からないが、戦力の半分は俺をさっきから攻撃してきている

 瞬き厳禁の雨あられの魔法の中で、それでもこうやって思考できるのは曲がりなりにも俺が『希望』だからか。


「弱いッ!」

--

-Name ハル- RankA

Level-70

HP-1860 SS

力-1449 SS

防御-1179 S 

敏捷性-1730 SS 

--


 威国と王都で目立ったステータス上昇をしていないが、それでも数値的には十分馬鹿げている。

 何よりもあの酒飲み一将との戦いの過程で力の使い方を肌で知ったおかげか、剣が今日はやけに掌に張り付く。


 それにこいつらは魔族だ。俺の仲間であるライアを殺した糞野郎ども。


「手加減をするつもりない」


「くっ……!流石は魔王様が危険視している訳だ」


「なんなんだよッ、お前らはッ!まるで俺が『目的』みたいに喋りやがって!!!」


 素早く斬り込み、素早く振り向く。それが今の俺の戦い方だが、それは一手見誤ったら大ダメージの危険を孕む。

 四方から飛ぶ攻撃の全てに意識を割く事は難しく、細い糸を手繰るようにどうにか処理しているが、このままでは時間の問題だ。


 敵はそこまでの手練れは居ないが、弱い奴をまるで盾のように扱って直ぐに斬り捨てる為、これがどうにも『穴』が見つからない。

 そこに指揮や作戦があればどうにかなるだろうが、彼等の戦い方は文字通りの『特攻』だった。


 これが噂に聞く魔族。弱者を斬り捨てて、強き者だけが残り続ける実力社会。


「回転斬りッ!!!!!」


「はっ、見損なったぞ。そのようなただ回転するだけの技を――」


「はっ、こっちこそ見損なったよ」


 技や魔法には自ら習得できる『自由技』と、レベルアップ時に授かる『天技』がある。後者の場合、本来のそれよりも強い効力を発揮する場合が多い。

 と、最近レギオに教えて貰った。冒険者なら基本中の基本らしいが、生憎と義務冒険教育は受けていないもので。


「どぉらぁあああ!」


 剣の柄をがっしりとホールドして、勢いだけと基礎能力だけでぶん回す。


「ぐはぁ。このような低俗な技に――」


「どわぁ!?このニンゲン滅茶苦茶ダ!」


「おい兄さん、早く止まらないと俺らまで――ぎやぁ!?」


 もう散々破壊されてしまっているのだから仕方ないよねと。数百年に渡って都市を支えて来たギルドもろとも、剣で生じた竜巻が吹き飛ばす。

 少し近くに居た冒険者に当たってしまったが、魔族にボコボコにされるよりはいいだろう。


 天井も壁もなくなってしまったギルドは既に外と同義。だからさっきよりも、都市の現状が明らかになった。


 どこを見渡しても空を駆けている翼の影。

 遠くから聞こえてくるのは、何も出来ずにただモンスター共に蹂躙されていく一般人の叫び声。いや屈強な冒険者であっても、この状況に逃げ惑う事しか出来ていない。


 地獄絵図とは正にこの事だ。都市の至る所からは火の手があがって、ここが地上で最も栄えている都市のひとつと呼ばれている『冒険都市』だと誰が思うか。


「たす、けて……!」


 誰かを助けようにも、誰を助けて良いか分からない。この状況を呆然と眺める事しか出来ない俺にそんな『救済の声』が届く。

 視線の先、崩れ落ちた建物の瓦礫に幼き少女が下敷きになっていた。


 無論、理解するより先に体が動いた。地面を思いっきり蹴りつけて、最速で少女の元に向かった。


 だが――、


「――――ぁっ」


 ガタガタっと。更に瓦礫の重圧を深める瓦礫が雪崩れる。少女の姿が見えなくなった、彼女の声は届かない。


「フライデー、どうにか……」


「…………」


「なぁどうにか、どうにかしてくれよ…………」


 分かってる、分かってるさ。直ぐにその瓦礫から少女を引っ張り上げようとしない自分が一番理解している。

 でも、そんなの嫌だ。


 別に俺は最強の力が欲しい訳じゃない。スキルポイントを変換できるようにはなったが、決してそれは楽に全てを手に入れられる権能ではなかった。

 でもそれでいいのだ。只、俺は自分の望む事が出来る力があれば良かった。


 目の前の少女位、助けられる力があれば。


「…………どうしてこうなった」


 空は少しずつ灰色に満ちていく。

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