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始まりの空はいつも青い

前回の話で、なぜか"フィリウス"の名前を全て"レイフォンス"と表記してしまいました。既に推敲済みですが、見てしまった方の為に訂正しておきますm(_ _)m

 王都での戦いは終わった。


 犠牲は数百人の冒険者、騎士、魔導士。それも魔族と最前線で戦っていた猛者達が多数を占めていて、人側の戦力の大幅低下に皆が嘆き憂う事になった

 だが何よりも、ライアを失ってしまった事が俺とリアにとっては一番の後悔だった。


 でも民衆や貴族、普段傍観者で居る彼らは勿論、当事者である強者たちはただ一つの事だけを懸念していた。


 ――最強の男(フィリウス)が居なくなった今、誰が魔王を止めるのかと。


 武勇祭は当然強制終了となって、そのままその場に居る要人達は色々話し合った。

 その色々に関して俺が知らないのは、単純に呼ばれなかったからである。龍魔族を仲間にしていた事実が、"最近急にのし上がった来た元勇者"という称号に疑念を抱かせてしまったのだ。


 分からない事、聞きたい事、それに"思い出した事"もあった。一旦頭の中の整理をする為にも、俺はリアと妹もミアと一緒にホームタウンの冒険都市に帰還した。

 道中、リアは何か想いに耽って終始黙り続けていた。


 そして到着するや否や。


「ちょっと行ってくらぁ。帰って来るから心配するなよ」


 そう言って目的地も告げずに、妹を知人に預けてどこかに行ってしまった。

 暫く帰って来なさそうな物言いと瞳だった。

 

 これで晴れて、俺はソロプレイヤーに戻って訳である。


 どうしてこうなったのか。最近身の回りで起きている、"俺以外の皆が何か知っている現象"は何なのか。

 それを暫く考えると、一つの共通点が。


 将軍はあった事の無い俺を知っている素振りだった。ミコトは何かを思い出したと何処かに行ってしまった。

 そしてあの魔王も、何故か面識のない俺に関して言及していたそうだ。


 それらに共通するのは『記憶』、そして俺も少し前に記憶を失ってしまっている。

 ――その事に関してだが、俺はある事を思い出した。記憶を失ったあの夜に見た黒い乙女の影を。


 俺はあの糞イリスに記憶を消されてしまっていたのだ。

 彼女は自分のスキルを誰にも口外していない。もし彼女が全ての元凶で、大勢の記憶を弄っていたのならこの現状も説明が付く。


 でも何の為に?俺が嫌いで俺の記憶を弄るならまだしも、離島の将軍や魔王に対してわざわざ行った理由は?

 更に疑問は深まるばかり。考えても仕方ないので、いっそ呼び出して力づくで――。そう思って、召集指令を出して貰おうとギルドに赴いた俺だったが……。


「やぁ、久しぶりだね」


 長い黒髪を風で靡かせて、まるで俺が来るのを分かっていたみたいにイリスはギルド内の待機所に座っていた。

 正直、ここで彼女の前に座ったら誘導されているようで癪に障るが、元々超絶ウザいのには変わりがない事に気付いて、俺は腰を下ろす。


「その久しぶりが本当な位、俺はお前と会いたくなかった」


「またまた、君は私に会いたくて会いたくて仕方が無かった筈だよ。だから私はここにいるもの」


「お前が俺の何をしってる」


「少なくとも、君よりは知ってるかな」


 ライアのミステリーとは訳が違う。彼女の言葉には予見する余地が一切なく、最初からこちらが分からない事を前提で喋っている。

 心の中できっと嘲笑っているに違いなく、何と傲慢な女なのか。


「今すぐこの場でお前を斬り捨ててやりたい」


「優しい君がそれを出来ない事は、君自身も分かってる筈だよ。本当に殺したいなら、前に船の上で会った時にやってるでしょ」


「俺の優しさがそろそろ限界かも知れないって事を考えろよ」


「君の優しさは正義感なのかな?違う、私利私欲のためにやってるだけ。なら、その優しさに限りはない」


「…………もういいよ。用件はただ一つ、知ってる事を教えろ。以上!!!!!」


 コップの水を勢いよく飲み上げて、用件だけを叩き付ける。


「教えないよ?」


 だが返って来たのは、上品に水を啜る拒否の返答だった。


「今度はお前に触れないように気を付けてる。前のようにはいかない」


「別に教えてあげてもいい。ただ、君の為に教える事は出来ない。――私は君の記憶を既に三度消している。一つは召喚されて一か月がたったころ。二つは、君が思い出したそれ。そして三つは――その二つよりもずっと前、もしくはずっと未来の記憶」


「なぞかけをするつもりはない。二度消したなら、全部返しやがれよ」


「君は強情だね。そうだ、こうしよう。――私のスキルは『記憶消去(オンリーデリート)』、記憶を消す能力を持つ。でも戻そうとするとその人の頭が爆発して死に至る。だから戻す事は出来ないよ?」


 そう悪戯っぽい笑みを浮かべるイリス。まるで今思い付いたが如く口走ったスキル名とその内容は、到底納得できるべきものではない。

 だが同時に、否定できないのも事実。もしそれが本当であった場合、俺の頭は爆散して死ぬ事になる。自分の語る言葉の真偽は相手に悟られないと分かっていて、その駆け引き。


 性格が悪い以外に形容しようがない。


「糞が」


「諦めてくれたようで良かったよ。でも君は自分の力で記憶を戻す事が可能な筈だ」


「俺のポケットに入ってるナイスバディなお姉さんの事を言ってるなら無理だった」


 スキルポイントでどうにかならないとフライデーに先刻懇願したが、無理の一点張りだった。


「君の行動でだよ。次の『試練』を乗り越える事が出来れば、きっと君は記憶を取り戻す事が出来る」


「乗り越えられなかったら?」


「そんなの簡単だよ」


 さわやかに笑って親指を立てたイリスはそのまま逆さにして、


「君は死ぬ」


「お前が俺の事を殺すのか?」


「失敬な、私はそんな悪い子じゃないよ」


「じゃあどうして死ぬのか教えて下さいよ、聖女サマ」


「そんなの僕にも分からないさ。ただ、それ運命という奴だ。分岐点のないレーンに乗ってしまったら破滅の道しか他にない」


「――お前と話しても時間の無駄だ」


 湾曲的な言い方でどこまでもはぐらかそうとする性悪女に、これ以上付き合ってられない。

 疑問は自身で時間を掛けて解決すると、勢いよく立ち上がって俺はその場を去っていく。


 多くの冒険者で賑わっているギルド、その人混みに自身の足音すらもかき消されてしまう中で。


「ああ、そうだそうだ。言い忘れてたけど――」


 未だ会話のテーブルに座るイリスが何か言おうとして、そのまま騒音に霧散する。どうせ、又くだらない話に違いないと、俺は耳を傾ける事もしない。


 ただ一言。ワンワードだけは意識せずに幸か不幸か聞き取ってしまった。


 ―『試練』は今始まる。


 そんな何処か低い声色と共に発せられた言葉の意味を認識した途端、ガタガタと。


「何だ地震か?」


 振動が地から湧き上がって、ギルドを揺らす。しかし、冒険都市と呼ばれるこの都市は近くに無数のダンジョンがある影響で地震など日常茶飯事だ。

 ここにいる誰しも耐性はあるし、都市の重要機関であるギルドの造りは頑丈なものとなっている。


 暫くしたら止むと、誰も気に留めなかったその地揺れは…………やがて昇華する。


 地震何て陳腐な表現では留まらない。それは都市の癇癪、都市の涙。

 数百年に渡って『冒険都市』という名を冠して来た『誇り』が、慟哭に嘆いているのだ。


 その明らかに異質な自然現象に、皆頭を低くする事しか出来ない。間もなくして止むが、それでも状況を理解出来ている者は誰一人としていなかった。

 自然というのは気まぐれで、このまま何時も通りに時は進む――とはならなかったが。


「――伝令です!」


 憲兵の紋章を付けた男が、肩で息をしながらギルドに駆け込む。

 都市を律する立場にある憲兵たちは何かと冒険者に風当たり強いのが日常だが、今はまるで何かを願うように視線を走らせていた。


「冒険都市が……この都市が、無数のモンスターに囲まれています!その数、およそ数万!」


「…………は?」


 広大な都市を囲むモンスターの大群。その意味は分かるが、その理由は分からない。

 そもそも万を凌駕する数のモンスターが、そんな一斉に現れる訳がないのだ。それこそ、ここら一帯の全てのダンジョンに生息する怪物達を引き連れて来なければ……。


 そんな唯一納得できる理由が、奇しくも一致してしまう。


「モンスター達はダンジョンから溢れ出たと確認しています。そしてそれを成したのは――あの王です」


 そこまで情報が分かったら、既に察する必要もない。さっきの都市の悲鳴も、モンスターの大群も、全て魔王の仕業なのだと。

 そしてこれこそが俺に課さられた試練、これから始まる死に至らしめる苦境。


 空はまだ青かった。色が変わる前に終わって欲しいと心から願う事にした。

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