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歓楽街

 ニーニャの後をしばらくつけてみると、ある店に入っていった。その店があるのは夜でも煌びやかな明かりで通りが埋め尽くされており、どこかなまめかしい雰囲気のする場所。"歓楽街"である。

 ちなみに俺が来るのは初めてだ。――純粋に金が無くて来れなかった。


 何とも悲しい過去である。


「……どうするか」


 後をつけるにも、入り口には屈強なお兄さんが立ちはだかっている。

 普通のえっちなお店……にしては少し過剰過ぎる気もするが。


 実際、周囲の他の店は賑わっている状態なのに、ニーニャが入った店に入る客はいない。

 ここで燻って居ても仕方が無いし、こうなったら意を決するか。


「な、何だ貴様!?急に飛び出して来て……」


「いやぁ……俺実は、さっき中に入ったアマゾネスに話が合って」


「む。定刻よりは時間が早いが、貴様が今日の『客』か。良し」


 何だか理解する前に、話が進み、なあなあと中に案内された。

 中は更に扉が続く構造になっていて、俺は恐る恐るドアノブを捻ると、


「いらっしゃいませ!ご主人様!何名様ですかにゃ?」


 そう言って、メイド服の美しい獣人の女性が出迎えて来た。

 短い銀の髪に、その翡翠の瞳。初対面の筈なのに、妙に見覚えがあるような――、


「っ!ハルてめぇ、なんでここにッ!!!」


 なるほど。


 うん。どういう事だ?


 この横暴な喋り方――声帯は間違いない。先ほど中に入っていったニーニャのそれだ。


 だというのに、目の前にいるのは獣人。

 俺が知ってるあの褐色のアマゾネスではないし、顔だってどこか幼い。


 ぴとっと。俺は真偽を確かめる為に、メイド猫耳の腕を触った。


「この上質な筋肉……間違いない、お前がニーニャだ!」


「なっ……何を根拠に!」


「背丈――体の作りは、どんな魔法でも偽る事は出来ない。とくに、その平らな胸が――!」


 どごん、と。

 メイドには相応しくない正義の鉄槌が、俺の頭に振り下ろされる。


 ――HPが半分位減ったのはおいとくとして、これで分かった。

 

「何やってんだよ、お前」


 その見透かしたような黒瞳に、否定の姿勢を見せていたメイド猫耳――もといニーニャを問い詰める。


「わ、わたしは――」


 ニーニャは案外、女性らしい所がある。

 コスプレ趣味があって、こうしてメイド服を着ている――のならば良いが、ここ最近、彼女は明らかな寝不足だった。


 それがどうしても引っかかる。


「質問を変える。これはニーニャが本心でやっている事か?」


「あぁ、そうだっ!これは私の趣味だよ!」


「はっ。ガサツで凶暴な女が(この)んでするような仕事ではない!!!」


「てめぇ……」


「さっきから、騒いでどうした?ニーニャ」


 二人の言い合いに、奥の部屋から大柄な男――スキンヘッドにドラゴンタトゥー……以前無苦の兵を討伐しに行ったときに居た、手練れが歩み出る。


「お前がニーニャの雇用主か、ニーニャはこれを自分から望んだのか?」


「……お前、誰の事を話してやがる?ここに居るのは、獣人のラミアだぜ?」


 恐らくニーニャが保持しているスキルか何かなのだろうが、そうやって言われると、俺は目の前の猫耳が、あのアマゾネスだと証明する術を持っていない。


「だから、どうした。俺にはこの子が嫌がって見える」


「それこそ、だからどうした?だ。そもそも、この女は俺にでけぇ借金してんだよ」


「それは正規のものなのか?」


「てめぇ、さっきからすべこべ五月蠅い野郎だな。というか、お前無能勇者だろ?勇者らしく悲劇のヒロインでも助けに来たのか?」


 大男がケラケラと嘲笑してくる。その蔑む瞳を、これまでどれほど見て来た事か。

 俺を無能だと、何も出来ない弱者だと信じて疑っていない。


 それがどうしようもなく腹が立つが、俺も大人だ。

 でも、もし。


 この男がニーニャに……俺の数少ない友達を傷付けているなら、ここで引きたくはない。


「すべこべ言わず借金の証拠をだせ」


「テメェ、誰に向かって口聞いてるのか分かってんのか?」


 大男が怒りをあらわにし、青筋をくっきりと浮かばせる。

 その重圧感のある体で俺に素早く肉薄して、そのまま拳を振り下ろそうと……、


「――確かに、私はニーニャだ。スキルで変身してる。でもなハル、てめぇは勘違いしてる。私とお前はただのパーティーメンバー、それ以上でもそれ以下でもない。力のないお前がプライベートに割り込む余地なんてねぇんだ。分かったら、早く帰れ」


「……ニーニャはそれでいいのか?」


 何時も通りの悪態。

 だけど、その声に何時もの覇気はなかった。


 まるで、"そうするしかないから怒った"。そんな言い方だ。


「ああ、お前にとやかく言われる筋合いはないね」


「分かった」


 振り返る事はなく、俺は大人しく扉を開けて宿に戻った。ニーニャは罵倒こそ俺に浴びせたが、最後にちらりと見えた翡翠の瞳はどこか寂しそうで、何より悲しそうだった。


 ――その日、ニーニャが宿に戻ることはなく。

 俺は何だか味気のしない飯を、口に放る事になったのだ。


~次の日~


「って事があったんだけど、ニーニャに何か大事なモノがあるとか聞いたことないか?レギオ」


「俺もよく歓楽街に赴くが、そいつは知らなかったな……。大切かは分からないが、あいつには妹がいたはずだ」


 そんな話一切聞いたことないな。一応心にとめておこう。


「ありがとう」


 俺はレギオに礼をし、ギルドに来たもう一つの目的を行うことにした。


「ピッ」


「現在のスキルポイントは23です振り分けますか?」

→はい


無苦の兵を倒してからニーニャのおかげで2週間でレベルは4上がり、スキルポイントは16増えていたが、振り分けていなかったためこれだけ溜まっている。


 ニーニャが何を考えているのか、何を抱えているのか。

 俺には全く分からない。だけど、あのニーニャの瞳を見て……ならば、これ以上に助ける理由はいらない。

 となると、俺にはあの大男を倒せるくらいの実力が必要だ。

 話をしても無理っぽいし、実力行使の方が簡単だし。


 だが、職業や武器の熟練度では直ぐに強くなることは望めない。

 となると【基礎能力】になるか。


「"対話型全自動対応携帯機器"にスキルポイント10でグレードアップすることができます。行いますか?」


 んー。どうしてもこれは不確定要素過ぎて、グレードアップする気にはなれないな。


 →いいえ


「"対話型全自動対応携帯機器"にスキルポイント10でグレードアップすることができます。行いますか?」


 あれ?拒否したのに、同じ文が出て来たぞ。経年劣化で壊れてしまったか、ATM(仮)よ。


 →いいえ


「"対・話・型・全・自・動・対・応・携・帯・機・器"(#(#^ω^)」


 何だが次は凄まじい圧力と共に、【はい】の選択肢だけが糞デカ100倍になって表示されている。

 良く分からないが、そもそもどうして俺がスキルポイントを他に割り当てられるのかも、全く以て不明なのだ。


 ここは敢えて、『不明』に任せるか。


 →はい

 

 ウィイイイインと、何やら不穏な音が流れ始めて、ステータスを紙に印刷する為の取口から『カード』が出てきた。


 何の変哲もない手のひらサイズの黒一色のデザイン。特に何かが描かれている訳ではない。


「今後はそれで全ての更新作業とよりよいサポートを行う事ができます。では」


 わざわざこのATM(仮)で更新作業をする必要がないという事か?それはかなりでかい。

 あまり人目のある所で使用すると注目を浴びそうなので、宿に戻って使うことにした。


「これ、どうやって使うんだ?」


 取扱説明書も貰ってないし、特にカードに何も書いていない為、色々触ってみる。


「対話型全自動対応携帯機器にアップグレードありがとうございます」


 カードに白光の亀裂が走って、画面が浮かび上がる。

 どうやっているのかは分からないが、プロジェクタのような技術だ。


 表示される画面は、ATM(仮)とほぼ同じだった。


 どうやらS字になぞると起動するらしい。


「ご用件をお申し付けください。」


「こ、このカードは何ができるんだ?」


「はい。据置型更新専用機械の機能の使用と、対話型全自動対応携帯機器の24時間サポートを行う事ができます」


「ちょちょちょ、待ってくれ。名前が長すぎるから変える事できるか?」


「あなたが呼ぶ分にはどう呼んでもらっても構いません」


「分かった。じゃあ、そうだな……フライデーだ」


 元の世界で大学生をやってた時、第四金曜日に親からの仕送りがあった。

 ATM(仮)の真の姿に相応しい名前である。

 

「承知いたしました」


「さっそくで悪いがフライデー、聞きたいことがあるんだが……」


 俺はフライデーに聞いたことを実践し、夜になるまで待って、ニーニャの元に向かった。

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