えんでぃんぐぽいんと①
「「………………は?」」
閃光、静寂。後、眼下のフィールドを視認した観客達は、皆一様な反応を見せた。
あれだけの不可視な加速、それこそ闘技場全体を揺るがす大地震が起きても仕方が無いと考えていた民衆にとって、その静けさは余りにも歪だった。
実際、フィールドは全く傷付いておらず、どころか砂煙すらも上がっていない。あまりに凄まじい攻撃過ぎて、100を超えて再び0に戻ってしまったパターン。
そんな事を考える者もしばしばいたが、やはり視界情報がそれを否定する。
「――最強の座は受け渡そう。しかし、勝負はこの魔王が勝利した」
無傷だった。魔王はその端正な顔に一点の曇りも被って居ない。
代わりに、フィリウスの姿はフィールドから完全に消滅してしまっていた。
「まさか、加速している途中に魔法を受けて、そのまま死んじまったのか……?」
「そんな、フィリウス様がーー!」
過程は分からないが、紛れもない『人類の希望』の敗北に今まで沈黙を貫いていた観客達が一斉に騒ぎ始める。
「愚かな人間共に教えてやろう。我は決して攻撃魔法を使って、あの男を消滅させた訳ではない。――使ったのは、加速の魔法だ」
魔法に見聞が及ばない一般市民には分からない。冒険者や魔導士であっても、その意味が分からない。
だって、加速に加速を上書きした所で、それはバフ効果になるだけ。
【ほんとぉ、お馬鹿さん達ですねぇ。これじゃあ、別のどっかにいっちゃった最強さんが報われないですよぉ】
「既にフィリウスの速度は世界を上回っていた。その意味が貴様らに分かるか?分からないだろうな。この世界に住まう我らは、言わば『世界の子』。子供が親の力を上回って暴れ出したら、どうするか。簡単な話であろう」
そこまで説明されて、やっと一部に理解が及ぶ。
瞬間的な『力』の爆発的な上昇――それは『世界の扉』を開くと言われている。
初めて観測、成功したのは1年と少し前――ある4人の勇者を異世界から呼び出した時。
「加速しすぎて、そのまま世界を超えてしまった……?」
誰かが呟いたその言葉こそ、紛れもない『真実』である。
魔王自ら、加速を更に加速させる魔法を使用する事で、フィリウスはどっかにいってしまった。
「命を落とした訳ではないと、希望を持つ者もいるだろう。確かに、最強は以前最強のままだ。しかし、世界によって『ルール』が違う。この世界のようなスキルや魔法が存在しない多くあって、あちらの世界ではフィリウスは『加速』の使用が出来ない。なら、元の世界に帰るのは不可能であろう?」
だけれども、それは絶対とは限らない。もしかしたら、何時の間にかひょっこり帰って来るかも知れない――。最も、それは何時に成るか分からないのが、この場に居る大勢にとって大問題だった。
今まで魔族と均衡を保てていたのは、魔王という最悪を塞き止める最強が居たからに尽きる。
ならば、枷が外されてしまった獣を御す術は既にない。
「そんな……どうすんだよ!!!」
ある弱者は喚き、警告に背いて一刻も早く闘技場から立ち去ろうとした。
「落ち着くのだ!最強が朽ちたとて、この場には大勢の実力者が居る!」
ある強者は高らかと猛って、魔王対多数で戦う事の出来る絶好の機を逃さまいと剣を掲げた。
だがそんな全てが、魔王にとってどうでもいい。最強を打ち倒した彼の次の標的――避けるべき『運命』は既に理解している。
【魔王様ぁ?逃げてる奴ら、ぶち殺してもいいかしらー?】
「我は今気分が良い。羽虫など、気にするにも値せぬだろう。――だが其処の貴様」
この場に居る誰に興味を示す事の無いと言ったにも関らず、魔王の紫紺は見知った勇者の姿――リアを捉えた。
「姿を偽っている貴様は、あの勇者の仲間か?」
「…………」
リアが採ったのは『沈黙』だった。偽りを得意とする彼女は、見破られる偽りを掲げるつもりはない。
正直に言って殺される可能性があるなら、この行動が一番の最適だった。
「正解だ、小娘。こと、相手の腸を探り合う議論の場においてであれば、その行動は間違っていない。だがこれは議論ではない、一方的な『魔王の裁判』だ。気に入らない不確定な答えに対する『判決』は、分かるであろう?」
意の思うままに物事を運ぶ王にとって、不確定とは一番忌み嫌うべきもの。そして力のある王にとって、その不確定を排除するのはいとも簡単な話。
紫紺の瞳が爛々と輝いた直後、鏖殺の光がリアに迫る。
先ほどのフィリウスの戦いのおかげで、疲労した脚は立ち上がることが――いや、違った。ただ余りにも恐ろしくて、膝がガクガク震えているだけだ。
今だけは、偽る事の無い町娘にしかなる事が出来なかった。時が引き延ばされる感覚――死を覚悟したリアはふと観客席に視線を逸らす。
この世で最も愛している妹が、今にも泣き出しそうな翡翠でこちらを見ている。そんな悲しい顔するなよと、一瞬そう思ったリアだったが、直ぐに違う事に気を取られてしまった。
―あのウザったらしい美少年面が、ミアの横に見当たらない。
それに気付いた瞬間、世界は再び通常の速度を取り戻す。命を包む死の光に立ちふさがったのは、何時の日か見た『小さな影』だった。
「ほう、貴様は――」
小人族何て、骨どころか灰も残さずに消失してしまうような絶対的な力を、あろうことかその影は吹き飛ばしてしまった。
彼――ライアが底知れない実力を持っているのはリアも薄々分かっていたが、それでも想定以上。もしかして、別人なのではないかと。
そんなリアの推測は遠からず当たっていた。
今の彼は小人族のいけ好かない金髪美少年、ライアではない。
「……僕の愛する人を傷付けると言うのなら、この身を獣に落とそうじゃないか」
生命を脅かす凶猛の瞳。紅く、底知れない憎悪に蝕まれる悪色。
「久しい顔だ。貴様も、あの勇者に魅入られた身か?」
「それもあるよ。だけど一番は後ろにいる子かな」
「フハハハハ。貴様が恋を語るとは、もはや愉快を通り越して滑稽だ。まさか、あの『罪』を忘れた訳ではあるまいな?」
「必要のないものをゴミ箱に入れて何が悪い?」
魔王とも対等に会話する謎の美少年。その正体は観客達に及ばないが、その眼を知っている者達は薄々勘付き始めた。
あれは至高の血と呼ばれている、龍魔族が有する色。
「……良かろう。余興だ。貴様の愛と、あやつの『憎悪』どちらが勝るのか」
魔王が指を鳴らす。
キーンと。甲高い耳鳴り音が鳴り響き、拡声器がある女の手の中で砕け散った。
「――ああ、やっと見つけたわぁ。どれだけ、どれだけ――」
―龍魔族は十年も前にほぼ絶滅してしまった種族。
生き残りは、魔将の一人であるミリウム。だけど、後一人。
龍魔族を絶滅に追いやった、叛逆者がいるというのは有名な話だ。そしてそれは、リアも耳に挟んだことがあった。
なら――、
「ディアムぅ。あは、あははは。もう、ずっと待ってたのよ?あの日、あの時に。あなたがあたくしを魅了したんだからぁ……責任、とってよね?」
「生憎、もう僕には心に決めた人が居る」
「それは駄目よ、ディアム。だって、あなたはあたくしのお父様とお母さまを殺したのよぉ?だから――絶対あたくしがあなたと愛し合うの」
ミリウムは静かに唇を舐める。
宿す凶猛は龍魔族である証と同時に、その憎悪がどれだけか物語っていた。
「ハルが言ってた、女はコワイってのが今になってひしひしと分かるよ。悪いけど、早めに終わらせて貰う」
ライアは目の前の凶猛の奥に潜む色――本物の邪悪に染まらない為に、頬肉を噛み自制した。血は龍魔族であっても、あの"最悪最低の種族"と同じにはならないように。




