けっちゃく
必殺の剣が迫り来るのか、残った時間でユキシロは過去を巡る。
もう二十年も前の話になる。
かつて、刀を持てば腕の方が先に折れてしまいそうな程に弱かったユキシロには親友が居た。
誰よりも強くて、若くして威国での強者の証である『七刀』になると期待されて、自身とは正反対の逸材だった。それでも、休日は共に酒を仰ぎ、馬鹿笑いをする中で、ユキシロにとって彼は強者ではなくただの『トモダチ』だった。
そんなある日だ。
生意気で弱者だった糞餓鬼は『七刀』に盾突いてしまったのだ。
なぜそうしてしまったのか、今となっては覚えちゃいない。ただ、強いお友達が居た事で、調子に乗ってしまったのだろうよい。
『彼を虐めると言うのならば、僕と戦いなさい』
文字通りボコボコにされて後悔を悔いていると、彼が助けに来てくれた。これでどうにかなると、そう血を拭きながら戦いの行き先を見守っていたユキシロの紅い瞳が見たのは、更なる『後悔』だった。
あと少しの所で、親友は負けて命を落とした。あのまま自分が大人しく殺されていれば、こうはならなかったのに。
そこからは簡単な話だ。弱者は所詮弱者だと知らしめるために、ユキシロは一将となった。わざわざキモノを着崩して酒を多量に仰ぎ、こんな『浪人』のように負けてしまったのかと、弱者を煽る為に見た目も変えてやった。
それなのに今。
弱者は望みすらも叶える事が出来ないと思っていたのに、一将を倒すと言う夢の又夢のお話を目の前の青年は実現しようとしている。
そしてそれは、ユキシロの過去を否定する事になる。
"あの時"、共に肩を並べて戦っていたのなら。もし弱者という枷に縛られていなかったのなら。
――ああ、そうぜよ。
弱者だとか強者だとか、そんな垣根はこの世にない。縛られている自分だけが、唯一の『弱者』だったのだ。
こうして、最後の瞬間に気付けて本当に良かった。これで前提が間違っていた人生に、少しの花々を咲かす事が出来よう。
目を閉じ、最後は武士らしく覚悟を決める。しかし、ユキシロに訪れるのは痛みでもなければ、死でもない。
ただ、強烈に吹き抜ける風だった。ハルは寸前で力を逆方向に振り切って、とどめを躊躇ったのである。
「酔っ払い斬っても目覚めが悪いだけだ」
千載一遇の好機を温情で逃がそうとするなど、弱者の烙印を更に磨き上げるだけだ。
最初から勝つ気もなければ技もなく、都合の良い言葉を口にして逃げる。人を殺す勇気もない目の前の青年は、間違いなく今まで出会った中で一番の弱者だった。
でも、なぜだか。存外、ユキシロの唇は上がっていた。
「…………あっしの負けだ」
「それにしては顔色が良いが」
「馬鹿言うなよ。負けたのは勿論、悔しいよい。ただ、酔いが回っちまっただけだぜよ」
何時振りだろうか。本当に胸が熱くなるほど酔ったのは、あの日親友と交わした盃以来だった。
●●
「あーいたい」
「素晴らしい試合だった。人の剣にトキメキを覚えたのは、お主で2人目だ」
「…………はぁ~~~~~~」
優しい表情で笑いかけて来るミコトに、糞デカため息をお見舞いする。この思わせぶりな台詞、彼女――いや彼が知った今では何とも複雑な気持ちだ。
「それほど疲れたのか。軟弱な妾の肩でいいならいくら使ってくれても構わない」
そう言ってミコトは腕を回して俺の体を支えて来る。…………やっぱり、もうこれでいいかも知れない。
疲れたし、本当に婿に成るかは今度ちゃんと考えよう、うん。
「しかしまあ、この後に凄い強い将軍と戦わなきゃいけないのか。流石に気が滅入る」
「その必要はないぜよ。将軍サマは、お嬢――いや兄さんと会いたがってたよい」
「また何でだ?そんなにこの顔がイケメンなのか」
「それはそれとして、将軍に対話の意思があるとは考えられない。悪逆非道、絶対主義者、それがあの男だ」
顔に関して言及されないのが一番悲しかった。せめてミコトに何か言って欲しかったが、生真面目な性格が仇を成したのだろう。
「お嬢と将軍サマの間柄は良く分からんけど、あのお方は優しいと思うが」
「知らなくて当然だ」
「どちらにせよ、会ったら分かるだろ」
それもそうだと、ミコトは猛っていた黄金の左目を落ち着かせる。
「ありがとう、ハル殿。父との決着は妾が付ける。今すぐ返す事はできないが、送り届けると約束しよう」
「お嬢。もし戦いに成るとしたら、悪いがあんたじゃ将軍サマに敵わんよ。あっしに手も足も出ないんだから」
「『秘策』がある。それを使用すれば、お主だってこの世から抹消する事が出来よう」
その言葉を信じる信じないに関わらず、ミコトは続けて「妾は言葉にした全てを実行して成し遂げて来た」と。
「実際今、妾が選んだ『剣』は一将であるお主を打ち破った。他に理由は必要か?」
「いいや。だが、気を付けた方いいぜ。将軍サマはでっけぇ何かを隠してやがる。1年前、この国を閉じたあの日から、どうも物憂げな瞳で空を眺めているぜよ」
「心に止めておこう。では、妾達は行かせて貰う」
「待てよい。あっしは兄さんに命救われちまった。何も返さないのは、武士としての名が廃るぜよ。――ほらよっ」
キモノをまさぐったユキシロは、俺に向かって何かを投げて来る。ころころと音色を奏でるそれは、ただの鈴だった。
「兄さんが危ない時、それを鳴らすといい。何処に居ても助けに行ってやると、約束するぜよ」
「そりゃあ又、頼もしい事で」
威国に居る彼の助力を請う時が来るかは分からないが、ありがたく受け取っておくとしよう。
「あと、この『秘薬』をやるよい」
今更毒を盛っているとは考えられないので、ぐびっと喉に流し込んだ。ポーションとも、数日前ミコトから渡された万能薬とも違う、内側から燃えるような熱さを感じる。
回復薬に即効性はない。それは代わりようがないが、感覚的に数十分も経過すれば全開するだろう。
「まさかそのような品が威国にあったとは。妾も知らなかった」
「それは違うぜ、お嬢。これはあっしが気まぐれで造っただけだ」
気まぐれでこんな超高品質な品が出来る訳がないだろう。そもそも、ユキシロの刀には俺を殺す気がなかったように思える。
結構、いい奴なのかもしれない。まぁ、俺が甘いだけの可能性もあるけど。
「あっしも轟鉄城までは同行するよい。」
こうして俺達は、再び轟鉄城に向かう事にした。道中、襲われる心配はあったが、一緒に付いて来た『一将』の存在もあって、城までは円滑に進むことが出来た。
「負けて敵を連れ帰ったとあったら、流石に将軍サマに顔建てできないぜよ。ここからは2人で頑張りな」
ひらひらと手を振って、ユキシロは去って行った。どこかご満悦な顔だった。
既にミコトの技によって、魂が抜けていた城の守りびと達は復活しているだろう。勿論、一番のやり手である一将の存在がない城の攻略難易度は下がっているが、それでも数の利で押し切れる可能性がある。
そんな不安を抱きながらも、以前のように正面突破しようとした俺とミコトだったが、
「長らくお待ちしておりました。当方は将軍の連絡係と務めていますキゾウと申す者です。将軍様がお待ちです、どうぞこちらに」
最初の対応とは正反対に、VIPのような扱いで案内される事になった。
やっぱり、対話の意思があるんじゃないか?と。そんな事を投げかけようとしたが、ミコトの横顔が余りにも殺気立っていた為、俺は思わず口を噤んでしまった。
確か目を改造されたんだっけか。もしそれが本当なら酷い話だが、ミコトの話を一方的に聞いただけの俺には何とも言えないな。
そもそも面識のない筈の"俺を待っていた"何て言う時点で、ミステリーな匂いがするし深く考えても仕方が無いだろう。
やがて、何事もなく将軍部屋に続く螺旋階段を上り始める。数日前に破壊した筈の壁が綺麗に修復されているのを、"凄いな技術って"と感嘆していると、やがて一際豪奢な襖の前に辿り着いた。
「ここで断ち切る」
桃色の髪が靡いて、黄金瞳が細まった直後。ミコトの刀が襖を両断して、大胆な再会の幕があがった。
後20話くらいで終わります!
個人的には綺麗に終わらせれると思っているので是非に!




