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もうそれでいいや

 最初から、どうせそんな事だろうと思ってたよ。俺みたいな捻くれ野郎に優しくしてくれる本当の天使なんている訳がなかったのだ。


 スキルポイントの変換能力を授かったのだって、0が1になるための決して『神の祝福』ではなかった。そもそも、この身が神に愛されているのなら何度も『試練』は訪れていない。


 だから今回も、俺らしい結果で終わっただけで、落胆する必要はないのだ。でも、まだ目の前の桜色の天使が男だと信じる事が出来ていない『愛心』が振り子のように揺れ動いている。


「勘違いさせてしまっていたのならすまない。妾は昔から女子(おなご)として育てられてきた。今は武士として漢を取り戻そうとしているが、それでも癖は抜けないのだ」


 そんなの、余りにも酷い話だ。女として育てられたからって、こんな天使に育つとは限らない。

 リアやイリスのように、女性として生を授かったのにも関わらず、悪魔のような性格をしている者もいるのに、ミコトの容姿、挙動は全て若き乙女のそれだった。


 ――いや、待てよ。


 ミコトは確かに男ではあるが、その心は純白の衣に覆われている。ある有名な学者の言葉であったはずだ、確か――"心こそがその人物の写し鏡"であると。

 なら生物学上の問題何て些細な事じゃないか?うん、そうだ。


 朽ちかけていた天使の両翼が『思い込み(気付き)』で復活する。

 さっきよりも強く吹き抜けた風は、きっとこれこそが正解だと言っている。


 お父さん、お母さん、そして姉さん。皆、ごめんなさい。

 ここで、カグラの名字は潰える事になります。


 俺行って来るよ――、


「ふは、ははは――」


 それは世界を恨む魔王の哄笑か。いや、特に意味の無い笑い(どうすりゃいいんだよ)だった。


「兄さん、遂に壊れちまったか。――この一太刀で終わらせてやるよい」


「もういいよ。てかお前も何だよ。お嬢とか呼ぶから、ややこしくなったんだよぉおお!!!」


「――?よくわからんが、さっさと斬られるぜよ」


 半身、刀を後ろで構えて、その紅でユキシロは標的を定める。一度酒を仰いで目を閉じた(のち)、一気に加速する。


「――居合」


 その居合の動作だけで、威国の『七刀』の頂点に君臨する男に道を譲るが如く、湖の一部が真っ二つに割れる。だが道を開けるのはあくまで、敵を斬るための土俵づくりに過ぎない。

 

「ハル殿!」


 咄嗟にミコトは俺を突き飛ばして、迫り来る神速の刀を止めようとする。も、気付いた頃には既に遅く、彼女は既に一将の間合いの中に居た。

 だが、俺なら反応できる。


「来ると思ったぜよ」


 ミコトに向かっていた超速の刀を、素早く反転させて俺の方に斬りこむ。コンマ数秒の思考、その瞬く猶予の中でそのまま斬り結ぶ事を選択した。



(愚かな)


 ユキシロは残念そうに嗤った。先ほどまでの剣技よりも、技術を残したまま威力を重視している今の『超集中状態(ハングオーバー)』に、真正面から斬り合うのは余りにも愚かだ。

 仮に最初の一太刀を弾かれても、猛烈な速度でのカウンターをお見舞いする事が出来る。ハルは斬り合う以外の選択肢を採る他なかった。

 これで、自分のような愚か者を一人救う事が出来る。弱者は弱者のままでいいのだから。


「クソッたれがぁああ!」


 裂帛の気迫、力任せの一撃で最初の一太刀は弾かれてしまう。想定内、所詮はそれまで。

 銀と紅が閃き、間髪置かずに四条の超速が黒髪の青年を襲った。


 泥酔していても、この後の未来を想像するのは容易い。


 ――だが、酔っていても決して鈍る事の無い刀が、それを否定してしまった。


「なんぜよ!?」


 二、三、四、五と。勝負を決めるつもりで放った四条の軌跡は立て続けに、あらぬ方向に弾かれる事になる。

 驚くべきことに、ハルは一将の剣技を全て防ぎ切ったのだ。いや、防いだという表現には語弊があるだろう。


 技も速度もそんなの全てお構いなしと言った様子で、『力任せの剣』で吹き飛ばしたのだ。


 少しは習得したであろう力の『流れ』を全く意識していない、ただ滝から流れ落ちるような力の暴力に、しかしユキシロは顔を歪めた。


(この兄さん、さっきより断然動きが――!何より、重いぜよ)


 追い縋って、何度も何度も気迫だけでハルは剣を振った。今の彼は何も考えていないが、それは決して思考放棄じゃない。

 気付いたのだ、結局今まで縋った『希望』は塵芥(ちりあくた)に代わった。勇者として召喚された時から、色々空回りして期待を裏切られる事が多かった。


 だからやっぱり、深く考えるのは辞めだ。


 ―俺は何時も通りにやる。


 技術がないなら、力で押せばいい。力がないなら筋肉で、それが駄目なら骨で。なるようになれと、持てる全てを出し尽くす。

 それでもだめなら逃げてしまうといい。負けない限り、それをやり続ければ何時か勝てるのだから。


「『無謀な勇気』か。とことん、俺の事をイラつかせやがる」


 纏った勇気は光へと、黒髪の青年は真勇の力を纏う。


「そんな事言われても、無能勇者には荷が重すぎる。もっと他のカッコイイ言い方で呼んでくれよ」


 技の差は圧倒的。その永遠の空白を、手数と精神力、そして力だけで塗っていく黒の染色者にユキシロの下駄が悲鳴をあげ始める。

 無茶苦茶で決して定まる事の無い『流れ』に、ユキシロの体は切り結ぶ度に下がっていく。


「分からんぜよ。兄さんはずっと、弱者の目をしてる。(あっし)を前に、最初から一度も勝つ気力が感じられない。それなのによ、どーしてこの強者(あっし)が押されてる?弱者が強者より強いなど、有り得る訳なかろうに」


「弱者だとか強者だとか関係ないだろ。強いから出来たとか、弱いから駄目だったとかじゃなくて、もっと他に理由がある筈だ」


「知った用な口聞いてんじゃあないぜ、この若造が」


「きかせてもらうよ、酔っ払い」


 互いの視線が初めて交差して、より一層過酷な鉄と鉄とのぶつかり合いが繰り広げられる。ハルは手の痺れと骨の軋みに歯を食いしばっているが、ユキシロは身体的なダメージは負っていない。


 一度被ったら、再起不能は免れない全身全霊の剣を前に、どうにか技で均衡状態を保っているのだ。神経系に関しては、常に『流れ』を意識しているユキシロの方がダメージは大きいが、それでも後5分はこうして捌ける自信がある。


 そして武の極みに君臨する一将の自信とは、必然とも同義だ。


「――鈍くなって来たよい、兄さん」


 反撃の隙が生じた瞬間、刀が見事な弧を描く。飾り気がなく、それでいて魔法よりも美しい『単色の銀』が閃いた。


「かあっ」


 攻撃に徹していたハルは反応する事が出来ずに、肩から胸にかけて刀傷を負ってしまう。

 人とは、己の身が痛みを被った際、反射的に身を守る生き物だ。ならばその一手は只の傷で終わる事はなく、二手に繋がる『機会』となる。


「――居合」

 

 構えは素早く、瞼を閉じて同時に深く呼吸を落とす。

 何もかもが静寂に満ちる世界で唯一輝く標的を定めて、目を開けた時には既に技の大半が完了している。後は踵を地面から離して、刀を振り抜くだけでお終いだ。


 酔って雑音が聞こえない今の状態だからこそ可能な、必中の神速。

 反面、弱点もある。それは目を閉じる以前の情報を元に構築した世界と、目の前の現実が一致する前提で成り立っている技。


 目を閉じた一瞬、僅か1秒で現実に大きな変化が訪れている場合はどうなるか。当然、その変化に追いつく事の出来ないユキシロは『窮地』に立たされる。


(――おい。おいおいおいおい。何だよ兄さん、フザけてるんじゃないよい)


 そしてその可能性が現実のものとなる。悶絶して、蹲っても仕方のない一太刀を被ったのにも拘らず、ハルは直ぐにカウンターの体制に入っていたのだ。

 死合という一手が命運を左右する世界で、一将に成り上がったユキシロの思考は追い付くが、体は止まる事が出来ない。


「はぁああああああああああああ!」

 

 轟閃、激突。


 二人の周囲の湖が蒸発する程の、気迫と武のぶつかり合いは、最初の一瞬こそ均衡を見せた。

 だが一瞬。ユキシロの意識が畔で鳴く蛙に気を取られた頃には、閃きと共に砕かれてしまった。


 散ったのは、ユキシロの自慢の刀。かつて、強者(とも)が打った酒瓶よりもずっと長く肌身離さず持っている技物。

 それを弱者(ハル)の気迫が砕いてしまったのだ。



「……分かった。何故、ハル殿が妾の瞳に適ったのか」


 その戦いを少し距離が離れた場所で見ていた黄金の瞳の持ち主は、ふと零す。


「ある時は逃げて、ある時は猛り戦い狂って。『無謀な勇気』――いや、妾がもっと相応しい言葉をつけよう。汝の強さ、それは『自由』であると」

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