愛と力
「ではまず、妾達、威国の武士の力の概念に関して話そう。ざっくりと力は『方向』『大きさ』『特性』といった違いを持っている。妾達は、それらを称して『流れ』と呼ぶ」
「一将が言ってたやつだな」
「ユキシロの『流れ』をものにする能力は卓越している。自分の『流れ』を制御するどころか、相手の『流れ』を挙動だけで理解して、柔軟に対応する"あれ"はもはや神の御業だ」
「技術では絶対に勝てないって事か」
「その通り。ならば、自分の流れだけを理解して挑むしかない――そうだな、まずは水切りをしよう」
「水切り?」
修業にしては、少し見当外れに感じる言葉に疑問を呈すると、ミコトは手ごろな小石を拾う。それを、洞窟に流れ込む海水に向かって投擲した。
ぴょんぴょんと小石は等間隔で跳ねて、何処かにいってしまう。
「36、それが小石を跳ねさせた回数だ」
「凄い視力だな」
「見なくても分かる。力の流れを理解する事で、自由に小石が跳ねる回数を制御できるのだ――次は6だ」
その言葉により信憑性を持たせる為、先に宣言して後、ミコトは小石を6回跳ねさせた。
「地味かも知れないが、幼子達はこれで流れを理解する。完璧に制御出来たのち、次の段階に進むとしよう」
こうして、俺の猛特訓は始まったのだった。どちらにせよ、今後は技術を磨こうと思っていた為、一石二鳥だと、最初の数時間は『やる気』があった。
だがそれも、言語化下手糞教師のおかげで、めりめり擦り減っていく事になる。
「何度言ったら分かるのだ!こうやって、こうやるのだ!」
容量が掴めずに四苦八苦している俺に対して、ミコトは余りにも抽象的な説明過ぎる。「やー!」とか「ばばっ!」とか、可愛らしい擬音を使っている姿には癒されるが、それにしても説明がド下手だった。
正直このままでは、何日経ってしまうのかも分からない。天使と一勝なら、数週間ならこの場所に居られるだろうが、それ以上は限界だ。
最初のレッスンで躓いているようでは、この先が思いやられる。
「むぅ、妾も上手く言語化できる程の『流れ』に精通している訳ではないのだ。――分かった、こうしよう」
思い付いたように力強く顔を上げたミコトは、おもむろに俺の腕を引っ張り上げる。
「妾がお主の腕を使って小石を投げる。それで感覚を掴んで欲しい」
俺は暫く傀儡の状態で小石投げを実践した。さっきよりはマシになったが、まだ感覚を掴む事は出来なかった。
でも、一つ。流れとかは全く分からないが、『愛』だけは理解出来た。
ミコトは投げる力に合わせて、当然俺の腕をぎゅっと強く握る。それは『愛』が流れ込んできていると同義で、なら俺が感じる『愛』の尺度と力を一致させればいい。
小さな力は、少ない愛。大きな力は、大きな愛。
なるほど、つまり流れとは『愛』だったのか。
「はあっ!」
「おおお、素晴らしい成長ぶりだ。これなら、次の段階に進めそうであるな」
ややあって、次にミコトが俺に課したのは、膝上くらいまである二つの石を使ったレッスンだった。
最初はお手本として、横に重ねた二つの石を鋭い眼光で穿って一閃。
カキーンと、金属の甲高い音が鳴り響いて、刀で打ち付けられた石は微動だにしない。だがその後ろの石、直接は刀を受けずに、そよ風しか沁みていない筈の大きな石にズレが生じた。
両断される筈だった石は無事なのに、無傷である筈の石をミコトは斬ったのである。
「これは力の流れを途中で一気に変容させる高度な技術だ。少し時間が掛かるやもしれないが、お主なら大丈夫だろう」
今のEランク冒険者程度の力では、そもそも石を斬る行為すらも困難極まれる。だがやるしかないと、取り敢えず剣で殴りかかってみた。
だがこれが案外ザクっと。両断まではいかずとも、石に切り込みを入れる事に成功したのである。
「これは……」
「技術が向上すると比例して、基礎能力も徐々に取り戻している。努力が実っている証拠だ」
そもそも俺は、力を奪われたとか、完全になくしてしまった状態にいる訳ではない。ユキシロの言葉を信じるのなら、制御する事の出来ない大きな力に喰われてしまっただけなのだ。
なら技術を磨けば、力を取り戻す事が出来る事に疑問はない。
なるほど、これなら出来そうだ。
――とは言ったものの、先ほどの小石投げですら容量を掴めなかったのだから、難易度がグンと増したこの『背面石砕き』を出来る訳もなく。
「さっきみたいにお願いできる?」
「承知した」
踏み込み方から筋肉の使い方、力の入れ方まで俺はミコトに手取り足取り教えて貰った。
そしてより『愛』への理解度が深まった。ならば、俺は愛に準ずるのみなのである。
「はぁああああっ!」
「熟練された武士の如く、美しい太刀筋――!やはり、妾の眼に狂いはなかったか!」
こうして1日、2日と。計、10にも及ぶレッスンを『愛』の理解だけで、俺は乗り越える事に成功したのである。
そして、俺は失った筈の基礎能力を取り戻す事に成功した。
師匠曰く、今の俺は剣を制御する為の鞘を手に入れたのだと。
しかし、俺から言わせるとそんな事はない。俺は手に入れたのではなく、ただ気付いただけなのだ。
強くなるために必要だったのは、技術や力ではなく、『理由』だったのかと――!
洞窟を出ると、雲に覆われていた空が目を現す。新しい将軍の『剣』の誕生に待ちきれないといった様子で、俺を一身に照らしている。
「よし」
今、俺の顔は世界にどう映っているだろうか。ただ分かるのは、きっとそれが覚悟を決めた『漢』のそれに違いないという事だった。
「何してんだよい、あの兄さん」
そんな黒髪の青年の姿を、望遠鏡で覗く男の姿があった。彼――ユキシロは逃亡したミコトとハルの事を二日間探し続けていたのである。
そして今、こうして見つけた訳だが――、
「とんでもないアホ面してるぜよ」
妄信的で、何か頭の悪い信念を抱いているような。ユキシロが思わず酒の苦さを覚える程には、空を仰ぐハルの顔はアホ面だった。
だが、それはそれとして。
「しかしまあ、あっしもどうしてあんな兄さん追いかけまわしてるかねぇ」
威国で圧倒的強者として君臨する一将にとって、弱者は気にするにも値しない。反逆者を排除する、というのが将軍の命であるとしても、わざわざ加齢で年々弱くなってきている足腰を苦労させる必要はないのだ。
でも、どうしても。
どれだけ酒を仰いでも、ユキシロは"あの瞳"を忘れる事が出来なかった。弱者であるのにも関わらず、立ち向かい続けようとするあれを――遠き記憶と共に置いて来た筈の無謀な双眸を。
「兄さん、わりいな。でもな、これは救済でもある。あっしのようにならない為の、優しい"お勉強"だぜ?」
酒を仰ぐ。酒瓶を逆さにして、ぐびぐびと喉を鳴らす。
それはきっとこの先も変わらないあっしの悪癖だと。自嘲染みた笑いと共に、望遠鏡の先に居る過去の写し鏡に向かって、踵で地面を蹴った。
ここまで見てくれている方に感謝を!




