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桜色の天使

 第一試合はフィリウスが勝利して、今、二試合目が終わった所だ。


「お姉ちゃん、頑張れー」


 そして三試合目は、リアーーもとい、ハルの出番である。

 眼下、スポットライトに照らされているハルの姿は、本物と遜色はない。というか、元々存在感が酷く薄い容姿をしているので、彼の事をそこまでまじまじと観察している者でないと見分けが付かないだろう。


 実際、言われないとライアであっても、見抜くのは難しかった。


「でも、ハルお兄ちゃんって、お姉ちゃんよりつよいって聞いたよ。じゃあ、嘘つき!ってならない?」


「相手がよほど強くない限り、その心配はないよ。彼女、普通に強いからね」


 ーーリアは最近実力をめりめり伸ばしている。


 それは、勇者(ハル)の職業効果でもあるが、一番は心の成長故だ。元々、彼女はその人生の大半を偽って生きて来た。

 だからこそ、迷いがなくなった今の拳は並大抵では砕ける事を知らない。


「それに初戦で負けるなんて、他ならないリアが許さないよ。彼女、最近は凄く苛立ってる。ハル(ペット)に助けられてばかりいる自分に、ね」


 リアにとっての怒りとは原動力になる。

 スキル『狂人化(バーサーク)』、怒りの度合いで能力を向上する。


【では、第三試合開始なのデス!】


「貴殿が巷でどう呼ばれているか知っていても、この身は決して手を抜く気はない」


 相手は有名な騎士様だった。

 その精悍で真っすぐな騎士道に、観客席からは黄色い声援が飛んでいる。


「ハルー、ちゃんと見てるからね」


 柄にもなく、ライアも声を張り上げて対抗する。


『ちっ』


 眉を顰め、不快感を隠そうともせずに、リアは大きな舌打ちを響かせた。

 

 しかしその苛立ちが力に代わってしまう以上、ライアの声援が力を与えてしまっているというのが、何とも皮肉なものであカグラ

『では、行かせて貰うッ!』


 具足を揺らしながら突貫する騎士。下手な小細工などいらない、自分の騎士道精神こそが、至高の『技』であると言わんばかりの気迫だった。


 しかし『武勇祭』とは騎士の威厳を賭けた戦いではない。わざわざ正面から、相手の土俵で戦う必要はないのだ。


『やってやらぁ!!!』


 脳筋(リア)が選択したのは、真正面からの応戦。敏捷性を重視するが故に、防御力を欠く水色の戦闘衣では、明らかに分が悪いように見える。


 最も、"見える"だけなのだがーー、


 リアの拳は容易く騎士の一振りを折って、そのままの勢いでめきめきと鎧に食い込む。


「――がはっ」


 騎士としてせめてもの抵抗をする暇もなく、相手は倒れてしまった。


【勝者、カグラ・ハル!!!】


『はっ、ハルを舐めるなよ糞野郎ども』


 観客席に悪態を吐いて、リアはフィールドから去って行く。


「全く、君のお姉さんは酷いよ。僕があれだけアプローチしてるのに、ハルの事ばかり口にする」


「ペットだからじゃない?」


「僕は名前だって呼ばれた事がない。それはペットにもなれていないという事だからね」


 別に嫉妬している訳じゃない。

 ライアという存在が、ただハルと同じフィールドに立てていないだけだ。だからこそ、彼の事は誰よりも尊敬している。


 ここに来ない理由を「面倒だから」とハルは言ったが、それにもきっと理由がある筈だ。今もきっと、何かとんでもない事を成し遂げようとしているに違いない。


●●


「まだ、眠っておるのか?」


「…………」


 天使の温もりに包み込まれながら、俺は目を閉じていた。上手く寝息を立てているのは、本当は起きているのをミコトにバレないようにする為だ。


「むぅ、困ったな。空腹故、魚を捕って来たいのだが……」


 これはチャンスだ。

 今の状態ならきっと、あ~んをして貰えるに違いない。という事で、俺は目を開ける事にした。


「おはよう」


「目を覚ましたのだな。体の調子はどうだ?」


「だいぶ良くなったが、まだ歩けそうにはないな」


 本当は、自分の脚で歩く事位は出来る。威国の万能薬の効果は凄まじく、1時間程度でバキバキだった骨がくっ付いてしまっていた。


「ならば、今しばらくここで療養するとしよう。妾は食事の調達に行って参る」


 刀を手に取って洞窟から出ていったミコトは、数分もすると帰って来た。その手に持っているのは、ぴちぴちと体を揺らすでっかい魚だった。


「直ぐに調理する」


 ここには調理器具が一切ないし、調味料もない。まさか、ミコトもあの破壊飯(イリスのてりょうり)のような創造主なのか。

 ギャップの可愛さを見出す事は可能だが、それ以上に、俺は料理に口が五月蝿い。


 と、そんな予感は杞憂で終わる事になる。


「ほわぁ」


 火をおこし、魚を捌く。その過程をミコトは刀で器用にやって見せた。

 それだけではなく、木の実や食用草を切り抜いた石の鍋で煮込み、どんどん料理が完成していく。


「急ごしらえの品ばかり故、不出来ではあるが、腹は壊さないと保証しよう」


 最後にミコトは焼き魚に塩を振りかけた。ここまでの食材と調味料を、たかが数十分で調達して来るその腕には驚愕だ。

 

 それに味も上手い。勿論、諸々の完成度はリアの方が上手だが、ミコトの料理は優しい味がする。ボロボロの体でも、ちゃんと食べられるようにという彼女の配慮だろう。


 えっ、好き。


 今の所、完璧天使超人のミコトの地位が揺るぐ可能性は一切なかった。


「ふふ。そう美味しそうに食べられると、こちらも照れてしまう――って、どうしたのだ!?急に咳き込んで」


「ごほっごほっ……いや、ただ天使を見ただけだ」


「天使……?まさか死を覚悟する程、お主の体は――」


「いや大丈夫だ。美味しい飯のおかげで、体はだいぶ楽になった」


 だだ、目の前の天使に心が振り子並みに揺さぶられているだけである。


「そう、なのか……?ならいいが。さて、ではこれからの妾達に関して話そう」


「なっ!?流石に速過ぎるだろ!(結婚の話は)」


「お主に負担を強いるのは分かっている。しかし、ユキシロに――一将に勝てるのは、ハル殿だけなのだ」


「あっ、そっちの話ね」


 さっきの戦いで、俺は最終的に戦略的な『逃げ』を選択した。だから今の状態では、俺と一将の間に、勝ちも負けもない。


 でもここで、最終的な選択として逃げると、負けを認めた事になる。


 勝てなくても、負けないという意地に反する事は、積み上げて来た冒険の軌跡(セーブデータ)を消すと同義だ。


「……技術を教えて欲しい。次は、あの酔っ払いを斬れるように」


「妾はお主への助力を惜しまない。未来の婿なのだからな」


 冗談めかすようにミコトは笑った。


 そういえば、もしミコトが将軍に成った暁には、形式上だけではあるが俺は彼女と結婚する事になるのだ。

 でも俺がそれを肯定すれば、あれやこれやと自体が進み最終的には――"もしかしたら"があるかもしれない。


 もう負けないとかどうでもいいや。


 俺は婿に成る為に、戦おうと思う。バイバイ、リア、ライア。また会う日までさようなら。

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