らぶとぉーゆー
そこは、暗い洞窟の中だった。
「すまない、転移する場所は選べないのだ」
「謝るなよ。お前のおかげで助かった……いてて」
骨はもう何本も折れてるし、内臓だって傷付いている。洞窟に流れ込む、透き通る流水で反射する俺の面は何時もよりずっと悪い。
今にも死にそうな状態ではあるが、皮肉な事に、今まで死にかけて来た経験がまだ大丈夫だと言っている。
「久々にこっぴどくやられたな」
「すまない、妾が弱いばかりに」
「謝るなって、お前は何も悪くないさ。――それにまだ、負けた訳じゃない」
「流石、妾の選んだ剣だ。この瞳に狂いはなかった」
「こんなボロボロの奴選んでる時点で、お前の目は節穴だよ」
「ふふっ、そうであるかもな」
ミコトは静かに笑って、光が差し込む洞窟の入り口に視線を向ける。
「恐らく、ここは威国の南――先ほどの轟鉄城とは遠い場所だ。追手は気にしないでいいだろう」
「どうせなら、一度国を出た方が良かったんじゃないか?」
「妾が転移場所に選べるのは、この威国のみ。外に出ようとすると、何処に飛ばされるのかは運だ。それでもいいなら、今からでも可能であるが」
「そういうのは大体、ダンジョンの奥とかに飛ばされるのがセオリーだ」
「むぅ、そうなのか?よく分からないが、ならばやめておこう」
「あぁ。それに、ここは静かでいい場所だ」
「これを飲むといい。威国に伝わる万能薬だ」
今は何かを飲む動作をするのもキツイ為、ミコトに瓶口を運んで貰う。一般的に流通している回復薬と違って、かなり草特有の苦みが強かった。
「楽にはなった」
が、そもそも回復薬に即効性は余りない。魔力や疲労に関しては即回復するが、傷付いた血肉を癒すには時間が掛かるだろう。
「少し眠るといい。妾は警護に務める」
お言葉に甘えたい所ではあるが、元々寝つきが悪いのも相まって、体の痛みで眠れそうになかった。何より、ひゅーと洞窟を吹き抜ける冷風が嫌でも目を覚まさせて来る。
余りの寝心地の悪さに、俺は眉を顰めた。
「眠れないのか?」
「ああ。でも、目を瞑っとくだけでも体は回復する」
「それでは痛いのを我慢しなければならないではないか。――分かった」
ポンと、ミコトは自分の膝の上に俺の頭を乗せた。所謂、膝枕って奴である。
目を開ければ、桜色と黄金の瞳が歓迎してくれるその状況。これが常時であったなら、どれほど良かった事か。
「残念だが、膝枕に鎮痛作用はない」
「むぅ。こうすれば病人は大体よくなると聞いたのだが……」
俺が好色だったら効果覿面だったのだろうが。
そもそも女性を異性としてではなく、可愛くて美しい生物としか見ていない俺には効果がなかった。
「なら、ぎゅぅううだ」
可愛らしい効果音は、俺の手を握る為のものだった。
「手を握るとあったかくて、それ以外の事を考えなくて済む。昔、妾にそう言った者が居た。最も、誰かは忘れてしまったがな」
「…………」
無言でゆっくりとミコトの暖かさに浸る――と。
瞬間、俺の体に雷鳴が走る。
いい子だ、ミコトという存在は余りにも天使過ぎる。ここに至るまでの道中、何度も彼女の純粋さに触れて来た。
しかし、所詮は可愛いらしい生物としか認識していなかったのだ。
だが、今。俺は思ってしまった。
―結婚したいと。
正直、めっちゃ好きかも知れん。
過酷な異世界で失った筈の希望が今、蘇る。この局面に置いて、ハルは初めて『恋』に落ちたのであった。
●●
一方、その頃王都では。
【四年に一度の武勇祭、今開幕なのデス!】
屋根が付き、日が差し込まない闘技場の中を、色とりどりの魔石が照らしている。
ぐるりと中央の円形フィールドを囲む観客席、その何処からでも視認できる位置には、四角形の大きなオブジェクトが設置されている。
驚くべきは、その全ての面にフィールドの映像が映し出されているという事だ。
最新技術らしいが、余り魔法に関して精通していないライルにはよくわからなかった。
ともかく、凄いという事だけは分かる。
「ドーム?って言うらしいぜ。全く興行として完成してやがる」
「どうやら、勇者パーティーのアオイって奴が発明したらしい」
なるほど、異界の技術か。道理で目新し過ぎる訳だ。
「ねぇ、お姉ちゃんの出番はー?」
「確かリアーーじゃなくて、ハルの試合は次の次だね」
丁度、第一試合の選手達が出て来た。
一人は、猫人の勇者と呼ばれている、誰もが知る『黒の旋風』だった。だが観客の誰一人として、彼に長らく視線を這わせる事はない。
一方、大陸中から集められる強者の祭典という事で、開幕を司るのは"あの男"だからだ。
『わてもついてないニャ』
『まー次に期待しろよ』
自分の勝利を疑っていないのは勿論、誰一人として彼の敗北を疑っていない。赤と白を基調とする英雄の装備を纏う、『大地』の容姿を有する彼こそ名実ともに最強の男。
「フィリウス・ラリー・Jr……実物を見るのは初めてだ」
恐らく、というか確実に『本気のライア』を凌駕する化け物に、視線を奪う筈の金色の美少年が釘付けになっている。
【では試合開始なのデス!】
試合開始の合図と同時、黒い猫人が天高く跳躍した。
閃くのは、得物の金のかぎづめ。くるくると回転しながら、フィリウスを切り裂くべく降下する。
直後、ドンと。通常、人の戦闘では聞く事もないような衝撃音と爆風がドームを圧倒した。
まず驚くべきは猫人の勇者の膂力だろう。回転力だけでは、これ程の威力は不可能だ。そして何よりも目を見張るべきなのは、その攻撃をフィリウスが前腕で――防具が覆っていない『肉』で受け止めている事だった。
数世代に渡って優れた血だけを取り入れて来た最高傑作のフィリウスは、曰く、生まれた時点で既にSランク冒険者と同等の基礎能力があっただとか。
「あの人、つよいねー」
「まだまだこの程度じゃないさ」
渾身の一撃でも、少し肉を削ることしか出来なかった猫人だが、「やっぱり」と最初から分かっていたように、表情を変える事無く次の攻撃に移る。
『わてを舐めるでにゃいぞ』
黒い旋風を体に纏わせて、猫人は体制を低くする。観客席から見てるだけに関わらず、思わず冷や汗をかくような『狩り人』の気配に、当のフィリウスは「かか」と笑った。
直後、旋風が乱れる。瞬きをする度に、一条、二条とフィリウスを起点に交差する黒い軌跡、ライアの瞳でやっと視認できる圧倒的な速度で、猫人は幾度と攻撃をお見舞いした。
速さは勿論だが、最中幾度と『捻り』を加える事で、限界を超える『一爪』を生み出している。
体が柔らかい猫人だからこそできる所業だ。
しかしそこは『最強の男』。
『いいマッサージだぜ、ネコちゃん】
文字通り『動じない』。表情を変えず、一歩も動かず、一動作もしなかった。
『やっぱり、馬鹿げてるにゃ』
『そろそろ『加速』させてもらうぜ?』
フィリウスの蒼色髪が靡く。そして、その場から姿を消す。
何時の間にか、その姿は猫人よりも少し後ろにあった。
猫人が纏っていた黒い旋風は霧散して、そのままバサッと前のめりに倒れてしまう。
【勝負ありなのデス!】
姿を消す→敵の後ろに居た。そして勝負は終わっている。
余りにも『過程』の無い戦いだが、フィリウスの『スキル』を知っている者は誰一人として疑問を抱かない。
スキル『加速』。
速さの概念を超越して、圧倒的な加速度でフィリウスは行動を可能にする。誰一人として、"加速した彼の世界"に追い付く事は出来ない。
その為、気付いたら勝負が終わっている、という状況が作り出されるのだ。
と、ライアは懇切丁寧にミアに説明した。
「すごーい。お姉ちゃんより強いかな?」
「残念だけど、リアじゃ勝てないだろうね」
「じゃあ、ライアさんは?」
「僕よりもきっと強いよ」
「じゃあ、ハルお兄ちゃんは?」
「それは……どうかな?」




