表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

27/81

箸休め

 俺と邪神の最後の一撃の余波は、ラベル島に眠っている莫大な魔力の源を消し飛ばしてしまった。


 故に、3日目に大量出現する予定だったメタリン襲撃はなくなって、自由なバカンスの時間が冒険者達には与えられたのだ。


 最近は冒険続きで、心身ともに疲労してしまっていた。

 久しぶりにこんな日もいいだろうと、今俺はビーチで陽光を浴びながら寝そべってる。


 ライアとリアは、ここにはいない。偶には一人で静寂の時間を謳歌するのも必要だ。

 それに糞勇者共と鉢合わない為に、島の反対側までわざわざ来たわけで。


 ビーチには疎らにしか人がおらず、何時も騒がしいホームタウンの冒険都市とは真逆のこの空間に浸るとしよう。


「――起きて下さいまし」


 温かな自然にウトウトしていると、突然現実に引き戻される。しかし、今は誰とも話したくない気分なので、このまま無視を決め込むとしよう。


「今、瞼が動きましたわね。わたくしの目は誤魔化せませんわよ?」


「……うるさいなぁ。一体、誰が――」


 目を開けて、直後に俺は硬直する。その人物が、余りにも想定外だったからだ。


 確かに、その声にはよく聞き覚えがあった。上品な喋り方に相応しい、よく透き通る声は、聞き間違う筈もない。

 なのに、目を開ける前に分からなかったのは、彼女がここに居る可能性を一切排除していたから。

 そもそも、"この世界"に居る筈もない人物なのだから――、


「姉さん?」


 確かに足元に影を落とす、虚栄ではないその姿に目を丸くした。


●●


 時は数時間前に遡る。


 事の発端は、ライアの一言だった。


 ―流石にハルは変わり過ぎじゃないのか、と。


 勿論、人とは成長して変わっていく存在である。

 しかし、ハルのここ1年の変化は明らかに悪い方向が顕著だった。勿論、捻くれた事で得られた強さもあるだろうが。

 

 それでも記憶を失う前の彼をこの目で見たライアは、少しでも以前の純粋さを取り戻させようと考えて、それに同意したのがリアだった。


「一度変わった奴を戻すのは難しいが、どうするよ」


「記憶を失う前――前の世界で過ごして来たハルは純粋だった。なら、その思い出を刺激するのが一番だろうね」


「とは言っても、この世界に住んでる私達にどうにもできねぇだろ」


 あちらの世界でのハルを知ってるのは、あちらの世界の住人だけ。

 ライアの瞳を以てしても、過去を覗く事が出来ない。


「勇者パーティーの人達に聞けば、あるいはだね」


 同じく束の間の休日を楽しんでいた勇者パーティーの元へ、ライアとリアは訪れて、そして『成果』を得た。

 イリス曰く、ハルには姉が居ると。黒髪に優しい緑の瞳、上品な喋り方が特徴の弟想いな人だと、人物像まで教えて貰った。


「背丈は私とほぼ同じだし、変身スキルで……と思ったが、見たことないならどうしようもないな」


「見せてあげるよ。ほい」


 イリスがリアの頭に手を乗せる。

 瞬間、リアの脳内にはハルの姉の姿が鮮明に映し出された。


 これでリアは変身可能になったが――、


「てめぇ、どうしてハルの姉を知ってやがる。勇者である以上、あっちの世界の人間なんだろうが接点があったのか?


「さぁ」


「はっ、てめぇもチビと同じ性質(たち)かよ」


「僕の事をチビ呼ばわりしたのは置いておくとして、聞く限りでは姉君(あねぎみ)の性格はリアと似ても似つかないようだけど……」


「はっ、舐めるなよ。――わたくしがどれだけ自分の事を偽って来たか、教えて差し上げますわ」


「ほぅ」


 光の粒子を纏って、瞬時にリアはハルの姉――神楽(かぐら)風夏(ふうか)へと成り代わったのであった。


●●


「姉さん?」


「わたくし以外に他に居ると思いまして?」


「いや、そうじゃなくて……どうして姉さんがここに」


「そんな事、どうでもいいじゃありませんの。今は疑念を捨てて、語り合いましょう」


 はんなり笑う姉さんの笑顔も、記憶にあるそれとは違わない。

 なるほど。どうやら、俺は夢を見ているらしい。


 頬を引っ叩いて、現実に戻ってもいいが……。


「そうだね。俺も話したい事が沢山あった」


 今だけはその夢に追い縋る事にした。俺だって、家族を懐かしむ位の感情を持っているからな。


「では少し、海辺を歩きましょうか」


「…………」


「どうしたのですの?」


「いや、手は繋がないのかなって……」


「んん!?」


「いや、姉さんは何時も俺の手を引っ張ってくれたからさ」


「ああ、そうでしたの!てっきり忘れていましたわ!久々に再開ですから!!!」


「なら、仕方ないね」


 きっと、無意識に補正をかけているのだろう。だから夢の中なのに、姉さんが意表を突くような行動をする。

 久しぶりの姉さんの手は、ただ優しかった。


 でも何故だろうか、少し汗ばんでる。姉さんは多汗症じゃなかった筈だが……今日は暑いからか。


「父さんと母さんは元気?」


「元気ですわよ」


「良かった良かった。俺が居なくなって、悲しんでる?」


「それは――」


「ああ、やっぱりいいや。帰れるかも分からないのに、こんな事聞いても意味がないよね」


 きっと優しい父さんと母さんは、俺の事を心配に想ってくれている。

 真実ではない夢の中といっても、聞いてしまうとこっちも寂しく思ってしまう。勿論、何時か又会えるのなら、その限りではないが……。


「ハルは帰りたいですの?」


「うーん。どうかな」


「顔を見てれば分かります。ハルはこの世界ですっごく辛い思いをした筈です」


「やっぱりわかる?」


「わたくしは貴方の姉ですもの」


「……そうだね。凄く大変だったよ」


 空と海が交わる地平線を眺めながら、俺は思い返す。

 遂数か月前までは、こうやって自然を感じる余裕もなく、ただ生きるのに必死だった。


 何度骨が折れて、血を流したのかも分からない。街を歩くたびに無能と罵られて、俺は孤独な1年を送って来た。

 今では夢にまで見た異世界が、糞ったれと思う程に。

 

 小数点以下の比率ではないと表せないほど、辛い経験の方が多かった。


「無理して戦う必要はありませんわよ。ハルが逃げたいのなら、今の全てを放り出してもいい」


「それは無理だよ。怖いアマゾネスがそれを許しちゃくれない」


「――きっとそのアマゾネスも、最初は怒るかもしれないですけど、いずれ納得するでしょう」


「……そうだね、案外あいつは優しいし――ってどうして姉さんが照れてるの?」


「な、何でもないですわ!」


 確かに今の力があったら、俺は何処でも生きていける。

 冒険者何か辞めて、勇者パーティーの奴らの事何か全部忘れて……所謂、異世界スローライフを送るのも、きっと許して貰える。


 だが、それ以上に。


「姉さん、俺は今が楽しいよ。少ないけど仲間が居て、俺みたいな弱っちい奴が信頼されてる。――心配しないでよ、姉さん。俺は今の俺が大好きだから」


 夢でもいい。

 一度でいいから、俺は強くなったよと姉さんに言ってみたかった。


 どうやら効き目は抜群だった様で、あの姉さんが目を丸くしてる。


「良かった、ですわーー本当にありがとう」


「うわっ!?急に抱き着かないでよ!」


「わたしなりの感謝の証ですの。黙って受け取りなさい」


 優しい温もりに包まれて、ふと俺は違和感に気付く。

 緑の瞳に黒髪、その身長も姉さんと違わない。なのに――、


「姉さん、胸が小さく――って、いったぁあああ!!!」


 強烈な拳骨が、俺の頭に振り落とされる。

 夢の中の姉さんは、何だか凶暴だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ