対話×対話
ハーゼリス・ヴァリエは、生まれながらの奇才だった。
理論では説明する事の出来ない魔法やスキルが存在する世界で、才能とは尊むべきものである。ハーゼリスも又、子どもの頃は周囲から敬われ、大切に扱われた。
しかし、彼は天才ではなく、あくまで『奇才』だった。
その余りにも人離れしている力は、やがて他に恐れられるようになる。
声に魔力が乗る。そんな蠱惑の声色の持ち主を前に、友人と呼べる存在は直ぐに去って行った。
「ハーゼリス。君は今日から、このマスクを付けなさい。皆の為にも、その口を閉ざすのです」
優しかった父と母もその才能を忌避して、ハーゼリスは幼子にして無言を強いられた。結果それは、他との隔絶を加速させる事になって、彼の周囲からは誰もいなくなった。
―対話がしたかった。
ただ、ハーゼリスは誰かと言葉を交わす事を望んだ。それでも、あらぬ噂が先行する彼と話そうとする者は誰一人としていなかった。
加えて、成長期に孤独に育った少年の瞳は色を失って、明瞭な声は淀みを孕んだ。
そうなれば、後は堕落していくだけだ。ハーゼリスは、全てを恨むようになった。
父と母は勿論、対話をしてもいないのに耳を塞ぐ愚か者共を。――自分に才能を与えた神すらも。
齢15歳にして、ハーゼリスは故郷を燃やして家を出た。
口を開く事が許されなかった少年にとって、闘争こそが対話となったのだ。戦う時だけは、相手は自分を見て、その耳を傾けてくれる。
何とも簡単で歪な『気付き』だった。
しかし――、
「何やお前、めっちゃ弱いやん」
その日、立ち寄った辺境の村で。始めてハーゼリスは敗北を記す事になる。
何の才能の欠片もない中年の男だった。
「殺せ……」
「殺さへんよ」
「私はお前に敗北した。唯一の対話の術を失った」
「……よォ分からへんけど、お喋りしたいんやったら、うちにくりゃええよ」
「蔑まれて、口を塞がれるだけだ」
「せんよ。だって俺、お前より強いやん。――強者ってのは、懐深いもんやで?」
男は初めてハーゼリスを拒否しない存在だった。声に耳を傾けて、真っすぐ目を見てくれる彼の手を、気付けば取ってしまっていた。
ハーゼリスにとっての対話とは、口を開く事でも戦って勝利する事でもない。
敗北こそが、彼にとっての対話の始まりだったのだ。
男――エリックは村で先生をしていた。
ハーゼリスも又、他の少年少女達の輪に加わって、生徒として学びを始めた。
しかし幼子の時には既に、貴族として人並み以上の教育を受けて、本を読むことを趣味とするハーゼリスにとって、エリックの教育は余りにも低レベルだった。
今後為になるであろう『知識』は殆どない。強いて言うなら、女の子の口説き方位だった。だがそれを補って余りある『気付き』があった。
「あらあら?ゼッスー、今日は顔色悪くないです?あ、何時もでしたね!」
やかましい同世代との交流は、ハーゼリスの凍った心を溶かした。何度も言うが、やかましくはあるが。
それに奇才である自信を恐れずに、何をしてもハーゼリスを見捨てずに叱ってくれるエリックの存在が、何よりも成長の種だった。
ハーゼリスは『在り方』を知った。彼にとって対話は、"語り合うこと"になったのだ。
瞳は色を取り戻して、一人の人間として確立していく――。
そんな矢先の出来事だった。
その日、ハーゼリスは用事で王都に出向いた。さっさとやる事を済ませて、空が茜色に染まるまでに、村の帰路を辿った。
「村から煙……?」
街道を馬車で走って居ると、村から濛々と上がる黒煙に気付いた。
――同時に、奇才であるハーゼリスが悪寒を覚える程の、邪悪な魔力の気配を。
「緊急事態、精神統一……!」
直ぐに馬車を乗り捨てて、エリックからは禁止されている膨大な魔力を使用して、ハーゼリスは村に向かった。
道中、立ちふさがる『影』には見向きもしない。「退け」と口ずさみ、己の大切な人達に至る道を切り開いていく。
間もなく辿り着くと、村は轟轟と燃え盛っていた。まるで父と母を殺めて、故郷を焼き払った"あの時"のように赤い灼熱に染まっていたのだ。
「辞めろ……やめろやめろやめろ!」
たかが1年。ハーゼリスがこの村で過ごしたのは、人生のごく僅かにしか満たないひと時。
それでも。この場所は、この世界で唯一の対話の場所だった。
燃える住居を消化しながら、ハーゼリスは必死にエリックや同じ釜の飯を食べた仲間達を探した。
――昨日まで、学び舎として存在していた場所は、既に焼け落ちていた。
それでも、皆がどこかで助けを待ってると信じて、村中を駆け回った。
辺鄙な場所にある小さな村は、ハーゼリスであれば数分で一蹴する事が出来る。
既に数十分の時が経過して、もう何週したのかも分からない。それでも、ハーゼリスが足を止める事は許されなかった。
それは、その残酷な現実を……死体処か、灰になった皆を肯定する事になるから。
しかし、奇才であるハーゼリスだが、まだまだ未熟な年齢。やがて、肉体の限界が訪れる。
「ぁああ……理解不能理解不能……どうして皆が、先生が――対話をしてくれたあの人たちがッ!!!」
ハーゼリスは、現実を受け止めざるを得なかった。
皆死んだ、例外なく。その事実に、慟哭を上げる事しか出来ない。
「――ふむ。大きな魔力が感じたが、貴様が街道で朽ちている我が部下を打ち倒した者か?」
そんなハーゼリスに声を掛けて来たのは、漆黒のロングコートを纏う男だった。
一目見て、村を破壊した魔力の残滓と目の前の男が一致する事に気付く。
「お前がッーー!」
「今は、我が質問をしている。その意味を理解出来ぬほど、貴様は愚者か?」
紫紺の瞳が閃き、圧倒的な強者の声がハーゼリスの復讐を止めた。『奇才』と呼ばれている自分が凡人……いや、蟻以下の矮小な存在だと錯覚するほど、男はあらゆる面で圧倒的に優れている事に気付いたのだ。
「――確かに私がやった」
「そうか」
「次は私が質問する。どうして、先生達を殺した」
「貴様にとって、その答えは必要なのであるか?」
「何?」
「先生、という者がこの村に居たのなら既に死んでいる。それが揺ぎ無いたった一つの真実。我の意図を聞いたところで、一体どうなる?復讐でもするのか?否だ、貴様は本能で我に勝てない事を理解している」
その通りだった。今更何を言っても、ハーゼリスに救済はない。
そう頭で分かって居ながらも、この状況を作り出した元凶が目の前に居るのだから、怒号を撒き散らす事しか出来なかった。
「どうして……どうして、もっと速く私は――!」
「自信を責め立てようとしているのなら、それは大きな間違いであるぞ?奴らが我に殺されたのは、貴様が救済にこなかったからではなく、自分達では時間も稼げぬほどに脆弱だったから」
「先生達は弱くない!」
「なら、どうして命を落とした?特別に、我が告げてやろう。貴様が呪うべきは己の弱さではなく、奴らの弱さだ」
行き場の無い感情、その落としどころを未熟者のハーゼリスでは見つける事が出来なかった。
しかし、男は違った。理知的で、その全てを見透かすような双眸は疑うのを良しとしない。
やがて、彼が元凶と分かって居ながらもハーゼリスの弱い心は縋ってしまった。
「私は……私はただ、対話がしたかった」
「強者である貴様にとって、奴らは対話をするに値しない。そうであろう?」
「――解釈一致。そうか私はまだ、対話が出来ていなかったという事か」
涙が枯れて、瞳の色が洗い流される。
「そうだ、強き者こそ、貴様と対話する資格がある。――我は魔王、魔王ヴェスタなり。貴様に『邪神』の称号を与える」
「邪神……?」
「その称号に釣られて、沢山の強き者が貴様を倒そうと訪ねて来るだろう。その中から『対話』に値する者を探すのだ」
その時より、ハーゼリスにとっての対話は再び『闘争』となったのだ。
「私と……邪神と対話できるものは現れると思うか?」
「我も未来を覗ける訳ではない。ただ――」
もし『その者』が現れた時、彼は勇者と呼ばれる者であろう。




