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勇気を問う

 ただそこは白い空間だった。どこを見渡してもひたすら無限の白が続いており、自分が足を付く地面すらも、存在するのかは認知することができない。


 俺は、死んでしまったのか。

 

 先ほどまでの記憶が正しければ、俺は何もできずにお腹に穴が空いて死んだ。

 それにしても、俺の記憶では転移したばっかりなのに、直ぐにどう見てもラスボス級の『邪神』に殺されるとは、なんという不憫なのか。


「起きましたかハル?」


 静寂を打ち壊すように、黒い影が現れる。性別は愚か、その声が耳に入って意味を理解した瞬間、どんな声だったか忘れてしまう忘却の声色だった。


「あなたは誰ですか?」


「あなたからはフライデーという名前を付けられた、しがない機械ですよ」


「それで、俺は今どうなって……」


「簡潔に言うと、殆ど死んでます」


「でも、その言い方だとまだギリギリ生きてる。そうですよね?」


「はい、あなたには3つ選択しがあります。1つ目はこのまま死ぬか、2つ目は戻って殺されるか、3つ目は、敵を倒すかです」


 それって選択の余地がないのでは……?


「俺で勝てますかね」


「あなたは記憶を失う前、スキルポイントを駆使し敵を倒してきました。昨日の大量レベルアップのおかげで、今のあなたのポイントは143。もし私が力を貸せば、あなたは絶対に邪神に勝利できる」


「その言いぐさだと、力は貸してくれなさそうですね」


「今の記憶を失っている状況は、貴方に課せられている試練です。そして私はそれを支持している」


「酷い人ですね。俺記憶ないの分かってます?すてーたす?のおかげで普通の人よりは強いですけど、体の使い方とかは大学生レベルですよ」


 記憶を失う前は一年といっても、その間みっちり冒険を繰り広げて死地を経験して来た筈だ。

 その経験が今の俺にはない。なのに、唯一の希望であるスキルポイントの使用が出来ないとは、ジャングルに裸で放り出されると同義である。


「では一つ、面白い話をしましょう」


「何だよ、急に」


「人は成長する。特に貴方位の年頃だと、それが顕著です。一年で不得意が得意になって、苦手が普通になる事がある。ですが成長の最中にあっても、稀に過去の方が優れている点もある」


「子供の頃の方が純粋だったとか、そう言う事ですか?」


「理解が早くて助かります。そして、貴方に関してもそれは当てはまる。今の記憶を失ったハルと、この異世界で一年を過ごしたハル。一つだけ、貴方が大幅に優れている点があって、しかもそれは『勇者』という職業が大きく作用する」


「その、俺が優れている点ってのは?」


「それは――」


◆◆


「おいハルてめぇ!死んだふりなんてしてんじゃねえぞ!!」


 腹に風穴が空いてその場に倒れ伏せたハルを見たリアが、今にも泣きだしそうな声で呼びかける。

 彼女は信じられなかった、今までなんだかんだ危機を潜り抜けてきたハルが、こんなあっさり死ぬわけがないと。


 とはいっても、目に見えて分かる確実な死。それに、所詮『無能勇者』である彼に再起を求める声が上がる事はなかった。


 だがリアを除いて、一人。


「お前は無礼千万だ。さっきから、この僕を目の前にしてるというのに絶望を一切感じない。なぜだ?」


「私は絶望をしってるからね。それに、彼は立つよ」


 イリスだけが、ハルの再起を信じている。

 他ならない彼を追放した彼女が、だ。


 その根拠の欠片もない、ハーゼリスにとっては小娘である二人の希望。


「なら、そうだ。うん、さっさと全部殺せばいい」

 

 一縷の望みを完全に詰み取るために、再びハーゼリスは殺戮を図る。

 極彩色が再びその手に宿って、この場の全てに絶望を振り注ぐ。


 その虚ろな瞳は、確かにその未来を視ていた。

 だがそれよりも前に。何もかもが雑音に過ぎない灰色の現実に、光が差し込む。


「――これは驚いた。完全に息は止まっていた筈だが?」


 星に願いでも届いたのか。ハーゼリスの前に立ちはだかったのは、瞬殺された筈の青年だった。

 腹に空いた空洞は塞がって、その黒瞳で真っすぐ邪神を穿つ。


「恥ずかしいですけど、俺カッコイイヒーロー憧れてたんです。でも、記憶を失う前の俺は、捻くれ者の正反対だった。――だから、記憶を失った今、再び目指してやろうじゃないですか」


 青年――ハルは慣れない剣を構えて、頭上に掲げる。


「お前、何を言っている?」


「ヒーローに……勇者になるって事だ。背中で可愛い女の子が悲しんでる、立ち向かう意味はそれだけで十分だろ」


 夢見がちな英雄願望。


 経験が乏しく、実力は勿論体に追い付いていない。だが、今のハルには勇気があった。


 そう……。


 勇者という職業に一番必要な『力』が。


 5.勇気に呼応して強くなる。


 使うはずもないと見向きもしなかった能力が今、発動する。


 迸る黄金の光、英雄譚に出て来る真勇の姿。確かにそれは、今のハルに伴っていない過剰な力だ。


「――――頭が痛い、心臓が跳ねる。…………お前は脅威だ」


- - - - -

Name ハル Rank A

Level 60

H-1557 SS

力-1269 S 

防御-1013 S

敏捷力-1491 SS

- - - - -

 昨日のメタリン襲撃で、大幅に向上したステータス。

 プラスで、『勇気』に比例した力の向上。


 この瞬間、純粋な内包している力なら、ハルはハーゼリスを凌駕する。

 事実、ハーゼリスが気だるげな口調を正して、虚ろな瞳に闘志を宿したのだった。


●●


「駆けろ雷光」


 瞬く度、変わる景色は、邪神の圧倒的な手数故だ。

 愚痴を吐き、同時に多彩な魔法が襲ってくる。


 この世界の魔法に関する知識は、全く以て有していない。

 全てが未知数、全てが初体験(ニューワールド)


 知識は全て、現世の宝物子(アニメとマンガ)


「滑って……殴るッ!」


「無茶苦茶で、芸もない。なのに、邪神に屈しないのなぁ」


 それが案外、通用しているのは一重に今の状態のおかげだ。


 さしずめ、魔改造したスポーツカーの如く加速度で、邪神としての数千年を上回る。


「囲め、火柱」


「あっちちち……」


「そのまま逃げ続けてくれた方が、邪神にとっては好都合。お前はやがて意気阻喪となる」


 難しいその四も熟語の意味は分からないが、確かにこのままではジリ貧だった。

 というのも、さっき自分の状態を魔改造と称したように、大きすぎる力の代償を俺は今、ひしひしと感じている。


 ぐらりと、時々視界に靄が指す。

 神経系が、全く体の動きに追い付かないのだ。


 慣れとかそう言った次元ではなく、こればっかりは埋める事が出来ない。


「――少し、動きが落ちたな」


 勇気とは、メーターのようなものだと思っている。

 戦いが長引く程減って……そしてそれは、今の俺に勝機が無くなる事を意味した。


 鋭い風が俺の頬を掠める。


「まずい!」


 避けたのはいいが、そのまま背後で見守る事しか出来ない冒険者達に向かって行った。

 目を瞑って死を覚悟した彼等だったが、


「……直前で消えた」


 鼻先で弾けて、風は大気に還ったのである。


「邪神はお前と対話している。対話は大切だ、それが在り方だ」


「ありがとう、とは言わないですよ」


「勘違いするな、邪神は優しくない。もう疲れた、肩が痛い。そろそろ、倒れてくれよ?」


 時間はなく、全く以て邪神に隙はない。

 一撃だ。それで決めなければ『勇気』が廃る。


「はぁあああああ!」

 

 迫り来る閃光を避け、地面から生える棘を剣で斬り進む。

 

「単純明快、何ともまあ」


 それでも、ハーゼリスとの距離が縮まらない。

 常に攻撃の当たらない『安全圏』を確保できるように、後退しながらの戦闘方法・狡猾で、それでいて一撃必殺を狙う俺には効果的だった。


 こうなったら――!


「かーめーはめー!」


 何処かのアニメの必殺を思い出して、真似してみた。

 今なら何だが、掌から出る気がする。


「魔法……なら、防御するだけだよね」


「はぁああああ!」


 一度展開している魔法を下げて、邪神はその前方に障壁を張った。

 闘気全力で言い放った必殺技だが、すぅううと。


 両の手を前方に突き出したまま、俺の体をそよ風が撫でるだけだった。


「てめぇは魔法使えねぇよ、ハル!」


「俺って何しに異世界転移して来たの!?」


 スキルも無ければ、魔法まで使えないと来たか。

 なるほど、俺が捻くれてしまったのも察しが付く。


「余所見とは、いい度胸だ」


 一瞬、戦闘から意識が遠のく。

 その間が、絶対的強者を前には致命傷だった。


 背中を撫でる冷たい声、直後バキバキっと。左腕が無残な音を立てながら、360度を超えて横回転する。


「ギぃいいい……」


 痛い、洒落にならない。さっき一度死んでしまった時は、気付かない程の致命傷で痛みは感じなかったが、今はじわじわと振動で伝わって来る。


 勇気が減る、纏っていた光が体から離れていく。


「一敗塗地、棄甲曳兵。勝敗は決した」


 真勇であれたのはひと時、神楽(かぐら)(ハル)は何時も通りの凡人となったのだ。

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