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Suddenly die

「お帰りなさい」


 俺とアオイが待機していた場所に、ほぼ同時のタイミングでリア達とイリス達が帰って来た。

 その間、俺はアオイにこちらの世界の常識について話してもらっていた為、退屈はしなかった。


「ところでよ、調理場はどうする」


「それは心配ありませよ、私が収納していた分があるので」


 イリスが空中で指をなぞり始めると突如簡易な調理場が出てくる。流石異世界便利である。

 2人は直ぐに料理を振舞うために持って来た各々取ってきた食材を取り出し、調理し始めた。


「私は用事を思い出しましたのでどこかに行っておきますね」


「おーっと、オレもジムの時間だ」


 明らかに今思い付いた『用事』をアオイとタケゾウの二人が口にして、逃げるようにこの場から去ろうとする。


「あ、モンスターが近付いてこないように、結界張ってるから、今は出られないよ」


「のぉおおおおおお!!!」


 二人の叫喚が響く。何だか嫌な予感がしてきたのは、俺だけでしょうか。

 そもそもリアはまだしも、イリスの料理を食べたのは、まだ俺の心が綺麗だった頃らしい。


 なら、女性が作った手料理を『不味い』というはずもなく……。


「考えすぎか」


「一応聞くけどこの戦いって、滋養強壮の効果を競っている訳ではないよね」


 イリスと一緒に食材を取りに行ったライアが、とんでもない事を言い出す。

 アオイとタケゾウ、二人は青ざめた顔で結界をガリガリとかきむしった。


「おまたせ」


「出来たぞ、感謝して食え」


 検討空しく、二人の料理がこの場に居る人数分出て来る。


 まず俺は、イリスの料理を脳内で世界から排除して、リアの方に取り掛かった。

 綺麗に皿の上に乗っているのは、魚のムニエルのようなものだ。


 初めての異世界の食べ物ではあるが、抵抗感なくそのまま口に放る。

 ――バジルの香りが鼻孔を擽って、魚の苦みを消すフリーティーな味付けが癖になるそれは、さながら高級料理店の品だ。


 俺がリアの料理を好んで食べていたというのは、本当らしい。


「美味い……マジで普通に美味しい」


「当たり前だ」


 そう言いながらも、リアはぐっと胸を張って鼻を啜る。

 小さな胸だった、もう少しあればいいなと思う。


「次は私の料理ね、はい」


 強制的にイリスの料理に意識が戻される。

 同じく魚の料理だったが……果たして何と形容していいかは分からなかった。


 地獄の苦しみを味わった死んだのかと推察する程、色の悪い魚には、謎の緑色の調味料がべちゃと貼り付いている。


「全能でも攻略する事の出来ない力、か……」


「これは試練だ、筋肉を成長させる為の挑戦だ」


「クリームパン。海老の浅漬け。リンゴの巣窟……」


 各々、何処まで続くか分からない巨壁を上る前のように、意を決する。


 俺も又、舌に乗せ――。


◆◆


「やはり、だめだったか・・・」


 アオイが小さく呟くと同時、バタンとハルがその場に泡を吹きながら倒れてしまった。

 絶望的な料理の技術が、一応食べる事の出来る食材を変換して、人間1人を気絶させるまでの効力を得たのである。


 彼女こそ、本当の変換勇者だった。


「こいつ、上手さでハルをぶっ倒れさせただと!?」


「ほら、これは私の勝ちじゃない?」


 リアが酷い勘違いをしているが、同じくイリスの料理を口にした三人は否定する気力をがなかった。


「どうやらハルは眠かったみたいね、残った奴は貴方達たべていいわよ」


「ぼ、ぼくはもうお腹いっぱいです。どうでしょう、僕の魔法で永久保存が出来ます。今度、魔道王国の"状態異常無効"のスキルを持つエルフの女王の手土産にしてみては」


「捨てるのは勿体ないからね。ってどうして、わざわざ状態異常無効を強調するの?」


 この後、気絶してしまったハルを抱えて、一行は冒険者達が集まる野営地に戻った。

 警護隊を除いて、この島にいる全てがベテランの冒険者だけだ。野営地には、それぞれのスキルや職業を生かした道具を販売している店が多々あった。


「少し高いけど、明日のメタリンに備えて、僕は武器の手入れをお願いしに行くよ。他の人も良かったらどうかな?複数人だと、割引が効く」


「オレも防具の整備を頼む」


「なら、一緒に行こうか。えーっと――」


「タケでいいぞ。タケゾウは呼びずらいだろ」


 一旦分かれて、二人は腕利きの鍛冶師を探しに行く。

 途中、目に入る露店はやはり法外な値段ばかりだった。


 暫く歩いて、二人は手ごろな店をみつける。


「いらっしゃい」


 髭がすっかり白に染まる老骨、しかし漲る覇気は、彼がまだ最前線で戦う冒険者である事が伺える。


「弦が擦り減ってしまってね。お願いできるかな」


「俺はすねあてを頼む」


「分かった」


 老骨は、武器の手入れに取り掛かる。

 そうは時間が掛からないという事で、二人は傍の岩に腰を下ろす事にした。


 今日は少しのハプニングはあったが、それが冒険者の定めというもの。

 今日も今日とて、悠久の空の下で、何時もの時間が過ぎ去っていく――。


 と、思っていた。


 ライルがふと、髪を指ですくった直後だった。本当に予兆も、真面な前触れすらもなく、


 その左腕が、宙を舞ったのである。くるくると血の尾を曳いて、地面に落ちていく己の腕、長年連れ添った体の一部の喪失に、しかしライルは冷静だった。


 金瞳を強く引き締めて、痛みを抑える。そのまま、周囲を視線で走らせた。


「なっ!」


「気を付けろ、"何か"が居る」


「店主、防具を!!!」


 タケが咄嗟に要請する。が、返答はない。

 代わりにぺしゃっと、露店の中から流れて来る大量の血が足に当たった。


「お前、とても厄介だ。僕がそう言ったのに、死なない」


 恐ろしく冷たい声が、ライルの耳元で囁かれる。

 残る腕を構えて咄嗟に振り向くが、其処に人影はなかった。


「タケ、君は一刻も早くここに増援を」


「ばか、お前ひとり残していけるか」


「猛獣が獲物を狩る時、最初、誰に狙いを定める?」


 『凶猛』を宿す瞳で、タケに問いただす。

 何処からでも攻撃出来る術を持っていて、襲撃者はライアと老骨しか狙わなかった。

 

 その意味が分からない程、タケは愚かではない。


「……分かった」


「はぁ。全く。逃がすと思っているのかな。それは君、傲岸不遜じゃないか?」


 足に破壊力を乗せて、一気に跳躍。

 『衝撃破』のスキルを有するタケだからこそ出来る、馬鹿げた移動手段。


 ――であったはずなのに。


 丁度、その体が夕日と重なった時、まるで頭上から鉄塊でも落ちて来たように、タケの体は地面に強く弾かれる。

 勇者としてこの世界に召喚された肩書は伊達ではなく、それでもタケにとっての致命傷には成り得ない。


「まだ、死んでいないのか」


 遂に姿を現した襲撃者。なぜ中々姿を捉える事が出来なかったのか、ライアとタケは理解する。


 耳を澄まさねば分からない程小さな足音に、亡霊のように白い肌。

 瞳は虚ろで、髪はわかめのようにしなっている。


 おおよそ、強者に分類される者とは正反対の様相……その余りの存在感の無さ故だった。


「調子に、乗るなァ!」


 理不尽で、前触れなく飛んでくる攻撃。

 襲撃者が姿を現したのは好都合だ。殴って倒せば、それで攻撃は止む。


 なのに、タケはそれをやらなかった。否、"やれなかった"。


 まるで鎖を巻かれて、地面に縫い付けられてるみたいに。鍛え抜かれた筋肉は滾りを失って、でくの坊になったのだ。


「言葉は大切だ。わざわざ面倒くさい事をやる必要がない。勝手に相手を倒して縛ってくれる、正に一石二鳥。僕は言葉に魔力を乗せる、それはやがて相手を蝕む。簡単だぁ」


 言葉、という攻撃方法。

 その正しく初見殺しなやり方に、タケは完封されてしまった。


「けど、僕は蝕まれていない。どうしてかな?」


「恐怖を抱いてないという事だよ、それは。厄介だ、本当に面倒くさい。片腕の小人族が、どうして諦めない?」


「片腕?君は何を言ってるのかな?」


 ひらひらと、ライルが見せつけるのは、確かに影を落とす左腕だった。

 切断面から血が零れてもおらず、何処からどう見ても『完治』している。


 先ほど、宿っていた凶猛は何時の間にか金の輝きを取り戻している。

 魔龍族としての圧倒的な治癒能力、そのカラクリが分からない襲撃者は静かに片目を瞑った。


「ここで戦ってもいい。だけど出来れば、変身したくないかな。暴走するのは御免だ」


「…………はぁ、だるい。僕も、お前と戦うのは面倒だ」


「なら、戦うのは止めておこう」


「――――」


 襲撃者は浮遊して、周囲に視線を這わせる。

 そして何かを見つけたように、西の空に飛んでいった。


 ――ハルやリア達が居る方向へと。


「おい、どうして逃がした!お前なら、あいつを――!」


 魔力干渉範囲外になったのか、行動の自由を得たタケがライルの胸倉を掴み上げる。

 

 襲撃者は、タケの何倍も強かった。勇者である存在よりも、ずっと優れている。

 その脅威に対抗できるのは、少なくともタケは知らない。


 だからこそ、対等に渡り合おうとしていたその『凶猛』が、襲撃者を見逃した事が許せなかった。


「僕が力を抑えているのは、暴走の危険性があるから。もしそうなったら、仮にあの襲撃者を倒したとしても、この場に居る全員は壊滅する。それに、僕には不思議な自信があった。記憶を失っても、"彼"なら倒せる、とね」


「彼ってのは……いやいい。今は――」


 タケは手を放す。一度赤い髪を掻き毟って、次にやるべきことを探った。


 ――西の空に眩い紫紺が発光したのはその瞬間だった。


●●


 紫紺の色が茜色の空を塗る。

 

 その場に居る全ての者が、その現象に目を奪われていた。そして、空が正常を取り戻した時には既に遅かった。


「何だ、体が……」


 次々と、冒険者達は己の異常に気付く。

 それは、先ほどタケが陥った呪縛と同じだった。


 例外はない。どれだけ大陸に名を轟かせる冒険者であっても、瞳と口を動かすので精一杯だ。


「――きた」


「さっき感じた衝撃と何か関係が……?」


 状況が呑み込めずにあたふたとする冒険者達。

 その答え合わせだと言わんばかりに、彼等の耳に声が参り込む。


「はぁ、注意散漫準備不足、僕がここに来ることだって予測できたでしょ?本当に意気消沈だよ」


 何処からともなく現れた白色の亡霊。

 危機感地能力の高いベテランの冒険者たちは、直ぐに理解した。こいつは"人外の化け物"であると。


「大変だった、かなりだるかった。さっきの小さい奴のせいで、わざわざ『宝玉』を使う羽目になった……正に青天霹靂だ」


「あの気だるげで、何かと取り付ける四文字熟語……間違いない」


 あらゆる書物に精通するアオイが、その眼鏡の奥で真実を語る。


「邪神ハーゼリス、彼方の祠に封印されている筈の化け物です」


「邪神の事を知っているとは、勤勉な奴もいたものだ。だーけど、意味の無い事だよね。はぁ、これから君達を殺すのも面倒くさい。――でも、どうして邪神は無意味な殺戮をするのか……自問自答、解答不明。邪神がそういう存在だと思って、安らかに死ぬといい」


 何時の間にか、ハーゼリスの手の中には極彩色の玉が形成されていた。

 魔力を凝縮して、あらゆる属性が混合するそれは正に至高の魔法。当然、その威力も頂上の域に達する。


 この世に光がある事を忘れる程の、圧倒的な光の結晶。


 成す統べなく目を見張る冒険者達だったが、ガラっと。


「何というか……その……おはよう?」


 黒髪黒瞳の青年――ハルが目覚めの挨拶で、状況に一石を投じたのだった。


◆◆


「殷鑑不遠殷鑑不遠。まさかこの時間に寝てる怠け者がいるとは思わなんだ」


 気分が悪い。

 最後の記憶はおぼろげだが、途轍もない『邪悪』が体を流れた事は覚えている。


 こめかみを強く抑えながら外に出ると、何故か皆が倒れていた。


 状況が良く分からずに、リアやイリス達の方を一瞥する。

 すると何故か、イリスがこちらに向かってウインクをして来た。彼女を見ると舌が疼くのは、何故だろう。


「逃げろハル!!!そいつは、邪神とかいう化け物だ」


「邪神……なるほど」


 俺より存在感が薄くて気付かなかったが、確かに唯一この場に立っている亡霊のような人からは、何だか禍々しいオーラを感じる。

 ただ、圧倒される感覚はなかった。


 というのも、もっと邪悪な感覚を俺の体の中から感じるからである。


 料理……うっ、頭が。


「何してやがる、ハル!!!」


「君は馬耳東風だね、人の話を直ぐに聞いて行動すれば死なずに済んだかもしれないのに・・・波動絶命」


 何だか難しい四字熟語と共に、亡霊さんがこちらに手をかざして来た。物騒な事を言っているが、感じる苦痛はない。


「君は本当に注意散漫だ。――自分が死んだことにも、気付いていないのだからね」


 そんな馬鹿なと、今一度自身の体に異常を問いかける。

 怪我の証拠である血は何処からも出てないし、やっぱり健康体だ。体だってスイスイ動く……やけに体が軽いな、それに急に寒くなって来た……。


 ―死は遅れてやって来る。


 そんな台詞を聞いた事がある。その意味が、俺には全くもって分からなかった。


 でも今は――、


 その軽さも寒さも。全て、お腹にぽっかり空いた『風穴』が原因だと気付いた。

 漠然としていた死が、今やっと追い付いたのだった。

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