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remember cook

「なら君は、ここ1年少しの記憶を失ってしまったのかい?」


「ええ、どうやらそうらしいです」


 曰く、俺は記憶を失ってしまったらしい。

 と言われても、そもそもこの世界が非現実過ぎて、理解出来ていないが。


「でも、そんなの信じられないな。現に僕には、何時ものハルと何が違うのか分からない――少し、質問をしよう。ハル、君はモンスターの大群が襲って来たらどうする?」


「どうでしょうか……もしそれが絶体絶命なら、俺は剣を掲げて立ち向かうと思います」


 俺が返答すると、何故か美少年と隣のアマゾネスが顔をひきつらせている。


「こほん。では次の質問を。僕の隣に居る子、リアって言うんだけど、第一印象はどうかな?」


「凄く、綺麗な人だとは思います」


「でも、本当は凄く凶暴で、怖い人だよ?それでも君は、綺麗と言えるかい?」


「実際に見てない以上、何とも。それに仮にどんな性格であっても、『綺麗』に曇りはないと思います」


 そんなにタイプではないけれども。

 でもそんな事言っちゃ、失礼だし。


「おいおい、やべーよ。めっちゃいいこじゃねぇか」


「可笑しいな……僕らが知っている捻くれ者とは別人だ」


「一体、俺は異世界でどんな生活を……」


「あ、そうだ。なら、あの"弱点"も残ってんのか?」


 思い出したようにポンと掌を叩いて、アマゾネスの人――リアが俺との距離を縮めて来る。

 美しい翡翠と整った顔立ち、学生時代は男子校で女性経験の乏しい俺は思わず赤面してしまった。


「やっぱりな。こいつは初めて会ったとき、女と全然話せないから私が鍛えてやったんだが、また前みたいなへなちょこに戻ってやがる」


「エルフを、ただの女と切り捨てるあのハルが……?」


 どうやら、異世界で俺はとんでもない化け物になってるらしい。

 よほど辛い事があったのか、心を失ってしまっている様だ。


「このまま綺麗なハルを残してもいいけど……」


「却下だな。何だか弱そうだ」


「好き勝手言いやがりますね……」


「このタイミングで、偶々記憶を失った。その可能性は低いと思う。もしそうならかなり骨が折れるけど……僕は昨日の勇者パーティーとの接触が原因だと睨んでいる」


「よくわからねぇが、そこら辺はてめぇに任せる。私は、ハルの記憶を奪った奴をぶっ潰す!」


 何だかバラバラのパーティーだな。

 本当に俺は、この人達と上手くやれていたんだろうか。兎も角、俺は記憶を取り戻す事を承諾する事にした。

 このまま異世界ライフを送ってもいいけど……。


「以前の俺が可哀想だし」


「私が知ってるハルなら、多分自分の事も普通に殺すぞ」


 ……やっぱり以前のハルはこの世から抹消した方がいいかも知れない。


 結局、俺が介入する暇もなく、話はぐんぐん進んでいった。


◇◇


「そういう事か、分かった。元メンバーとして協力してやろう」


 俺は勇者パーティー?の人達と合流して、ライアと呼ばれる背の低い美少年が色々説明すると割とあっさり承諾してくれた。


「でも、俺らに心当たりなんてないぜ?あるとしたら、博識なアオイくらいか?」


 眼鏡の奥からきらりと輝かせる蒼色の知性――アオイが熟考する。

 

「記憶を取り戻したいなら何かキーになる刺激が必要な筈です。それは物理的なものではなく、脳に直接響く体験的なものでなければ。つまり・・・・・・」

 

 まさか、冒険者らしく過酷な地に放り投げられるのかと。

 話を聞く限り、未だこの異世界に良い印象を持っていない俺の思考が巡る。


 しかし、次いでアオイが語った言葉に、俺は――いや、全員の理解が遅れる事になる。


「キス、ですかね」


「…………君は、なにを言っているのかな」


「何も難しい事はいってませんよ。ただのキスです」


「じゃあ、私がするよ」


 キスという一大イベント。

 その当事者になる俺の反応を待たずに、黒髪が歩み出る。


 整った顔立ちに、どこか甘い声。

 女性経験に乏しい俺にとっては、正に天敵のような彼女だが、不思議と赤面する事はなかった。


「んん、何だか……貴方、もしかして前の俺に酷い事やってないですか?」


「どうだろうね。でも、今の君にとっては関係ないでしょ。こんな美少女とのキスの機械だ。逃す手が、あるのかな」


 ふむ。

 前の俺と彼女にどんな因縁があったかは分からないが……それをやる必要があるならば仕方が無い。

 断じて邪な気持ちはない!!!


「オレのスキルで殴れば、どうにかならないか?」


「ハルの頭が吹っ飛びますよ。かといって、僕の『全能』では記憶を取り戻す術を知らない」


「キスくらい、やればいいんじゃないかな?子供では、あるまいし」


「うん、じゃあするね」


 鼻先までぐいと顔を近付けて来る美少女、その長い黒髪が微かに鼻孔を擽る。

 まじまじと顔を見つめて来る彼女に、赤面は必須だった。


 思わず顔を逸らそうとするが、「だめだよ」と。


「私も女の子だよ。イリスの目をちゃんと、ね?」


 手で顔を固定されて、強制的に視線が交差する。

 そのまま、互いの距離は近づいて――、


「待てや」


 ふわっと、瞬間俺の体が宙に持ち上げられる。

 それを成したのは、しなやかな体の持ち主――アマゾネスのリアだった。


 俺を肩に抱える彼女は、その後、イリスから少し離れた場所に着地する。


「どうしてかな。まさか、貴方がハルとキスを?」


「するか!」


「でも、私とハルを遠ざけた。それは矛盾してない?」


「そ、それはな……」


 リアが言いずらそう、視線を伏せる。

 分かる、分かるぞ。さっきちょろっと聞いたが、彼女を絶望から俺は救ったらしい。


 その頃から不器用な彼女は秘める想いに気付きだして、今、それが爆発したのだ。他の女に、ハルを渡す事が出来ない、と――!!!


「その……ペットがとられるみたいで、イライラする」


 リアは頬を掻いてそう言った。偽りは無さそうだった。


「――以前の俺がとんでもないって、もしかして貴方の影響では……」


 話を聞く限りかなり心が腐っていたようだが、パーティーメンバーに犬扱いされていたとは。

 ますます、異世界に対する印象が悪くなる。


「リアがキスをするのは、この僕が耐えられない。かといって、彼女は一度言い出したら聞かないからね」


「力づくで奪う手も、ありますよ」


「それは、やめといたほうがいいね。だってあのアマゾネスさん、かなり強いから」


「そういうこった。ここ最近、『臨時収入』が入ったからな」


 キスの案は、どうやら却下になったらしい。

 残念……じゃなくて、良かったというべきなのか。


「あ、それならこの世界で俺が日常的にやってたこと……その中でも好きだった事をやればどうですか?」


「であるなら、リアが適任だろうね。この場で最も長くハルと居るのは彼女だ」


「私はずっといた訳じゃないが、ハルは私の飯が好きだった」


「でも、私達のパーティーに居た時は、私の手料理を好きって言ってくれたよ」


 リアの発言に対抗するべく、イリスが手をひらひらと振う。


「聞いてなかったのか?日常的に、って話だぜ?」


「それでも、貴方の料理にインパクトがなければ意味がない。私の料理は、それはもう気絶するほど絶品だから。ね?タケ、アオイ。


 イリスの視線の問いかけに、「お、おう」と二人は奥歯に物が挟まったかのような返答をする。

 かくして、女の威信を掛ける料理対決が始まったのだった。


●●


-制限時間2時間 食材は自力で調達-

-公正を期す為、相手のパーティーメンバーを1人連れていくこと-


「乱舞・三風」


 甲羅を背負うモンスターに対して、イリスがその長槍で乱れる。周囲の風を推進力に間髪置かずに繰り出される攻撃に、鋼鉄の強度を誇る甲羅に亀裂が入る。


 10,11,12と。連撃の勢いが落ちて来た頃には、甲羅は硝子のようにパリンと割れて、モンスターは消失してしまった。


「強いね、君」


「あなたも、さっきから中々いい援護してるわ」


 開始時刻から30分経過したが順調に素材は集まっていた。島には、最低限の木の実や食用草、海では魚の採取が出来る。

 その障害になるモンスターを幾度目かの撃破に成功した後、ふとイリスが問いかけて来た。


「ハルは、何時も楽しそうにしてる?」


「どうかな。何時も機嫌が悪そうだよ」


「そう、なの?」


「どこまでも捻くれてるのが彼だから」


「悪い事をしたわね」


「まさか、今更になって追放した事を後悔してるのかい?」


「さぁ、どうかしら」


「君も、図れない女性だ」


 ライアの目でも、イリスという人物の真意を読み取る事は出来なかった。

 本当はどういう意図でハルを追放したのか。どうして今更になって、ハルに接触して来たのか。


 ただ、一つ。ライアには、伝えておくべきことがあった。


「――ハルを舐めるなよ。彼は、ずっと未来を視ている。今更、謝罪はいらない、君がやるべきは来たる未来で、偉大な彼の背を眺めて後悔する事だ」


「元より、謝罪で許されるとは思ってないよ。――良かったよ、貴方みたいな人が彼のパーティーで」


 軽やかなステップで、イリスは先に進む。

 どこまでも図れないなと、思わずライルは眉を揉んだのだった。


◆◆


「ゴラァ!!」


「グェ」


 タケが自分と同じ程の身長があるリザードマンを一撃で撃沈させる。

 

 その腕と胸前を曝け出している様相、鋼鉄の肉体は目を見張るものがあった。

 単純な大きさでいったなら、彼より優れている筋肉を有する冒険者は大勢いる。だがそ、自然過ぎる質感、凝縮されている筋肉は芸術の域に達していた。


 好戦的で、攻撃手段はグローブを取り付ける拳。豪快で、次々と敵をなぎ倒していく姿は、リアと不思議なシンパシーを感じる。


「邪魔、なんだよッ!」


 その横でリアも又、モンスターに見事な上段蹴りを叩き込む。


「あんたやるな。あのハルが、見込んだパーティーなだけある」


「だろ?」


 多くは語らないし、友好的。

 タケは正に、雄として完成していた。だからこそ、解せない事がある。


「お前はいい奴だ」


「何だ?急に、確かにオレはいい奴だが」


「どうしてハルの事、パーティーから追放したりしやがった?」


 今のハルがあるのは、自分の境遇を割り切る事が出来たから。

 当初、追報されてふらふらとリアの元に迷い込んで来た彼の瞳には、『生きる力』がなかった。


 思い出したくもないと詳細は語られた事はないが、どれほど酷い別れ方をしたのかは想像に難くない。


 弱者を虐げる奴は、大っ嫌いだ。リアは目を細めて、その真意を問いかける。


「あんた、何言ってる。あいつがある日突然、パーティーから居なくなった。それが、真実だが」


「……は?」


 嘘を吐くなと、殴りかかろうともした。

 だが、その真っすぐな瞳に……馬鹿でも分かる事実の齟齬に頭を悩ませる事しか出来なかった。

急展開⁉ってやつです

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