ここはどこわたしはだれ
その後、ラベル島行きの船に乗船するまで、俺は何とか勇者パーティーとの接触を避けた。
幸いな事に、人気者である彼らの周囲には人が耐えない。
このまま到着するまで待っていれば、俺に気付く事もなかっただろう。
が、それはそれで悔しい。
さりげなく甲板に出て、ただ潮風を浴びる青年を演じてみた。
「お……?お前、ハルじゃないか!久しぶりだなぁ、元気してたか?」
赤い髪が特徴の男――武蔵がこちらに、気付き話しかけてくる。
その誰にでもフランクに接するスタイルは、変わっていない。
最も散々なん癖付けられて、追放された事を忘れちゃいないが。
「ああ、元気だ」
今はまだ、復讐の時ではない。
魔王を倒して、その後でたっぷり後悔させるのがハルの描くストーリーだ。
「こんにちは、久しぶりだね」
しかし、ひょっこり顔を現わした黒髪に、一気に俺は鼓動の高鳴りを覚える。
嬉しいとか。そういった真面な感情ではなく、体の全てが"彼女"との記憶を拒否しているのだ。
長い黒髪を潮風に晒す彼女は、イリス。
勇者パーティーの主格であると同時に、ハルのことを一番に追放すべきだと提案を掲げた、俺にとって最も嫌うべき存在である。
「ひ、久しぶりだな」
「又、君の元気な顔が見れて嬉しいよ」
その淡々とした喋り方と可愛らしい顔の裏には、人を陥れて切り捨てる、悪魔のような一面がある事を俺は知っている。
「罵倒、しないんだね」
「なんのことだ?」
「あれだけ私は君を苦しめたんだ。罵倒の1つや2つ言われると、覚悟して話しかけたつもりだったんだけどね」
「今はちゃんとした仲間がいる。お前らよりもずっと強くて賢い奴らが、な!!!」
「そう。じゃあ、私は戻るね。いこう、タケ」
呆気なく反応したイリスは、なぜか悲しそうに俯いて去って行った。
今更後悔しているとは思えないし……「ぷぷっ!貴方にお仲間?傭兵でも雇ったのかしら、可哀想に」といった感じの憐みだろう。
「何の話してたんだ?」
入れ違ってリアが向こうからやって来る。
「まぁ、昔話ってやつだよ」
「そうか、到着はもうすぐだ。今のうちに睡眠をとっておかねぇと、死ぬぞ」
瞼を薄く開き前方を覗くと、目的地と思われる島が見えてきた。
「しかし、いくら量が多いからって言って死ぬはいいすぎじゃないか?」
――この発言を数時間後、俺は酷く後悔する事になる。
ラベル島は経験値を多くドロップする、メタリンが出現するが、1体の経験値はベテラン冒険者からすればさほど莫大な量ではない。
だが、この島が別名経験値島と呼ばれる所以。
それは島が出現する4日の間の内1日目・4日目はメタリンが無限に沸くのだ。
文字通り無限に、永久に、久遠に。ならば――、
「経験値、死ぬ!キツい、経験値!ぐふぁぁあああああああ!!!」
夜が明けるまで戦い続ける、だ。
既に島に到着して、10時間以上経過したが。俺達は永遠に戦い続けていた。
流石のリアも顔が青ざめていて、何時も冷静なライルであっても、
「クリームパン。海老の浅漬け。リンゴの巣窟……」
謎の単語を呟きながら、機械のように弓を放って、あるいは短剣を振っていた。
「はぁ、はぁ……あと何時間だ……」
「しかし、君の能力はチートだね。経験値の入り方が、いつもの5倍はあるよ」
「お前、喋れたのか」
「さっきまでは心を殺していただけだからね。三つの単語を、永遠に唱え続ける。便利だよ?」
「怖いからやめとく」
勇者の基礎効果で、仲間と認めた者には1.基礎能力向上速度アップ 、2.レベル上昇速度UPが、五割だけ適応されている。
勇者の職業レベルは、今★6。
俺に関しては12倍、ライアとリアに関しては6倍だ。
だからこそ、この機会を逃す手はない。
重い腰を上げ、再びメタリンへの大群へと突撃していく――。
「やっと、、、終わった」
途中、魔道王国で女王から貰ったポーションで何度も回復したが、12時間にも及ぶ戦いの末、足は『小鹿』に腕は『枯れ木』となっていた。
もう一歩も動けないとはこのことで、周囲の冒険者達もぐったりしている。
―――――。
そのまま、静かに俺は眠りに落ちていった。
◆◆
メタリンの無限襲来が終わって、3時間後。
時刻は21時、誰一人として目を覚ます事の無い冒険者の中で、最初に目を覚ましたのは黒髪の乙女だった。
「もう起きたのですか。周囲は我々臨時の警護隊が見守っています。まだ、お眠りになっても――」
「ああ、大丈夫。お花を摘みに行くだけだから」
「それは失礼を」
「じゃあ、私は行くね」
「待って下さい、そっちはお手洗いでは――」
静止しようとした警備の手が、黒髪に伸びる。
直後、振り返った彼女は、その手を警備の頭に乗せた。
「私がこれからここですることを見逃して、その後忘れる事。いい?」
「はい」
「いいこね」
そのままくるりんと一回転して、彼女はぼんやりと照らされる魔石灯を進む。
やがて「見っけ」と、足を止めた。
足元に転がっているのは、傷だらけのアマゾネスにやたらと目を惹く美少年。
しかし彼等ではなく、彼女の目的はその横に居る青年――この戦場では誰よりも目立たない容姿を有する者だった。
「ごめんね。でも必要な事なの。――試練を頑張って乗り越えてね」
彼女はハルと呼ばれる冒険者の頭に手を置き、そう呟く。
陰は静かに、その場を去っていく―――。
●●
「――俺、見参!!!」
何時ものようにかっちょいいポーズを決めて、俺は世界の始まりに爆誕する。
昨日は夜遅くまでゲームをしたためか、凄く体がだるい。
というか、洒落にならない程、筋肉痛が酷かった。
ぐーっと背筋を伸ばして、凝り固まった体をほぐす。そしてふと、駆け抜けるそよ風に疑問を覚える。
閑静な住宅街のぼろっちい一軒家に住む俺の部屋の中で、隙間風以外に……それもこんなに暖かい風が吹く訳ないのだが……。
首を仰ぐと、悠久の青空。周囲は自然に満ち溢れていた。
昨日確かに、ベッドで寝た筈の俺は、大自然に放り出されていたのである。
「おうハル、起きたか」
「やっと起きたんだね、今日はどうする?」
今は何時か、ここは何処なのか。スマホを探す為、周りをキョロキョロと見渡していると、豪く人離れしている対照的な二人が話しかけて来る。
美少年に、美少女……?かは置いておいて、彼らは人間で片付けられる程、俺の目は節穴ではなかった。
目を開けたら、違う人種に、知らない土地。
ここまで情報が揃って、ならば"あれ"を疑う余地もなく。
「異世界転移ってやつか?」
神楽春、19歳は異世界にて顕現したのである。




