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ハル視点

 俺は、リア達の後を付けていた。


「おい、貴様。この魔道具は、かなり高価な代物だ。一体、どうしてくれる?」


 そして、今、何故かアトラクション街の事務所で、怖いエルフさんに叱られていた。


 というのも、時は数十分前まで遡る。


「わわわわわわ!」


 一体、どこの異世界人が吹き込んだのか、パンチングマシンが普通に置いてあった。

 この世界用にかなり頑丈に作られているらしかったが、何とライアが壊してしまったのである。


 そしてリアとライアは、騒ぎになる前に何処かに行ってしまったのだ。


 俺がその後を追うべく地面から足裏を話した矢先、ぐっと戻されて、


「兄さん、あの二人と知り合いだよな?」


「イイエチガイマスヨ……」


「しらばっくれるな。確かに、今朝一緒に王城に向かう所を目撃した」


 と、こういった風に、賠償の責任を取らされる事になったのである。

 とはいっても、俺も最近は強くなった。比例して、報酬も上がった。


 既にギルドの銀行には数十万溜まってるし、パンチングマシンの弁償位なら――、


魔導士訓練用耐久具(パンチングマシン)の完全破壊。弁償、300万ゴールドになるが」


「はい、無理です。ありがとうございました」


「どうみても下級冒険者の貴様に、元より期待しておらぬ。しかし、あのパンチングマシンは、この街の名物といっても良い。夜に成ると、多くの冒険者が訪れる。中には名立たるAランクやSランクの冒険者も居て、それ故にここら一帯は賑わうのだ。経済効果は、一日で300万ゴールドは下らない」


「なるほど」


「だからもし、貴様がそれに値する程の人を集める事が出来るのなら、罪を許そう」


「興行をしろって事か……それなら!」


 こう見えても、俺は異世界人である。

 当然、この世界よりも遥かに文明が発達した世界からやって来た。


 大体、パンチングマシンだって、俺の世界からの受け売りだろうし。

 それに類似するような……機械も大した準備もいらない奴といったら。


「殴られ屋、って知ってるか?」


●●


 デートを終えたライア達は、元来た道を辿ってハルが待つ宿屋に向かっていた。


 と、そこで。ある騒ぎを聞き付ける。


「どうやら、向こうで何かやってるらしいね。行ってみないかい?」


「もう、でーとは終わったんだろ?義理はない」


「でも、誰かと誰かが戦ってるみたいだけど……」


「――まあ、行ってやるとするか!」


 甘い物よりも、彼女には剣を上げた方が喜びそうだと。

 どこまでも破天荒なリアに嘆息しつつ、ライアは喧騒の方に向かって行く。


 人だまりをかき分けて、少し開けた所。


 深くフードを被った仮面の男と、冒険者が互いに向き合っていた。


「さあ!皆さん、挑戦あれ。颯爽と現れた仮面の男、もし彼の仮面に攻撃をヒットさせたら、何と10万ゴールドをプレゼント!参加費は1万ゴールドだよ!制限時間は一分、反撃も一切なしだ!」


 攻撃を一発当てるだけで、10万。

 何とも容易い条件に、参加者の列が出来ている。


 中には、歴戦の冒険者の姿があった。


「あの仮面、どれだけ強いか知らないが、反撃なしであの狭い枠内を躱し続けるのは至難の業だろ」


 と、多くが来たる賞金獲得の未来を、最初こそ脳裏に描いていた。

 それも、5試合が終わった頃には、潰える事になるのだが。


「速いね、あの仮面」


 反射神経、というよりかは基礎能力の速さで応戦している。

 枠内を颯爽と走り回って、正確に躱す仮面を、誰一人として捉える事が出来ない。


 だが所詮は、Aランクレベルの速さだ。


「僕がいこう。今日の夜飯代を稼がせて貰うよ」


「こっぴどくやられちまえ」


「ありがとう、頑張るよ」


 暫く待っていると、やがてライアの出番がやって来る。

 周囲の反応は、やはり小人族弄り――かと思ったが。


「おいあの小人族……昼間、パンチングマシンを壊しやがった奴じゃないか!?」


「何ですって、あの巷で噂の金色の美少年が!」


 どうやら、もうライアの噂は広がってしまっているらしい。

 全く、優れている容姿というのは考えようである。


「皆、応援よろしくね?」


 そう目を見て言い放つと、魅了されてしまった女性達の黄色い歓声があがった。

 一人だけ……唯一動じていない翡翠の色を一瞥するが、やはり反応はない。


「彼女の為にも、僕は負けていられない。悪いけど、一瞬で終わらせて貰うよ」


「――」


 仮面が小さく頷くと、やがて開始の合図が鳴り響く。


 手加減も様子見もする気はない。"今の状態"での最大出力で、ライアは枠内を駆ける。


 小人族唯一の特権である身軽さを生かして、仮面の奥の視線から外れた所で奇襲を試みる。


「――驚いた」


 も、まるで背後に目がついているように、前を向いたまま避けられてしまった。

 驚嘆の声を上げ、ライアは微笑する。この身は冒険者、強者を前に思わず心が躍っていたのだ。


「はあっ!」


 短い腕、小さな背。

 そもそも、"顔面に一発"という条件はこの身には厳しいが、そんな身体的な短所を思わせないほど、軽やかな跳躍と連打で仮面に追い縋る。


(この仮面さっきよりも速さが――いや、技術が圧倒的に増している!)


 こちらが攻めている筈なのに、虎視眈々と毒針で狙いを定められているような。

 思わず背筋が凍るほどの、技術の極みを仮面の奥からは感じられる。


「――はっ。残りは10秒です!」


 誰よりも近くで見て居た主催の男も、息を呑む技術。


 だからだろうか、思わずライアは"それ"を出してしまった。

 彼の本気――その凶猛に染まった瞳を。


(はっ、不味い!)


 気付いて、何時もの金の冷静さを取り戻した時にはもう遅い。

 命を刈り取る獰猛な一手を、ライアは進めてしまっていた。


 拳に宿るのは、龍爪。理不尽で防御を貫通する、忌避すべき己の『本気』だった。

 このまま仮面の体は、野菜のようにあっさり切り裂かれて――、


 瞬間、ぐわっと。

 最悪の未来を視ていた筈のライアの視界が一転する。


「……あっ」


 分からなかった。とても反応する事が出来なかったが――恐らく、反撃されたのだ。

 不可避で、ライアの目で追う事も出来ない、信じがたい衝撃が顎を穿った。


「おいおい、ずりーぞ!」


 ライアは救われる形になったが、観客は黙っちゃいない。

 特に、先ほど敗北して1万ゴールドを失った者達は、『負け犬の遠吠え』にしかならない抗議の声を荒げた。


「待ってくれ、皆。これで良かった、あのままだと大変な事になってたからね」


「あ?それはどういう――」


「そう言う事なら、そう言う事でいいんだよ。分かったかい?」


 悠然と輝く金の瞳。

 それは、ライアのスキル使用の合図だった。


 絶対命令(オーダーアイ)、瞳で命令した事を強制的に従わせる能力。

 これで、文句を言う者はいなくなった。この戦いはこれで良かったと、信じさせたのだ。


 後は――、


「仮面君、少し話がある。人気のない所に行っていいかな?」


 仮面は暫くして、静かに首を縦に振る。


 恐らく、彼にはライルの秘密が――"あの瞳"を見られてしまった。


 『魔龍族』と呼ばれる、最も邪悪な血の証が。

 かといってかなりの実力者である彼に、スキルを使用して忘れさせる事は出来ない。


 ここは痛い目を見て貰って――、


「ここらでいいかな。さて、まずは――」


「ぷはー。あー疲れた、疲れた」


 人気のない所に移動した瞬間、仮面がその象徴足る仮面を外してフードを降ろす。

 其処には余りにも平凡過ぎて、それが逆に特徴になってしまった、黒髪黒瞳の青年――ハルの姿があった。


 驚きは一瞬。そして今、ライルは自分の愚かさに気付く。

 全て、ハルの計画通りだったのだ、と。


 恐らく薄々だが、ハルはライルの『秘密』――魔龍族の血が流れている事に、気付いていたのだろう。

 かといって、直接確かめることは危険が伴うと判断。

 だからこそ興行という自然な形で戦闘を行って――ボロを出させたのだ。


 もし、ライルが知っている普段のハルだったなら、戦っている途中に気付く事が出来た。

 しかし、今日戦った彼の技術は極まっていた。最初にあった時から、ずっと実力を隠して――この機会を伺っていたのだろう。


 恐るべし男だ。その黒瞳の底を見る事が、ライルでも視る事が出来なかった。


●●


 59→50スキルポイント


 何に使ったかって?そりゃ勿論、七階級制覇のボクシングチャンプのダティー・ウェイを憑依させる為さ。


 パンチングマシンを壊した時点で薄々分かっていたが、ライルって多分クソ強い。

 だが、あそこで負けると、これ以上人が集まらなくなる可能性があった。


 単純な戦闘なら、この世界のビックリ超人達に偉大なボクサーであっても適うはずがない。

 だがその技術だったらと、頼った次第だ。


 それにしても、確か前、俺の分身を作るのに必要だったポイントが等価で7とかだったが……一分憑依させるのにこれほどのポイントが必要とは、恐るべしダティーだ。


(Good bye BOY)


 そんなダティーの声が聞こえた気がする。

 又何時か、頼る時が来るかも知れない。


「……それで、君は僕をどうしたい?」


「ん?ああ」


 突然呼び出されて何事かと思ったが、ライルは、今後の俺達の関係を問いているのだろう。

 最初は半場騙される形でこの金髪美少年に協力する事になった訳で、今も沢山の秘密を抱えている。


 正直、制御できなかったときの恐ろしさはあるが、その力――ひいては冷静さは、馬鹿二人のパーティーにとって必要だ。


「俺的には、パーティーに入って欲しいが……」


「なっ!?有り得ない。気付いていながら、わざわざ僕をパーティーに入れる意味がッ!」


「良く分からないが、俺はお前の事気に入ってるぞ」


「それが勇者の器と言う訳か…………分かった、君の口車に乗せられるとしよう。――リアも居る事だ」


「それに関してだが、お前は本当にリアの事が好きなのか?」


「…………君なら、分かるだろう?」


 ライルの問いに、ふっと俺は笑った。

 考える余地もなく分からないという、諦めの証だった。

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