コンビ
「何をなさるんですか!?」
突然の行動に、兵士が驚きを隠せぬ表情でこちらを見てくる。
だが、同時に。
その姿が、先ほどまでの精悍なエルフから変容していった。
纏っていた泥が落ちるように、2本の立派な角を持つ牛の化け物に変身していた。分厚い毛に覆われる筋肉が張り詰める赤い肉体、いわゆる"ミノタウロス"のようなモンスターである。
「……!!貴様ら何時から気づいてやがった」
自分の姿を認識したミノタウロスが先ほどのおっとりした口調とは真反対の口調で問いかけてくる。
「僕は元々女王とは懇意にしてもらっていてね。彼女のスキルは"状態回復"。病気にかかるなんて、まずあり得ないんだよ。」
じゃあ最初からライアは気づいていたのに、泉を汲みにいったのか。
「先に言えよ!」
「ミステリーな美少年、多くは語らないのが僕の主義だからね。それに、君も最初から気付いていたのだろう?事実、君はこの状況に驚きをみせていない。食えない男だよ、全く」
基本的になるようになれ精神で生きているから、驚いていないだけなのだが……。
「……ふっ」
適当に不敵な笑みを浮かべて、強者アピールしとこ。
「……見破られたからなんだというのだ。周辺には既に結界がはってある。吾輩を倒さぬ限り、この結果から出ることはかなわぬぞ。貴様らのような弱者に、我が倒されるわけないがな」
ミノタウロスが背中に構えていた斧を手に取り構えてくる。背丈はおおよそ俺の倍はあり、その闘気から恐らくAランクは固いだろう。
ここでやっと、未だに状況を良く理解していないリアが、"戦闘が始まる"という事だけを把握した。
「はっ。良く分からねぇが、ぶっ倒せばいいって事か」
「僕1人じゃきつそうだね・・・リアを貸してもらえるかな?」
「おう、いいぞ」
「私は物じゃねぇぞ!」
この場は2人に任せて、先に俺は女王の元へ急ぐのが最善だろう。
「じゃあ頼んだぞ、ライア」
「お前ら、勝手にッ!!!」
「1人たりとも通しはせんぞ」
俺が先に城に入る為、扉に向かうと、ミノタウロスは荒い鼻息と共に斧を振り上げた。
「穿つ氷の矢」
「何!?」
すかさずライアが技を撃つ。
斧で相殺されてしまったが、俺はその隙に扉を開け城内に入ることは成功した。
「彼は行ったか」
「糞が。どうして、てめぇ何かと……」
「僕は弱い女が嫌いでね、足手まといにはならないでくれよ?」
「奇遇だな、私も弱い男が大っ嫌いだ。」
「初めて君と意見が一致した気がするよ」
そう短く会話して、二人の視線は赤い巨体を穿った。
「どうせ中には"あの人"がいる。良い、吾輩は貴様らを食い荒らそう」
獰猛な目で睨み返して、直後に戦闘の火蓋が切って落とされた。
◇◇
「グォオオオオオオオ!」
「くっ」
ミノタウロスの大地が揺れる咆哮が、ライアとリアを怯ませる。
戦いが始まり数十分経過したが、正直ジリ貧だった。ライアのスキルは一切効かないし、何よりも、いくら攻撃を入れても野性の肉体が固すぎてダメージは全く入らない為、防戦一方である。
「穿つ氷の矢!」
「もう、その技は見飽きた」
ミノタウロスは飛んでくる氷鳥を素手で砕く。
血が滾って、湯気が漂う怪物を凍らすことは既に出来ない。
それは氷魔法を得意とするライアにとって、頭痛でしかなかった。――しかし、
「ラァ!!!」
意味もなく技を打つ程、ライアは愚かではない。あくまで氷鳥は囮、その背後に追従するようにミアが突撃する。
リアとライアより遥か格上のミノタウロスが押し切れないのは、この連携のせいだった。
前衛はリアが担いライア後衛から援護する即興のコンビが、案外通用してしまっている。
いや、何も考えない馬鹿を、場を把握する冷静が扱っているといった表現の方が正しいか。
しかし"究極の連携技"ではない以上、必ず『穴』はある。
「その連携も見飽きた」
ミノタウロスが小さく呟き、視界から突然現れたリアに向かって半身、二本角を高く上げて突進の体制をとる。
デカい図体に打ち込むために跳躍しているリアの体は今、自由が効かない。
「まず……!!!」
「ヴォオオオオ!」
リアが状況を理解し防ごうとするが時すでに遅く――、
「全く!」
その絶望的な状況を救ったのは、リアよりも頭一個分は小さな『影』だった。
その必殺の二本角がリアを貫く前に飛びだして来た金髪の美少年。
小さい体と可愛い顔には似合わない剛力で二本角を掴み、無理やり軌道を変えたのだ。
しかし、ミノタウロスの勢いが止まる事はない。
ライアは足で地面を削りながら、ミノタウロスの圧力に抗い続ける。
もし少しでも力を抜けば、そのまま角に貫かれるだろう。
ヒューマンよりもずっと小さな小人族には、『奇跡』を願う事も出来ない致命傷なのは言うまでもない。
「ぃあああああああ!」
らしくない獣の叫びで、ライアは何とか勢いを殺す事に成功した。
「ふむ。中々の胆力だ、貴殿に賞賛を。しかし、その腕ではもう何も出来なかろう」
一度、距離を取ったライア。
その両腕は既に支える力を失って、だらんと垂れ下がっていた。
筋肉が千切れて、真っ青に染まっているのだ。
中の骨がどうなっているかは考えたくもない。
「てめぇ、誰が助けろと……!」
リアが感謝よりも早く悪態を吐いたのは、自身に対する憤りでもあった。
リアはライアの事が嫌いだ。だが、人が傷付くのを見るのはもっと嫌いだ。
「すまないね。偉そうなこといったのに、僕が足で纏いになってしまった」
ライアの援護がなければ、1体1では勝ち目などあるはずない。
(考えろ私……今持てる手札を使って打てる最善策は――いや駄目だ、私は賢くねぇ。――なら)
「ライアお前、火の魔法を使えるか?」
「少しなら使えるよ、だが適性があまりなくてそこまで強くはない」
「十分だ、1発だけでいい私に打ってくれ」
「正気かい?」
「ああ」
一瞬耳を疑ったライアだったが、その嘘偽りのない翡翠に承諾する。
何よりもその表情――この局面でも笑うリアを理解する事を諦めたのだ。
「いくよ」
最後の力を振り絞った矢が、リアに直撃する。装備を這って広がっていく炎に、彼女は抗う素振りを見せなかった。
そして数十秒もすると、その肌をじりじりと焼き始める。
「痛ぇな、おい」
女らしくない苦痛を上げて、やがて体全体を炎が覆った。
――リアはその変身能力故に、時々自分を見失ってしまう。
「自分が誰だか、何がしたいのか。時々、忘れちまう。だけどなぁ、一つだけ。どれだけ変わっても、偽る事の出来ない想いがある」
それは『怒り』だ。
怒りだけは、どんな時も平等にリアの中に潜んでいる。
スキル、『狂人化』。
リアが後天的に授かったそれは、怒りの度合いで魔法の威力を向上する。
「偽りの心、仮面の己に問おう。真実は何か、と」
「並行詠唱か、厄介な!」
ミノタウロスが驚きの声を顕にする。
短文詠唱や無詠唱であれば、動きながら使用する事は可能だ。
しかし、長文詠唱となると、難易度がぐんと上がる。
というのも、長文詠唱は長く魔力を編む必要がある為、高度な技術が要求される。
それをリアは走って、ミノタウロスの攻撃を避けながらこなそうとしているのだ。
「ヴォォオオオ!!」
咆哮に怯まず、リアは突き進む。
「怒りだ。怒りだけが平等だ。燃えろ、燃えろ、燃えろ。――燃え上れ、復讐打撃ぉおおッ!」
「小娘がァあああああ!!!」
その怒りの鉄拳が炸裂する寸前、薙いだミノタウロスの剛腕が確かにリアに直撃した。
しかしそれでも、足を止める事はない。
ちっぽけで今にも燃え尽きそうな人間を、怪物は折る事すらも――、
「見事」
燃ゆる炎の中、その輝く翡翠の瞳にミノタウロスは賞賛の言葉を送った。
直後、その体は腹部への凄まじい衝撃と共に後方に吹き飛ばされる。
後ろへ、もっと後ろへと。
城の鉄扉もぶっ壊して、ミノタウロスは燃えながら塵になった。
「はぁはぁ……げほっ」
リアは強敵に勝利した。
しかし、怒りを忘れて我に返って、ミノタウロス攻撃で内臓がかなりやられてしまっている事にリアは気付く。
それでも、膝を付く前に。彼女にはやるべきことがあった。
「まさか本当に倒してしまうなんてね、並行詠唱まで」
「どうだ……?私は強いだろ?」
自分の強さに関して言質を取る。
それが庇ってくれたライアに対する、不器用な感謝の証でもあった。
「ああ、僕なんかよりよっぽど」
ライアが応答すると、リアは棒切れの様に横に倒れてしまった。死んではいないが、治療が必要だろう。
大幅に推敲しました。2023/1/17




