恵の泉
「女王は先日病に倒れてしまいまして、如何なる者も面会することができません。また日を改めていただけますと幸いです。」
城に入る前に、俺達は門前払いされてしまった。かなり重い病気らしく、いつ治るのかは分からないそうだ。
「どうする?リア」
「どうするも何も、私は妹を早く治さないといけないんだ。100ポイントなんて正当法なら、何か月かかるのかわかりゃしねぇ。絶対に女王にはあわねえと」
って言われても、病気ならどうしようもないしなー。
「僕も長い間ここには居られなくてね、どうだろう、1つ提案があるんだが」
「なんだ?」
「ここからしばらく西に行った所に万物に効くと言われる『泉』があるんだ、それを汲みにいかないかい?」
「それ使えばミアも治せるんじゃないか!!」
話を聞いた瞬間リアが叫びだす、確かにそんな代物があれば、スキルポイントを溜める必要はないが――。
「君の妹はたしか16歳だったね。この泉は効き目が強すぎて、若い人なら後遺症が残る可能性があるからおすすめはしないよ」
「そう、か……なら、その泉とやらが他の奴に吸われちまう前に行こうぜ!」
俺たちはエルフの王国まで来た馬車で、西に向かうことにした。
道中、遭遇したモンスターと俺達は戦闘を始める。
「穿つ氷の矢」
ライアが矢をセットされていない弓矢に手を置き弦を弾くと、鳥を形作った氷が一直線にタコのモンスターに飛んでいく。
ただの美しい、氷鳥ではない。
氷結を運ぶ鳥は、触れたものをあっという間に凍らせる。
「グォオ」
モンスターに知恵はない。
その8本の足で、氷鳥を絡めとろうとしたタコだったが、瞬時に浸食を始める。
気付いて、離した頃にはもう遅い。
一度静止した氷鳥は散ってしまったが、その半分の足を凍らせる事には成功した。
「はぁ!」
隙を見逃さず、左右から俺とリアで挟撃。致命傷を負ったモンスターは、そのまま塵になると思ったが――、
「グォオオォオ」
「何!?」
最後の力を振り絞って、残った足で絡めとろうと触手が唸る。
「避けろ、ライア!」
知能の無いモンスターではあるが、本能的に適切な判断を下す事がある。
足の矛先は、この場で唯一既に警戒を解いていたライアに向かった。彼は既に弓矢を背中に収めていて、しかし再び取り出す時間はない。
「オラァ」
「――ェエ」
とはいっても、俺達はパーティーだ。
足りない所を補う。ミスをミスにしないのが、役割である。
「ボケっとしてんじゃねぇぞ、クソガキ」
のに、この女は又……。ライアに対しては、やけにあたりが強い気がするな。
「君よりは、年上なんだけどね」
恐らく、この見透かしたような態度が嫌いなのだろう。
「俺は結構、この落ち着きは好きだけどね」
「「!?」」
二人に謎の誤解を植え付けて、それを釈明しつつ、俺たちは順調に目的の場所へと進めていた。
その間俺はレベルが『2』もあがった。スキルポイントも『12』付与されたので後で振り分けておこう。
「あとどれくらいでつきそうだ?」
「今日中には厳しいだろうね。近くに村があったはずだから、今日はそこで宿泊を提案するよ」
少しずつ空は赤くなってきていて、それが良策であろう。リアもそれに承諾し、今日はここまでにしておくことにした。
「ようこそ、旅の方」
村に入ると、直ぐにエルフの青年が出迎えてくれた。エルフの王国でもそうだが、エルフって奴はみんな顔が整っている。俺もエルフに生まれてきたかったものだ。
「旅の途中なのだけれど、今日はここに泊めさせてもらっていいかな?」
「空きのテントがあります、大丈夫ですよ。良かったら、食事もどうですか?」
「そこまでしてもらっていいのか?」
「こんな何もない所、旅人なんてめったに来ないですからね。代わりに、旅の話でも聞かせてください」
なんて、いい人なのだ。エルフは他種族嫌いって話とは、まるで乖離しているが……。
「ああ、他種族に嫌悪感を抱くのは王都の方だけですよ?私たちみたい小さな村の人は寧ろ大歓迎です」
正に今考えていたことを見透かされてしまった。流石の知恵族、エルフ恐るべし。
その後、湯あみをした俺たちは、直ぐに食事に招待された。
「寝床だけでなく、食事までありがとう。さっき、王都のエルフは他種族への嫌悪感が強いって言ってたがなんでだ?」
「王都のエルフは高度な魔術の使用や魔力量に長けてますからね。特に王都の兵士はそれが顕著に現れていて、不用意に触れることは爆弾を踏むのと同じとまで言われてます。」
そこまで他種族が嫌いなのか……俺は結構、スキンシップで人を意味もなく触る癖があるから気を付けよう。
その後も、リアやライアの旅の話で食事は盛り上がりを見せた。
「そういえば、なんでライアは女王に会いたいんだ?」
「言ってなかったかい?僕は伴侶を探していてね、エルフの女王は大陸有数の魔法使いと聞くじゃないか、一度お目にかかりたくてね」
こんなかわいい顔しておいて、めちゃくちゃ不純な理由じゃないか!!
「明日も早い、僕はこの辺で眠ることにするよ」
俺も案内されたテントで寝ることにした。
~次の日~
「割とあっさりとれたな、こんなのが本当に効くのか?」
「考えるより、行動しろだよ。とりあえず、城に戻ってみよう」
昨晩宿泊した村を出発し、少し歩いた森の中の水場に目的の泉はあった他の人の事も考えてボトル1杯分しか汲まなかったが、こんな簡単に病気に効く泉があるなら、どうして吸い尽くされていないのか。
疑問が募る。
そもそも、そんな泉があるのに、国が採りに来ないのは可笑しいし、昨晩のエルフも旅人は滅多に訪れないと言っていた。
しかし、それを口にする事はなかった。
というのも、元々、俺達が泉に水を汲みに来たのは、ライアの助言があってだ。
もし彼が嘘を吐いているなら――ここで直球に聞いて、どうなるか分からない。
可愛い顔の裏に潜む『悪魔』を警戒しつつ、俺達は王都に戻った。
どうやらリアは気付いていない様子で、かといって、二人に成れる時間もなかった。
と、しかし何のアクションもないまま、城前に到着してしまったのである。
「……おい、ライア。お前、何を企んでる」
「今に分かるよ」
ライアが、不適な笑みを浮かべる。それは、俺達に対する悪意ではない……ように感じた。
ここは、行く末を見守るか。
「また来たのですか。いくら勇者方だからといってこの門をお通しすることは絶対にできません」
城兵が、またもや入城を阻む。
「待ってくれ。僕は君に用があって来た」
「私に用、ですか?」
「ああ、本当だよ?」
言いながら自然な足取りで城兵に近付いたライアは、その肩にポンと手を置いた。
―不用意に触れることは爆弾を踏むのと同じ。
あれ?と。
其処で、昨晩の言葉を思い出す。
城兵はライアに触れられても、嫌悪感を示してすら居なかった。
「ハル」
ライアは俺の名前を呼び、"何かを投げるふり"をして顎でしゃくって来た。
お前もやれと、そう言われてるらしい。そして俺が今手に持ってるのは、泉で汲んだ水だ。
良く状況が呑み込めないが――、
なるようになれ、だ!
俺はボトル一杯の湧水を兵士に向かって"思いっきり投げた"。




