皇帝の末裔
僕達が知らなかったレリジオ教国誕生の裏話が聞けたが、まだ話は終わっていない。
続いては、ロマナム帝国皇帝が処刑され、教祖も病死した直後の話だ。
実は教祖には、娘が一人だけいたらしい。
「アバーテやチュルラ達はレリジオ教国を建国するに当たって、教祖の娘を教皇として擁立しようとしました。その方が信者となる国民達や幹部達を派閥関係なく納得させられますから。もちろん、教皇の地位はお飾りで実権は自分たちが握ろうとしたようですが」
しかし、当の娘はそれを拒否した。
理由は、教祖の目標をないがしろにして権力闘争に明け暮れていたため。
そんな状態に嫌気がさした娘は、父である教祖の葬儀が済むと早々に旅立ってしまった。
娘は旅をしながら貧民救済、特に身寄りの無い子供の世話をしたらしい
その中で、たった一人だけ光る物を感じた子がいて、その子を弟子にした。
その弟子になった子こそ、リリアーナさんだった。
リリアーナさんは教祖の娘から教授を受けたため、『教祖最後の直系の弟子』の異名を取ったのだ。
「私の師匠は、私が18歳位の時に亡くなりました。私と初めて会った時にはすでに70歳近い高齢だったのでしたから、大往生だったと言っていいと思います」
リリアーナさんは師匠の葬儀を終えると、師匠の遺志を引き継ぎ、旅を続けた。
そんな中、ある少女と出会った。
「それがそこの、セレーネです」
リリアーナさんは、かつて自分の師匠が感じたという光る物を感じはしなかったそうだが、セレーネさんが持っていたある物を見ると、すぐさま自分の手でかくまおうと決めたそうだ。
「これです」
セレーネさんはタイミングを見計らったかのように、僕達にそのリリアーナさんを決断させた物を見せてくれた。
それは、宝石が埋め込まれたペンダントだった。
セレーネさんはペンダントを手の上に乗せると、魔力を込めた。
すると、なんとペンダントからホログラムのように何かの像が浮かび上がったのだ。
眼帯を付け、ハンマーを持った女性の精霊の像のようだ。
「これは……初代ロマナム帝国皇帝に才能を与えた精霊か?」
「知っているのか、エリオット?」
「実家の図書室でロマナム帝国についてほんの少しだけ書かれていた本を読んだことがある。初代皇帝は優れた魔道具作りの才能の持ち主だったらしく、技術大国としてのロマナム帝国の基礎を築いたと言われているんだ。
その中に、自分の血縁に当たる人物の魔力波を感知して、自分に才能を与えた精霊の像が浮かぶ装飾品型の魔道具を開発していたらしい」
それの魔道具を持っていて、しかも精霊像を出現させた。
つまり、セレーネさんの正体は――。
「ロマナム帝国皇帝の末裔……?」
「はい、その通りです」
当のセレーネさん本人が認めた。
リリアーナさんがそれに続いて話す。
「私がそれを知ったとき、この子を安全な場所へかくまわなければならないと思いました。セレーネは幼くして両親を失っていたので、このままではセレーネの正体が知られるのも時間の問題だと思ったのです。
もしセレーネの正体が露見すれば、問答無用で処刑されてしまいます。レリジオ教国にとって、ロマナム帝国皇帝の血筋とは絶滅させるべき物ですから」
そうしてセレーネさんを引き取ったリリアーナさんは帝国中を探し回り、この島を発見。ここに隠れ住むようになったと言う
「とりあえず身の安全は確保できましたが、ここに閉じこもってばかりではいいはずがありません。なんとか他の人々とも安全に交流ができないか思案していました」
しかし、いくら考えてもいい答えが出ない。
そうして10年近くの時が経ち、レリジオ教国にある異変が起こった。
本格的な他国への侵攻の開始である。
今までの口減らし的な侵攻と違い、本気で侵略しようとする行動だった。
その背景は、他国(主にアングリア王国)から見よう見まねで盗んだ航海技術により、海軍力が飛躍的に進展したからであった。
だが結果は、逆に侵攻され国の存亡の危機に立たされているという有様だった。
「これはチャンスです。この状況を利用すれば、セレーネに外の世界を見せてあげられるし、色々な人と関わりを持てる。ですから……お願いします。セレーネを連れて行っていただけませんか?」
「お兄様、どうされるのですか……?」
メアリーから心配そうな顔で声を掛けられた。
確かに、セレーネさんの出自を考えれば簡単に首を縦には振れない。
しばらく、僕は考えてみた。
そして――。
「わかりました。セレーネさんをお連れしましょう。少なくとも、我がアングリア王国はセレーネさんを悪いようには扱わないと思います」
「ああ……よかった……。これで私の心残りがなくなる……」
そう言うと、リリアーナさんは事切れてしまった。