沼地を進む巨大船
諸々の準備を終え、僕達は沼地の要塞近くの海岸付近に来ていた。
「さすがは沼地の要塞と言われるだけある。海岸もドロドロだね」
近くまで来てわかったことだが、海岸が砂ではなく泥だった。
それが地平線の先まで続いており、その先に件の要塞がそびえ立っているはずだ。
実際に見てみると、確かに徒歩で進むには難しい地形だとわかる。
「コーマック船長、本当に我々を乗せたまま敵要塞へ送ることは可能なのでしょうか?」
声を掛けたのは、アングリア王国軍の精鋭部隊を率いる将校だ。
今回、僕はこの精鋭部隊をへーゲル号に乗せており、そのまま沼地の要塞まで送り込む予定なのだ。
つまり、へーゲル号で沼地を進むことになる。普通であればまず不可能だろう。
「追加した新装備であれば可能ですよ、将校殿。マリー、例のモードを起動してくれ」
『了解しました』
すると、へーゲル号の船底が黒いゴムクッションで包まれ、さらに強烈な空気が吹き付ける音が艦橋内に鳴り響いた。
「帆を前回に、プロペラ最大出力。最大船速だ!」
そしてへーゲル号が動き出したかと思うと、一気に今まで出したことがないような猛スピードで進み始めた。
しかも、沼地に向けて。
「おい、ウィル! 座礁するぞ!!」
エリオットが抗議の声を上げたが、そんなことお構いなく突き進む。
あわや乗り上げる――とみんなが思ったその時、へーゲル号は何の支障も無く沼地の上を進み続けていた。
「どう? この『ホバークラフトモード』の力は?」
ホバークラフト。それは、前世にあった船の形態の1つだ。
他の船と比べて特殊な構造をしていて、風を海面に吹き付けてちょっとだけ船体を浮かしているのだ。
「だから、水の抵抗を受けないからめちゃくちゃ速く進める。しかも、陸上でも動ける」
「……じゃあ、私の実家にも行ける……?」
「キャンプスさんの実家まではちょっと無理かな……?」
そう言うと、キャンプスさんは残念そうにしていた。
ホバークラフトは陸地でも動けはするが、平坦な地形に限る。斜面があると無理なのだ。
これは水上にいる場合も同じで、波が荒れている状態はホバークラフトが苦手とするところだ。
ちなみに、これはへーゲル号特有の事情なのだが、ホバークラフトモードを起動すると衝角や魚雷といった船底に設置している装備が使えなくなる。
船底をラバークッションで覆ってしまうので使用不可能になってしまうのは当たり前なのだ。
「このまま沼地の要塞まで行き、ある程度へーゲル号の武装でダメージを与えた後、チャンスを見て兵士の皆さんを送り込みます。ホバークラフトモードは速いので強風が吹きますので、危険ですから合図があるまで甲板に出ないよう言っといてください」
「了解した。厳重に言い含めよう」
数分後、目的の砦の前に到着した。
めちゃくちゃ速く到着したが、これがホバークラフトの速さなのだ。
そして沼地を滑るように移動している巨大船を見た敵は理解が追いつかないらしく、唖然としていた。
「まずは敵の戦力を削る。大砲、ミサイルランチャー用意。撃ちまくれ」
『了解しました』
敵の戦闘態勢が整うのを待つような愚かな真似はしない。
初っぱなから最大火力で砦を攻撃した。
そして攻撃されてようやく、敵は戦闘準備を始めたようだ。
『キャプテン、要塞から砲弾や魔法が放たれています』
「回避運動だ。とにかく動きを止めるな」
ホバークラフトモードとなったへーゲル号は、普通の船とは比べものにならないくらい速い。
その状態でジグザグ装甲をすれば、まず攻撃は当たらないだろう。
その代わりに艦橋内が悲鳴に溢れているが……許してくれ。
30秒も攻撃を続けていると、敵からの攻撃がかなりまばらになってきた。
砦の外壁も最初に見たときとは比べものにならないくらいボロボロになっている。
最後に砦の門に砲弾をありったけ撃ち込み、破壊した。
「よし、乗り込むぞ!」
破壊した門に向けて最大船速で突撃!
その先にあるガレキの山に少し乗り上げたところで停船した。
「将校殿、我々に出来るのはここまでです。砦の占拠をお願いします」
「あ、ああ……わかった……」
将校も何が起こったのかいまいちわかっていない様子だったが、気持ちを切り替えて兵士達に突撃命令を下した。
すでに砲弾やミサイルを撃ち込まれまくった砦に抵抗する力はほとんど残っていなかったようで、かなりあっさりと砦を奪取できた。