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試作船

 ブリジットさんとレナードさんに連れられてきたのは、ヘーゲル号を停泊させた場所から何ブロックか離れた所だった。

 そこには、10メートルほどの大きさで若干ずんぐりした体型の船体に、マストが1本。装着された帆は畳まれているが、その位置から明らかに縦帆だとわかる。


「スループですか」


「はい。海運ギルドと海軍が共同で開発した、新型帆装を搭載した試作船『ヘッドウィンド号』です」


 この施設で行われている研究。それは、今まで四角形の帆を横に張るだけしかなかった帆を、もっと使いやすく多機能にする――要は新たな帆や帆装の開発を行う事だ。


 どうしてこの研究が始まったかというと、元々は僕がヘーゲル号を授かったことが発端だ。

 今はどうでもよくなりつつあるが、ヘーゲル号を手に入れた当初は利用されたり妙なトラブルに巻き込まれたりすることを恐れ、なるべく秘匿しようとしていた。

 それでも、成年式の結果を領主や国家に報告するシステムができあがっており、完全に情報をシャットアウトすることは出来ない。

 そしてヘーゲル号独特の帆やその性能が海運ギルドや国の上層部に知られるようになり、興味を持ち始めた。

 その結果、ヘーゲル号を参考に新たな船やそれに関する技術を確立し、新機軸の船や装備を開発する運びとなった。


その1つが、この新帆装開発プロジェクトである。


 これは海運ギルドとアングリア王国海軍の共同開発プロジェクトで、非常に長期に渡るプロジェクトである。

 このプロジェクトでは、手始めに縦帆の船を建造し、逆風でも風力のみで進める船を開発するのを目標に研究を進めていた。

 そしてこの『ヘッドウィンド号』の試作へとこぎ着けられたわけだ。


 僕は実際に乗り込み、一通りヘッドウィンド号を見て回った。


「いい船ですね。船体が太めに出来ているところを見る限り、積載量を重視した作りですか」


「ご賢察、恐れ入ります。確かにヘッドウィンド号は積載量を多くするように設計しています。そして、我々の目標通り逆風を使った船の推進に成功しました」


 しかし、と、今度はレナードさんが話した。


「少々操作性に難点がありまして。特に混雑した湾内のような微妙な速度を求められるときに、素早く帆を畳むのが難しいのです。最初は船員が慣れてくれればどうにかなると思っていたのですが、どうもそれには限界があるようでして……」


 確かに、マストの上から下まで渡るような帆を巻き上げるのは、人力では重労働だし速度も限度がある。

 ブリジットさんとレナードさんは、この課題を解決するために僕を呼び出し、意見を求めたのだ。


「では、カッター帆装はどうでしょう?」


 『カッター』とは、スループに似ている1本マストの小型船の帆装だ。

 縦帆でマストの前後に帆を張っているのはスループと同じだが、違う点がいくつかある。

 マストの位置が違うとか色々あるが、帆の形で言うとマストの前方に張られる三角帆『ジブ』の形が違う。スループは巨大なジブが1枚だけだが、カッターは小さいジブが上下に2枚装備されている。

 こうすることで、わざわざジブを巻き上げなくても取り外すだけで簡単に減速できるし、取り外す枚数を調整することである程度細かく速度を調整できる。


 こうした利点がありながらなぜヘーゲル号はスループ帆装を選んでいたのか? それは、ヘーゲル号の帆の操作システムに関係している。

 ヘーゲル号は、全てのシステムをマリーが管理するようになっている。それは帆も同じで、マリーが計算して帆の操作をしてくれる。

 では実際にどうやって操作しているかというと、マストに内蔵されているモーターを動かし、帆を操作するためのロープを巻き上げたり下ろしたりしているのだ。

 こういった機械的な帆の操作を行う場合、ジブを2枚に分割するよりも1枚にまとめておいた方がやりやすいのだ。

 事実、前世のヨットは機械で帆を操作しているため、スループの方が多いと聞いたことがある。


「――というわけで、カッターの方が操作しやすいのではないでしょうか?」


「なるほど、試してみる価値はありますね。早速、帆布を裁断して成形するよう手配しましょう」


「自分は、海軍の船員達に帆装の変更を伝えてきます」


 帆装はジブを変えるだけで済むので、帆の完成を待つだけということもあり5日程度待てば完成するらしい。


 その間、僕はフリーになったので、少しこの街を散策してみようと思う。


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