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 アジサイ

作者: 隠 昇悟

「はぁ~」

うす暗い空から、バケツをひっくり返したような

梅雨の雨がザーザーと降る中、花ガラの付いた黄

色の傘をさした女の子がため息をつきながら歩き

ます。

女の子の歩く先には一軒の家があって、その庭に

は、灰色に染まる景色を跳ね返すように辺りを染

める、ウス紅色のアジサイの花が咲きほこってい

ました。  

「アジサイなんかキライよ…」

 女の子は傘をかたむけて、庭のアジサイが見え

ないようにして家に上がりました。

「お帰りなさい」

「…ただいま」

「ねぇ、明後日のお誕生会、お友だち何人くらい

来るの? 去年といっしょかしらねぇ。だとした

ら、あなたのお部屋じゃ狭いから居間で…」

「…来ないよ」

「え?」

「誰も誘わなかったもん」

「どうして?」

「だって… 去年まではみんな花言葉なんて知ら

なかったもん。みんな私のこと冷たいって… …」

「花言葉って… 」

「お母さん、どうして私の名前”紫陽花”って付

けたの?」

「それはあなたの生まれた日の誕生花がアジサイ

で、アジサイっていうのは梅雨のヒマワリって呼

ばれるくらい、梅雨のうっとうしい気分も明るく、

はなやかにしてくれる、そんな元気なお花をあや

かったからよ」

「6月のお花なんて他にもいっぱいあるじゃな

い! 私イヤだよこんな名前!」 

 そこまで言うと紫陽花は、お母さんの声に答え

もせず自分のヘヤに入って閉じこもってしまいま

した。

「こんな名前キライだもん… グスグス…」

 紫陽花はベッドにうつぶせになり泣きながらな

がら、学校での出来事を思い出していました。



「おい紫陽花! お前って、悪いやつだよなぁ」

「どうして? 私何も悪いことしてないよ!」

「お前、花言葉って知ってるか?」

「知らない」

「お前の名前って、花のアジサイの名前だろ?」

「そうよ。私の生まれた誕生日の花がアジサイで、

アジサイみたいな女の子になるように。ってお母

さんが」

「ほ~らみろ! 教えてやるよ!アジサイの花言

葉は”心変わり”って言うんだぜ!咲く場所でコ

ロコロ花の色が変わるからさ」

「心変わり?」

「お前なんか信用できないぜ。あはは!みんなぁ、

気を付けろよぉ、紫陽花なんか信用すんなよ~。

や~いや~い! 心変わりの紫陽花~♪」

「ちがうもん、私、そんなんじゃないもん!」



「そんなんじゃ… ないもん」



 夜、マドをコツコツとたたく雨音が止み、とぎ

れた雨雲の間から月明かりがヘヤのマドを照らし

ています。

 そのヘヤの中、泣き疲れて寝てしまっていた紫

陽花の耳もとに、不思議な歌が聞こえてきました。

「そ~れそれそれ今の内、雨の合間に雨ツユ落と

せ、雨の重みで折れないように、オラの家が落ち

ないように、葉っぱの上から雨つゆ落とせ♪」

「ううん… …うるさいなぁ」 

「そ~れそれそれ雨つゆ落とせ、きれいなお花が

落ちないように雨の重みで散らないように、オラ

の家が落ちないように…」

「うう~~ん… うるさい! うるさいよもう、

誰よぉ~」

紫陽花は歌の聞こえる方に耳を立て歌のヌシを探

します。どうやらヘヤの中ではなく、マドの外か

らのようで、紫陽花はマドの外をジ~っとノゾキ

ました。

「おかしいなぁ。声はすれども姿は? う~ん…

 どこにもいないみたい。アジサイしかない… 

ん?」

 マドから見える庭の隅々を見回し、月明かりの

中で、少しだけ見えるマドの下のアジサイの花を

見た紫陽花は、アジサイの花の直ぐしたに目を止

めしばらく見ていました。

 雨はとうに止み、風もないシンと静まりかえる

窓の外のアジサイの、なぜか、そこだけユラユラ

とゆれていたからです。

 そして時々雨つゆが落ち、キラキラと月明かり

に照らされて落ちてゆくのです。

「そ~れそれそれ雨つゆ落とせ」

ユラユラキラキラ

「きれいなお花が落ちないように」

ユラユラキラキラ

「雨の重みで散らないように、オラの家が落ちな

いように…」

ユラユラキラキラ

「なんだろう… あれ? この歌のリズム!」 

 不思議な歌とゆれるアジサイの葉っぱ。このリ

ズムがいっしょなのに気が付いた紫陽花は、目の

前のマドをガラリと開けて、アジサイの方に身を

乗り出し声をかけました。

「誰? 誰かそこにいるんでしょ!」

 そのとたん歌がピタリと止み、アジサイの葉っ

ぱもユラユラっと、2,3回揺れて動かなくなっ

てしまいました。

「あれ~。おかしいなぁ… ねぇ、別に何もしな

いから出てきてよ…」

「…本当かの? 何もしないんなら出ていってや

るわい」

「うん♪」

「…よいしょよいしょ」

「まだ?」

「おお… よいしょよいしょよいしょ… 」

「ま~だぁ?」

「よいしょよいしょよいしょよいしょよいしょよ

いしょよいしょよいしょよいしょよいしょ… も

うチョット待ってくれ…」

「… … … も~~~待てないよぉ! 待って、

今そっち行くわ!」

 待ちきれなくなった紫陽花は、ヘヤを飛び出し

玄関を出て、クルリと庭に回り込んで、雨つゆに

ぬれたアジサイの植え込みをらんぼうに横切ると

マドの下の、先ほど声のしたアジサイの植え込み

の前に出ました。

「ね~どこ?」

「ここじゃぁ。嬢ちゃんの目の前さね」

「目の前? え~とぉ… ここ?」

 紫陽花は、目の前の雨にぬれたアジサイの葉っ

ぱを一枚そっとめくりました。

「おこんばんわ」

「ええ?」

 紫陽花の目の前に現れたのは、ウス茶色のうず

まきを背負ったカタツムリでした。

「ど~うしたぁ?」

「う~んと、ヨウセイさんとか想像はしてたけど

さぁ、ただのカタツムリだなんて。うふふ」

「なんじゃい、失礼な。嬢ちゃんだって、ただの

人間じゃないか。フン」

「ごめんなさい、そんなつもりじゃ…」  

「まあいいわい。それで、なんの用じゃな」

「ようっていうか、寝てたら歌が聞こえてきたか

ら… 何してるのかなぁ。って」

「おおあれか。雨がやんだでな、葉や花についた

雨ツユを落として葉や花を軽くしてやろうと思っ

てなぁ。そうでないと、このキレイでオシャレな

花が重みにたえられんで落ちてしまうでな」

「アジサイの花なんて、キレイじゃないよ。咲く

場所で花の色コロコロ色が変わるんだもん」

「花の色が変わる? はて…」

「だから花言葉だって”心変わり”っていう悪い

意味になっちゃうのよ! 私の名前ね、このアジ

サイと同じ紫陽花っていうの。私今日同じクラス

の子にアジサイの”心変わり”っていう花言葉を

聞かされて、すごくショックで… 同じ名前だっ

て事がすごく恥ずかしくなってメイワクしてるん

だから!」

「咲く場所? なるほどそれで”心変わり”かい。

なあ嬢ちゃん、あんたドコ行くにも同じ服しか着

ないのかね?」

「服? そんなこと無いよ。色々オシャレするも

ん。でもなんで今服の話をするの? 花の話しし

てるのに」

「アジサイの花の色はな、黄色なんじゃ。嬢ちゃ

んの言う花の色というのはな、花の周りをそえる

ガクという部分なんじゃ。アジサイはな、咲く場

所によってガクという洋服を変える、オシャレな

花というわけじゃな」

「そんな… うそ」

「ウソなもんかい。よく見てみい! だいたいじ

ゃな、その者の一言で、コロッと今までの自分の

名前を恥ずかしいだの言う、それ自体が、”心変

わり”じゃないのかい?」

「そ、それは…」

「アジサイの花は黄色の目立たないくらい小さい

花なんじゃ。ふつう花はな、土の具合が良くない

と、そうは咲かないものなんじゃ。でもアジサイ

はな、どんなところででも一生懸命ガンバッて、

この梅雨の季節にキレイな花を見せてくれる。な

のに人間ってのはす~ぐ見た目で物事を判断しよ

る。心変わりじゃと? まったく困ったもんじゃ」

「この黄色の花が… そっか、アジサイの花って

こんなに小さい花だったの… どんな場所でも辛

くても、いつもニッコリ咲いてくれてる… お母

さんの言ってた梅雨のヒマワリ。って、この意味

だったのね」

「どうじゃなアジサイの花は、本当の姿を見て、

知って」

「うん… 私もアジサイみたいになりたい。どこ

にいても、辛くても、このアジサイの花に負けな

いくらい元気にニッコリ笑っていきたい」

「このアジサイの本当の姿を知るように、何事も

見た目だけ見ないでおれば、嬢ちゃんもキレイに、

その花を咲かせられるだろうなぁ」

「…うん」

グゥ~…

「な、なんじゃ?今の音は」

「…あは、私のお腹の鳴った音。そう言えば晩ご

飯まだ食べてなかったなぁ」

「そう言えばワシも腹が空いたのう」

「じゃあ台所から何か持ってきてあげる♪」

「おお。それじゃあ頼もうかの。そうじゃな、キ

ュウリでももらおうか。ほんの一切れでいいぞい」

「うん分かった。じゃあちょっと待っててね」

 さっきまでとは、うってかわったような軽いス

テップで紫陽花は、月明かりに照らされたアジサ

イ達の間をフワリとかけぬけ、家の中に入ってい

きました。


花言葉”心変わり”実はこの冷たい言葉を打ち消

すほどの大きな言葉が在ることを、紫陽花はまだ

知りません。それはおりしも、自分が目指した言

葉を含む暖かい言葉の数々。


辛抱強く、ひたむきな優しさと愛情。そして元気

な女性。という言葉があるのです。


おわり


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― 新着の感想 ―
[一言] 「咲く場所によってガクという洋服を変える、オシャレな 花というわけじゃな」  この言葉が好きでしす。「オシャレな花」と表現されていて、自分の紫陽花の、イメージが変わりました。  この言葉以降…
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