序
暗い暗い空間にほんのりと光る球が現れた。
ふよふよと浮きながらゆっくりとどこかを目指していく。やがて同じような球たちがより集まって、“輪"にたどり着いた。
球たちは規則正しく整然と並びながら順々にその“輪"に乗っていく。一周する頃にはいつの間にか乗ったはずの球たちはいずこかへ消えていた。
そんな中でも輪を乱すものはどこにでもいる。
列を乱したものたちがもみくちゃになってやがて1つの球が列から弾き飛ばされた。その球は他のものよりひときわ光が強かった。
コロコロ転がり続けているとコツンとなにかに当たって止まる。
「これはまた、ちょうどいいところにちょうどいい感じの魂がやって来たな。まあ丈夫そうだしこれでいいか」
何かが呟くと輪に戻ろうともがく光の球はその意思に反して徐々に辺りの闇に包まれ始めた。眩しい光も徐々に塗りつぶされていく。もがく球をよそに何かは呟いた。
「あまり期待はしてないけど精々世界の調和を取り戻してくれ」
「魔王の親となって、立派に魔王を育て上げたら“輪廻の輪"に戻してあげよう」
光の明滅で抗議を示す球には既に関心がないのか姿の見えない何かは既にそこから消えていた。
「ちょっと待てーーーー!!」
叫んだ言葉はてー、てー、てーと虚しく辺りにこだました。
何が起きたのか全くもって意味がわからない。どこか真っ暗な空間にいたことはほんのりと記憶にある。そこで他の球?みたいなのに弾き飛ばされたことも。そしてよくわからないうちに意味のわからない独り言を呟かれて何かに押し込まれことも。
いやというかなんだ最後の。
魔王?親?世界の調和???
え、?しか浮かばない。なに、どういうこと。せめてもっと説明しろよ!
そう言えば“輪廻の輪"とか言ってたな。つまり私は1度死んで、輪廻の輪に入って正規の手順で生まれ変わろうとしているところを、他の球に弾かれてよく分からない存在、(一応神と仮称しよう)に何の説明もないまま放り出された、と。
「・・・・」
ちょっと、待てやーーーー!!
あの時私を押し出した球どももそうだけど、神は適当すぎるだろ。世界に調和を取り戻してくれとか言いながら、偶々転がってきたちょうどいい感じの魂でいいのか、それでいいのか神!神かどうか知らないけど!
ぜはぁーぜはぁーとなりながらひとしきり罵ると幾分か落ち着いてきた。いや全く納得してないけど。神(?)には怒りしかわきませんけど!?
危ない危ない、また我を忘れるところだった。
改めて周りを見渡す。
辺り一面鬱蒼とした森だ。右見ても緑、左見ても緑、下見ても緑、上見てもみど・・・うっわ何あれ。
こんな自然溢れる場所で木々の間に挟まるそれ。でん!と自己を主張するそれは明らかな人工物。ふわふわモコモコの愛らしいアニマルを模したポーチ、そしてどぎついショッキングピンク。何故。
見上げているとポトン、と目の前に落ちてきた。近くで見るとなんとなくリスのようにも見える。
『対象を確認ナビを起動します』
え、怖い。何かリスの口が急に喋りだした。ガーピーとか変な音だしてるけど大丈夫?壊れた?
なんだか嫌な予感がしてじりじりた距離をとる。あれ、今気づいたけど四足歩行だ。ん?四足歩行?あれ、私前はなんだったっけ。多分・・・人間のはず。いやでも何か四足歩行懐かしい・・・いやいや、やめよう。恐らく、きっと、たぶん人間だ。そうに違いない。
と1人で自分に言い訳していると突然リスポーチがピョオォンと跳ねた。自動で。
え、ホント怖っ。しかも何かこっちに向かってきてる!?
とっさに避ける、がリスポーチは突然ぎゅおん!と向きを変えて私の体に突っ込んだ。
ドゴォッと鈍い音をさせながら体が吹っ飛んだ。
え、なんで?訳がわからないまま痛む体を起こす。
何だか後ろに違和感が。首を捻って後ろを見た。
もふもふで気持ちの良さそうな青い毛並み。お尻からのびているふさふさな尻尾は先っぽがくるんと巻いている。特に異常はない。今度は反対側に首を捻る。
もふもふな青い毛の中に明らかな異物があった。
うわぁ、どうなってんのこれ。何で左脇腹にさも当然のようにリスポーチが貼り付いてんだ。
落ちろ落ちろ、と後ろ足でゲシゲシ蹴るが全くとれない。
しかも無理に取ろうとすると毛が引っ張れて痛い。
いや、ホント何これ。せめて説明して。さっき声だしてただろ。
そう言えばこのリスポーチ「対象」だか「ナビ」だか言ってたような。もし私が「対象」なら、さっさっと「ナビ」を始めて欲しいのだけど。
『個体名カーバンクルへの寄生を完了。ナビを再起動します』
は?え?今寄生って言いました!?
ちょっ、何許可なく寄生してんだこのリスポーチ。
『ナビを再起動しました。収納を確認しますか』
収納?ポーチに何か入ってるってこと?
『収納:異空間に繋がる収納ボックスです。現在容量100ですが、そのうち1つが埋まっており、使用可能容量は99になります』
何か普通に答えてくれた。機械的な音声で感情がないようだ。
容量が埋まるまではどんなものでも入れられるのだろうか。どうなんですナビさん。
『・・・・・・・・・』
無視かい。
『収納を確認しますか』
はいはい、何がなんでも確認させたいんですね、そうなんですね。確認するまで何も答えないとかそういうスタンスなんですかね。
『収納を確認しますか』
しつこいな!わかったよ確認しますよ!
ブォンという音がして目の前に半透明なプレートが現れた。文字が書かれている。読めるかどうか不安だったけれど、問題なく読めるみたいだ。
えっと、なになに・・・。
個体名:ナビ
容量1/100
内容物:
魔王(幼体)
・・・・・うぉい!!