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獣耳少女は暗殺者

作者: M・A・J・O
掲載日:2019/12/03

 ――キィン、キーン。

 刃物がぶつかり合う音が辺りに響く。

 もう夜も更けてきたこともあり、それ以外の音は全くしない。

 その音は、様子は、まるで一つの時代劇のようだった。


 二つの影、お互い一歩も引かない。

 実力が拮抗しているらしい。

 目にも留まらぬ速さで二つの影が戦闘を繰り広げている。


「はっ!」


 どちらかがそう言ったが最後、騒々しい音はもうすっかり消え、静寂だけが残った。

 かなりの騒音だったはずなのに、目撃者はただ一人としていなかった。

 それはただ家で寝ているからなのか、それとも――


「はぁ、はぁ……また、殺しちゃった……」


 興奮しているような、後悔しているような、真意が計り知れない言葉がその場に響いた。

 声の主はくるりと向きを変え、次なるターゲットの方へと足を運んだ。


 ☆ ☆ ☆


「えーっと……なんですか、この状況……」

「あ、やっほー。散らかってるけど気にしないでねぇ〜」

「気にしますけど!?」


 敬語を使い、床に落ちたゴミを拾うものの名は、フィリア・ビッグウェーブ。

 コードネームは、ヘイト。

 冷酷な暗殺者であり、なぜか本名で呼ばれることを嫌っている。


 そんなヘイトは、白に桜色のグラデーションがかかった髪に、翠色のエメラルドグリーンのような目をしている。

 服は着ておらず、胸の辺りに包帯を巻き、タイツを履いて、アームカバー手袋をしている。


 そして忘れてはならないのが、けもみみと尻尾を持っている事だ。

 白い髪に同調するように、白い毛の耳と尻尾がある。

 しかし、その先っぽは真逆の黒色。


 そして、目の前でくつろいで……くつろぎすぎている少女の名は、シュガー・ライツ。


 彼女は躑躅色の瞳に紫色の髪を持ち、パーカーを着ている。

 ヘイトは、シュガーとすごく似通っているものがあると感じることがある。

 例えば、本名が気に入らないとか、人と馴れ合うのが苦手な所とか。

 だけどなぜか、ヘイトとシュガーは共同生活を営んでいる。


 そんなシュガーとの出会いはほんの二週間前。

 ヘイトがとある暗殺の仕事をし終えた時の事だった。


 ☆ ☆ ☆


 ある夜のこと。人々が寝静まり、草木も眠る丑三つ時……という言葉がお似合いなほど静まり返った午前二時。

 そんな静寂の中に蠢く影がひとつ。


「はぁ……めっちゃ返り血浴びちゃった……きもちわるい……」


 白髪の獣耳少女――こと、ヘイト。

 その白い毛は血で赤く染まっている。

 殺戮や暗殺の仕事は好きだけど、嫌いな人間の汚い血を浴びるのは好きではない。


 そんなヘイトが人通りの少ない道を選んで歩いていると、道端で倒れている人がいた。


「今ならこいつも殺せるかな……」


 そう思い、短剣を持って倒れている人の喉元に刺そうとした。

 すると、殺気を感じてか、倒れていた人が素早く起き上がる。

 そしてカッターナイフを取り出して、ヘイトの短剣をすんなり躱した。


「なっ……!」


 ヘイトは素早く体勢を立て直し、倒れていた人と対峙するようにお互い向き合った。

 しかし――


「ふえぇ、殺さないで……」


 その頼りない一言でヘイトは戦意喪失した。


 ☆ ☆ ☆


 こうして今に至るわけだが、ヘイトには理解出来ないことがあった。

 自分の刃を逃れることが出来るほどの凄腕なのに、何故こんなに気弱なのかということ。

 それと――


「私の部屋散らかすのやめてくださいっ!」


 怒りが頂点に達した。

 シュガーは、呑気にお菓子を貪っている。


「えー? いいじゃん……減るもんじゃないしぃ……」

「いや、確かに減らないけども!? むしろ余計なものが増えてますが!?」


 もはやツッコミ役と化してるヘイト。

 潔癖症というわけではないが、自分の部屋を他人に汚されるのが嫌なのだ。


 はぁ……とため息を吐き、ソファーに腰を掛ける。

 ふかふかのソファーが気持ちよすぎて、さっきまでの疲労がどうでも良くなってくる。

 これは人を……いや、獣をダメにするソファーだ。


「ねぇ、思ったんだけどさ……」

「なんです?」

「どうしてそんなに肌見せてるの? 露出狂?」

「違います!!」


 咄嗟に反論したが、そう思われてもおかしくない格好をしている自覚はあった。

 胸に包帯を巻き、タイツを履き、アームカバー手袋をしているだけで、他は一切纏っていないからだ。


「この方が動きやすくて、暗殺にぴったりな格好なんです……」


 指摘されたせいもあり急に恥ずかしくなって、ヘイトは顔を赤らめる。

 ヘイトは褐色肌だから、あまり赤みは出ていないだろうが。


「ふーん……でも髪の毛白だし目立つんじゃない?」

「それは……まあ。でも髪の毛ならフードとか被ればなんとかなりますよ」


 暗殺する時用のフードがある。

 耳が隠れるのであまり好まないが。

 耳が隠れると、よく聴こえなくなるので、どうしてもという時にしか使わない。


「そっか……ところでさ、なんで敬語なの?」

「今更!?」


 すっかりツッコミ役が馴染んでしまった。

 シュガーのこれは素なのか。

 それとも嫌がらせなのか。

 楽しんでいる様子はあるが、わざとだとも思えないからつくづく謎である。


「あなたの方が年上だからですよ……私は一応年上に対する敬意は払いますよ……」


 まあ、年上とは言っても相手は12歳だけど。

 それでもヘイトの方が年下なのだ。最低限の敬意は払わないといけない。


「まじめなんだねぇ……」

「てかシュガーさん、いつもよりすごく喋ってません?」

「あー……慣れてきたからかな。人見知りだけど慣れれば結構喋るから」

「へー……」


 何気ない会話を交わし、親睦を深めてゆく。

 お互いそのつもりはなくとも、一緒に暮らしていれば絆は深まるものだろう。


 そんな二人がなぜ一緒に住んでいるのか。

 シュガーがどうしてもと強く言って聞かないので、仕方なくヘイトが泊めてあげているだけだ。

 シュガーは気弱なのに、妙に押しが強いところがある。


「ふぁ………………あ」


 あくびしてから、突然ヘイトの喉から間抜けな声が出た。

 ヘイトの声じゃないみたいに。


「やっば……忘れてた……今日また暗殺依頼があったんだ……」

「お仕事大変だねぇ……」


 シュガーは、「お疲れ様〜」と気軽にヒラヒラと手を振った。

 ……何だろう、無性にイラッとくる。


 気楽な笑顔でいるシュガーを呆れた目で一瞥しながら、今日の仕事について考える。

 今日の依頼は二件。


 一件目は大富豪の主を暗殺して欲しいとの依頼。

 その主は使用人に暴行を働き、自分の娘にまで手をあげるような人だ。

 気に食わないことがあると特にそれが酷くなり、大声をあげ、その辺にあるものを壊しまくっていくそうだ。


 二件目は普通の男子高校生。――のような顔立ちや姿をしているが、その実暴力団団長の一人息子なのだ。

 学園を牛耳り、校長や理事長さえも手玉に取るれっきとした暴君。

 気性の悪さと団長の息子ということもあり、同じ高校に通う人達はみな怯えきっている。


 ――ほんと、人間共は…………と、呆れるしかない。


 この世界は、人間は、人類は、もう終わっている。

 そう思って、苛立ちや殺意を抑えることが精一杯だ。

 そんなヘイトの感情や思いを察したのか、はたまたただの気まぐれなのか、シュガーはおもむろに口を開く。


「ね、へっちゃんの仕事――手伝ってあげよっか?」


 ☆ ☆ ☆


 ヘイトとシュガーが暗殺場所に来た時、ちょうど靴音が聞こえてきた。


 ――ヘイトは息を呑み、緊張が走る。


 シュガーも、目を見たら真剣そのものだ。

 こんな目もするんだ……

 そう考えている間にも、ターゲットが到着したようだ。


 ヘイトが書き、渡した手紙にはこう書いてある。

『本日、指定の場所でお待ちしております』という短い文だった。

 しかし、この程度の文は逆に興味が湧く、好奇心に訴える作りになっており、ターゲットを誘い込むのにはいい方法だ。


 そして案の定、罠にかかったターゲットを血祭りにあげる。

 ――短期決戦。これが暗殺の極意。

 長期戦になればなるほど、こちらが不利になる。

 長い間家を出ると家族が探しに来る可能性が高いし、そもそも暗殺者に体力はない。

 ここぞという一撃さえ与えてしまえば、もう相手から反撃されることはないから。


「行きますよ!」


 小声で囁くように、だがしっかりと響くような声で言う。

 瞬間、ヘイトはタイツから二本の短剣を取り出し、ターゲットの背中へと走る。


 そして、その姿を捉えると、首元に短剣を突き刺――せず、すんでのところで躱された。


「なっ――!」


 顔から地面に突撃しそうになったが、なんとか身を翻して体勢を立て直した。


「――所詮、その程度か?」


 獰猛な鋭い目付き、低く唸るような声、そう……この人が――二件目の男子高校生。


「噂ほどにもないな。一撃で俺を倒せるとでも思ったのか?」


 嘲笑しているが、目が笑っていない。

 呆れの念もあるのだろう。

 一撃で倒せると思った――ヘイトに、落胆しているのだ。


「はぁ……せっかく出向いてやったのにそれか。随分と――ナメられたもんだな」


 ぞくっと背筋が凍る。

 さっきまでの目付きや声なんて比べようもないほどの――れっきとした猛獣がいた。


 きっと……いや、絶対にこちらの意図を知っていてわざわざここに来たのだ。

 嵌めたつもりが嵌められていたらしい。


「ちっ……!」


 これぐらいで怖気付くとは……

 いくらヘイトがまだ幼いとは言え、暗殺者であるヘイトがターゲットに怯むなどあってはならない。


 ヘイトは素早く短剣を持ち直し、ターゲットの方へと走る。

 ターゲットは呆れを通り越して、欠伸をして油断している。


 ニヤッとヘイトの口元が緩んだ。

 油断していて、ナメられている? それがどうした?


 こっちは一人じゃない。と、走りながら話し始める。


「何するか分からない人が出てこないって……知ってました?」


 心底楽しそうに――愉快な気分で嗤う。


「さぁ、お願いします――シュガーさん」

「おっけー」


 シュガーがターゲットの背中から、気配を感じさせずに歩み寄る。

 それはまるで影のようで、ヘイトも気を緩めたらシュガーの気配が完全にわからなくなってしまうだろう。


 そしてそのままザクッと背中辺りにカッターナイフを突き刺す。

 すると、すかさずヘイトがターゲットの目の前に行き、心臓目掛けて短剣を突き刺した。


「か……はっ……」


 痛みに声が掠れて出ている。

 苦痛に顔を歪め、獰猛な目付きがさらに獰猛になる。

 しかし、それもしばらくしたら衰え、足から崩れ落ちた。


「終わった……か」

「協力もいいもんだね〜」


 興奮、安堵、達成感……

 諸々が合わさりあって、なんとも言えない快感に胸を打たれた。

 しかし、そんな余韻に浸る暇もなくシュガーが口を開く。


「これ……私が貰ってもいいかな……?」


 そわそわと待ちきれぬ様子でチラチラとヘイトと死体を交互に見る。

 上目遣いで懇願し、祈るように言う。

 なぜこういう時だけあざとくなるのか。


「別にいいですよ。いつも死体の処理どうしようかなって困ってましたし」


 ヘイトがそう言うと、水を得た魚のようにぱああと目を輝かせる。


 こういう所は子どもっぽいのに、死体をどうするかでこんなにもテンションが高いとは……と遠巻きに見ながら思う。

 純粋な狂気というやつなのだろうか。


「まあ、次もサクッと殺っちゃいましょうか」

「うん、そうだね! 次のも貰っていい?」

「……いいですよ」


 シュガーはまたしても子どもみたいに「わーい!」と手を挙げながら喜んでいる。


 ☆ ☆ ☆


 時が経ち、ヘイトたちはショッピングをしに来ていた。

 隣町には大きなショッピングモールがあり、どうしてもそこに行きたいとシュガーにせがまれ、渋々ついて行くことにしたのだ。


 共同生活を円滑に過ごすためには、時々相手に合わせることも必要だ。

 そう、必要だから仕方なく付き合っているだけ。

 ヘイトはそう認識している。


「ねー、これへっちゃんに似合いそう!」

「え、それは……ちょっと…………」


 眩しいほどの笑顔を浮かべたシュガーが手に取って見せてくれたのは――いわゆるゴスロリ服。


 派手な装飾、それに似合わぬ黒色の生地、ひらひらふわふわしてる如何にも女の子――と言う感じの服を手渡された。


「えー? 絶対似合うのにぃ……」

「絶対似合いませんっ!」


 本気でそう思っていそうな言い草のシュガーと、必死で抗議するヘイト。

 どこか微笑ましく感じられるのは気の所為なのだろうか。


 ふと、妙な気持ちでいると、シュガーが不意に口を開く。


「私……へっちゃんと友達になれて嬉しい」


 いつものおどけた感じの笑顔ではなく、軽く微笑む感じの笑顔を浮かべた。

 いつもと違う一面を見せられ、ヘイトは暗殺仕事で予想外のことが起きた時よりも動揺している。


「別に……友達になったつもりはないですけど……」


 ヘイトが照れ気味に顔を逸らし、腕を組みながら言うと、


「えへへ、そうだよねぇ。でも仲良くなれて嬉しいよ」


 頬を手で軽く掻きながら、今度は照れくさそうに顔を赤らめた笑顔を浮かべた。

 ヘイトはどう対応したらいいのか分からず、ただ狼狽えることしかできなかった。


 仲良く……まあ、たしかに……認めるしかないほど仲は良くなっただろうと思う。

 しかし、人間は復讐の対象でしかなかったから、どうすればいいのか分からない。

 それくらい、ヘイトにとってシュガーは〝特別〟になっていた。


「……」


 無言が続く。

 しーんと静まり返る静寂が二人を包む。

 何か言わなきゃ。

 そう思うのに、言葉が出てこない。


 だけど、ここで踏み込まなきゃ何も始まらない。


「あ、あの、それ――着てあげてもいいですよ」

「ほんと!?」


 ヘイトが勇気を出して言うと、シュガーはぱっと満面の笑みを浮かべて言った。


「はい、着替えてきますね」

「やったぁ!」


 シュガーが飛び跳ねて喜ぶ。

 ヘイトは試着室に入り、服を脱ぎ始めた。


 鏡に映る自分の姿を見ながら、改めて思う。

 こんな自分が誰かの為に何かをするなんて、考えられない。

 ヘイトは復讐に囚われた愚かな獣だ。

 だが、シュガーだけは他とは違う気がする。


 着替えを終え、カーテンを開ける。

 試着室の中にはシュガーが選んだ黒と紫のゴシック調のドレスを身にまとったヘイト。

 サイズは意外とぴったりだった。


「うわ~! かわいい!!」


 シュガーが目をキラキラさせて両手を叩いた。まるでお菓子屋さんにいるみたいに興奮している。


「そ、そうですか……?」

「うん! やっぱりへっちゃんに絶対似合うと思ったんだ~!」


 褒められ慣れてないせいか、少しばかりちょろくなってしまうヘイト。

 でもやっぱり恥ずかしさの方が勝ってしまうもので、ヘイトはそそくさとカーテンを閉めようとした。


「待って!」

「え?」

「写真撮ろうよ!!」


 いつの間にスマホを取り出したのか、既にカメラモードになっている。

 そして無意識のうちに反射的にポーズをとっていた。


「ちょ、ちょっと待ってください」

「はい、チーズ!」


 カシャッという音と共に記録に残される。

 こればっかりはもう何も言うまいと、呆れた様にため息をつくヘイトであった。

 再びカーテンを閉めて着替え直す。

 このゴスロリ服も暗殺の役に立つかもしれないと思い、思い切って買ってしまうことにした。


「今日はありがとね」

「はい。まあ、こちらとしてもいい買い物ができました」


 買い物を終え、帰路につく途中。

 夕焼け空が二人を優しく照らして輝いている。


「またデートしたいなぁ」

「デッ……!? ま、まあ……機会があれば考えておきます」

「えへへ、やったぁ!」


 シュガーと話していると、ヘイトはよく調子が狂う。

 とはいえ、共に過ごす時間が増えていくことで徐々に慣れてきてはいる。

 けれどやっぱり慣れない部分もあるわけで。


 シュガーに対して素直になりたい気持ちはあるものの、人間への敵対心はそうそう消えるものじゃないから難しい。

 それでも一歩ずつ進んでいる実感はあるけれど。


「じゃあまた明日ね」

「……はい」


 家に到着し、部屋の扉を開けたところでシュガーは振り返る。


「一緒に暮らすこと許可してくれて、ありがとうね」


 今まで見たこともないほどの屈託のない笑顔を見せられた瞬間、ヘイトの胸の中で何かがドクンッと大きく脈打った。


 ☆ ☆ ☆


 暗く、淀んだ空気。

 不気味なくらいの静寂が響く。

 夜行性の動物さえ寝てしまいそうな闇が広がる。


 その空間の中、ヘイトは一人立っていた。

 シュガーはいない。

 まあ、暗殺は本来一人でこなすものだし、いなくても不思議ではない。


 なのだが、ヘイトはシュガーとどう接すればいいか分からず、一人で家を出てきてしまった。

 シュガーに何も言わずに。

 どうせ寝ているだろうし、まあいいか……そう思い、夜の闇へと駆け出した。


 その最中も昼間のショッピングでのことを思い出す。

 やはり、シュガーにはっきり言った方がいいのだろうか……

 と、罪悪感で胸がチクリと痛んだ。


「随分と肩入れしているようだ」


 背後から突然声がした。

 振り向くとそこには――見慣れた影が揺れていた。


「あ、主…………様……」


 そう、ヘイトの主。

 ヘイトを暗殺者として育ててくれた恩師。

 それは――人間ではない何か。

 黒く淀んだ影が、可笑しそうにケタケタ笑う。


「かかっ。汝の憎悪はホンモノだと思い、それ故にこれまで手塩にかけて育ててきたのだが――私の目が節穴だったか?」


 あらゆるものを全て否定し、自分こそが正しいという主の意志に従うように。

 空気が、空間が、世界さえ、違う所にいるような錯覚に陥る。


「ち、違いますっ……! 主様はっ……! 私を救ってくれた救世主ですっ!」


 慌てて膝を折り、主に尊敬と敬意を示す。

 両手を組み、頭を垂れ、精一杯の忠誠を表す。


「――ハッ。戯れ言を。汝には今一緒に過ごしている人間との馴れ合いの方が大事であろう?」

「そっ、そんな……ことは…………」


 そう、このやり取りから分かるように主も人間が大嫌いで、忌むべきものであるという認識を持っている。


「ふん。別に責めてるわけではおらぬ。汝を心配しておるのだ」

「…………と、言いますと……?」

「汝――フィリア・ビッグウェーブがその調子でこの先暗殺を続けていったら、どこかに亀裂が生じるぞ。〝こいつを殺してもいいのか〟〝こいつを殺せと命令されれば殺せるのか〟――と」


 ヘイトは主の言葉を否定出来なかった。

 かと言って肯定するのも何かが違う。

 そう思っていた。


 主の言うことは正しいのだろう。

 しかし……それでも、自分は……


「へっちゃん!」

「え、し、シュガーさん!?」


 突然のことだらけに頭がついていかない。

 シュガーの汗だくの肌を見て、心配して来てくれたのだろうかと再び罪悪感に襲われる。


「ど、どうしてここに……?」

「だって……起きたらへっちゃんいなかったし……私に、何も言わずに夜……飛び出していくような子じゃないって……思った、から……」


 息も絶え絶えに、呼吸を整えながらシュガーが言う。

 ヘイトはそれにどう対応したらいいのか分からなかった。


 嬉しい反面、恥ずかしさがこみ上げてくる。

 それを見ていた主が、つまらさそうな顔で吐き捨てるように言った。


「結局馴れ合いか。つまらぬ。フィリア――汝は何がしたい?」


 主様の問いに、一瞬戸惑った後。

 浮かべたことのないような笑みで答えた。


「私は…………私は、人間だからという理由で忌み嫌いたくありません。素敵な人も――すぐ、近くにいるものです」


 シュガーの方を、柔らかい笑みを浮かべながら見る。

 すると、シュガーはそれに気付き、ヘイトと同じような笑顔を浮かべる。


 主は心底つまらなさそうに再度吐き捨てた。


「勝手にするがいい。汝の自由を奪う気はない」


 と、虚空へと消えていった。――ように見えた影は、シュガーの背後へと廻る。

 しかし、それと同じ速度でシュガーがカッターナイフを取り出す。


「くっ――ははっ。なるほど。こりゃ〝ヘイト〟が懐くわけだ」


 主は何かを理解したように、楽しげに笑う。

 しかし、それよりも…………


「あ、主様……? い、いまなんと…………?」


 そこが気になった。

 今まで本名でしか呼んでくれなかったから。

 ヘイトが問うと、主は含み笑いをした。


「汝の暗殺としての実力も、見る目も、その体にあると見た。――認めよう」


 ぱああ、とヘイトは花を携えたような笑みを浮かべる。

 シュガーも、「良かったね」と笑う。


 そして静かに影が消える。

 影が〝本当の意味〟で笑っていた……そんな気がした。


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