繰り上がり陛下は頭を抱える
「嘘だ……。夢、夢に違いない!夢だと言ってくれ!」
目の前にいるワーグナー侯爵を前に頭を抱える。あまりの絶望に立て掛けていたクワが大きな音を立てて床に転がり落ちた。
「夢ではありません。早く持ち直してください、リカルド様……いえ、陛下」
「陛下じゃない……」
俺は頭を抱えた。
昨日までの俺は臣籍降下した王弟である父と、その従妹である公爵令嬢だった母の間に生まれた長男だった。俺が生まれた時は豊かだった自領は年々枯れていき、俺が18で学園を卒業する頃には領民達からその統治の酷さを直訴されるほどになっていた。父には対策を考えるように、母には贅沢をやめるように働きかけたが元々が王子様と公爵家の御令嬢。全く理解してくれなかった。
ある日大喧嘩をしたら、その日のうちに二人揃って事故死してしまった。驚きはしたが、ある意味そのおかげで我が領は持ち直すことができたといえる。各地を走り回っていたせいで血を残す役割と一部事務関連を弟に押し付けてしまっていたが、ようやく俺が走り回らなくとも良くなって妻を探すことができるかな、なんて考えていた。
邸の近くの畑を領民と耕して、戻ろうとしたときに王都からの使者が来たのはそんな時だ。ほとんど拉致されるように城に連れてこられた俺に告げられたのは、「陛下が崩御なされ、王位継承権を持つ男子もリカルド様とレオルド様のみになりました。つきましては、継承権1位となりましたリカルド様に王となっていただきます」という衝撃しかない言葉だった。
「では、ワーグナー侯爵。信じられるか?王位継承権第6位、陛下には王太子殿下を含め男子3人が、その下には伯父上の息子2人がいるのに全員流行病で急に亡くなるだなんて!」
「私でしたら信じられませんが、起こってしまったものは仕方がないでしょう」
「なんで一番良い医者つけてもらえる立場の人間ばかり死んでいるんだ……!?王都の民は大丈夫なのだろうな!?」
「それなりに被害はでておりますが……城の死亡率よりはマシでしょうな」
「民が比較的無事でよかったよ!」
畜生、と口に出すと、もう少し上品な言葉遣いをしろと苦言を呈された。
「俺には妻がいない。王妃はどうする?最低でも妃教育が終了していてなおかつ国家経営の知識をある程度所有しており、俺と共に采配を振るえる健康な女性でないとなんともならんぞ……」
城勤めをしていた連中も相当数亡くなっている。早期に新しく人を雇い入れることも重要だが、俺の妻となる人にも当分一緒に頑張ってもらわないと立て直しがきかない。
「なんで軒並み15歳以下の次男三男しか残っていないんだ……!使えるやつは生き残っていないのか!?」
この国ダメだと匙を投げたい。
「陛下」
「なんだ」
「15歳以下の者たちしか残っていない、ということは逆を言えば今から育てられる人材はそれなりにいるということです」
「急務なのは今だぞ」
「それはわかっております。ですが、今を乗り越えれば王家の立て直しはできませんか?」
「俺を過労で殺す気か?」
無理無理、絶対無理と生き残った連中の名簿を見ていると、侯爵は溜息を吐いた。
「……人員不足は否めませんが、それなりに働ける人間に働きかけましょう。それと、王妃には前王太子殿下に婚約破棄された身でも良いと言っていただけるのであれば我が娘を推します」
「それは助かるが……。侯爵の娘というとヴィオラ嬢か?非常に優秀な人だと弟に聞いたが、なぜ婚約破棄などされたのだ?」
彼女の身が空いているというのは嬉しい誤算だが、淑女の中の淑女と言われていた女性がなぜ婚約破棄を受けたのだろうか。書類から目を離して侯爵を見ると、何か黒いオーラを発しながら凶悪な笑みを浮かべていた。
「何やらあのこぞ……前王太子殿下はつまらない運命の愛とやらを見つけたそうで、そのばい……こむ……娘を妃にするというもうげ……よまい……決意表明なされたため、婚約破棄をするなどとパーティの最中に突き付けたのです」
小僧、売女、小娘、妄言、世迷言で合っているだろうか。
「そ、それは大変だったな。ということはヴィオラ嬢には瑕疵はないのだろう?問題ないじゃないか」
そう伝えると、3日後にはワーグナー侯爵の娘、ヴィオラ嬢と引き合わされた。
居心地悪そうにしているので、申し訳ないとは思うのだが、俺には彼女が必要である。
「俺の都合で呼び立ててしまって申し訳ない。王家によって酷い扱いを受けた身だと聞いている。彼らが死んだからといってその罪がなくなるわけではないが、国民のために俺の妃として隣に立ってはくれないだろうか?」
その後も数日をかけて必死で口説いた。結果、俺は王に、ヴィオラ嬢は王妃になり、それから50年に渡りこの国を治めることとなる。
なんか時々ピンクの髪のヤバそうな女が言い寄ってきたが跳ね除けた。妻が満足気だったので良しとする。