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商人? いいえ、普通の作家です * アーキス ◇単話◇

久しぶりの投稿です。

緩い感じに仕上がってますので、興味のあるかたお読みいただければ幸いです。

 三十九世世代騎士団団長の一人。

 イオタ・シルエッツといえば絶世の美男子として有名だ。

 精悍なキリッとした男らしい美男子として浮き名を流してきたセリード・アルファロスに対してイオタは中性的な魅力がある綺麗な美男子でありながら身持ちが固い、として有名でもある。

 強力な騎士とは思えぬその美しい顔立ちは年齢層問わず女を呼ぶ。

 セリード・アルファロスは自分の中の隣を歩かせる女には見た目の良さと品のよさ、豊富な知識を求め、それに該当しない女は『寄って来ないで。邪魔』とあからさまに敬遠する態度なので割りと評判はよくなかったりする。

 イオタはそういうことはしない。彼はそもそも自分のものではないと。見た目に寄ってくる女は嫌いである。

『養ってあげるわよ?』

『いてくれればいいわ』

『あなたは最高のステータスになるのよ』

 と、自分を飾りや人形にしたい金持ち女はブッ飛ばしたいと思っているし

『毎日拝ませて』

『ああ、尊い』

 と、『俺は宗教の御神体じゃねえぞ!!』と叫んでやりたくなるおかしなことを言う女はひっぱたいてやりたいと思っている。なので

「俺の顔が好きな女は全員死ね」

 と、暴言を吐くのは彼の日常であった。

 幼い頃からこの顔で嫌な思いをしてきたものだから、言葉使いはその顔に似合わず悪くて汚い。


「あのー」

「あ?」

「騎士団団長のイオタさんよね?」

「だったらなんだ」

「お金の匂いがするのよ」

「は?」

「お金。あなたの顔、お金の匂いがするわよ。私と商売しない?」

「……はぁ?」

 ニコニコと、性的なものをいっさいがっさい感じさせない笑顔の女は、彼の顔を見て言い放った。

「金の成木。儲かるわ」

 これが、後の恋人となるアーキスとの出会いであった。


「お前、変わってるなぁ」

「そうかしら」

「俺の顔見て金になるとか……」

「なるでしょ、確実に。金の匂いしかしないわ。あなた見てると創作意欲が掻き立てられるのよね」

 彼女、アーキスの職業は作家だという。本名ではなく作家としての名前を聞いて、イオタは少々驚いている。その作家はここ数年で飛ぶ鳥を落とす勢いでヒット作を世に送り出している人物だ。半信半疑だったが、顔を見て結婚してとか付き合ってとか言ってこない女が珍しく、ついどういうことかと質問してみると、あっさり彼女から告白してくれたのだ。

 信用してもらえないのは困るからと、作家としての執筆場所として借りている小さな借家に通されて以降、イオタは度々訪れるようになっていた。


 居間と台所が一つになっている部屋の他に、部屋が一つあるだけの狭い借家だ。おそらく単身者のための借家だろう、風呂や手洗い場も一般家庭の家よりずっと狭い。執筆のための家なのでこれで十分というこの借家は独特だ。壁一面を無駄にしないよう本棚が並べられている。その本棚には分類され、文字順に理路整然と隙間なく本願寺並んでいる。女性らしいものといえば、彼女が身につけるコートや帽子を掛けておくクローゼットくらいで、休憩で一息つくためのポットやカップはシンプルなものだし、執筆するための机には山積みの本と書きなぐりの原稿が筆記用具と共に置かれているだけだ。

 一応ある客用のソファーとテーブルも、そのままだ。ソファーにはかわいいカバーが掛けられることもなく、地味な濃いめの灰色の布張りそのままだし、テーブルには一輪挿しもなければレースもひかれていない。


「面白いよな」

「よく言われるわ」

「そうだろうな」

「いいのよ、楽しいから。何言われたって」

「ふーん」

 イオタがいるだけで創作意欲が掻き立てられる、というので内容にいかがわしい表現や下品な表現があるのかと心配したが、彼が初めてこの家に足を踏み入れて見せられたその内容は実に面白いものだった。

 とある町で失せ物探しを得意とする魔導師がある依頼がきっかけで初老の紳士と知り合い、その紳士と共に失せ物探しをしながら別の顔として守護隊では解決出来なかった未解決事件などを解決していくうちに国でも手を出さない闇の世界での事件に巻き込まれていく、というものだ。

 彼女の世に出す物語の特徴は魅力的な登場人物たちだ。恋愛モノでも、推理モノでも、登場する人物像が善人だろうと悪人だろうと魅力が溢れ、それが人気を博している。

 そして今彼女がイオタを見て創作意欲が掻き立てられるという執筆中の人物の一人、主人公の魔導師は、美男子だが超絶口が悪く、相棒になる初老の紳士にいつも説教されて、そしてふてくされるちょっとかわいいというものだ。

「イオタが女に『黙れ、去れ』って言ってるの目撃して思い付いたキャラだからね」

「ああ、口の悪さは、確かにな、俺だな」

「その顔とのギャップでいい情景とか台詞とかバンバン浮かぶのよ」

「誉めてるんだよな? 一応」

「誉めてはないわよ? 金の成木っていったじゃない」

「……ああ、そうだったな」


 ほとんどここにいるから、気が向いたら来てくれる? と言われて早数ヶ月。イオタは最早ここの住人ではないか? と思うくらい入り浸っていた。

 アーキスが執筆している時は、彼女の文字を書き連ねる万年筆の音だけが響く。時折イオタがお茶を淹れ、そしてそれを差し出すと『ありがと』と、笑顔で一言受けとるアーキスの声が時々聞こえるだけだ。

(ああ……いいなぁ、静かだ)

 ソファーのうえ、無防備に体を投げ出し、イオタは執筆を続けるアーキスの後ろ姿を眺める。


 顔が綺麗よね、羨ましいわ。


 そう、彼女が言ったことがある。

 それだけだ。

 この顔に気味悪い期待を込める目をしないアーキスといることに、居心地の良さを感じている。それに気づいてからは、この家に入り浸ってしまう。

「んー!進んだぁ。イオタのおかげだわ」

 体を伸ばし、満足げに言ったアーキスは笑顔だ。スッキリとした、とびきり幸せそうな、満たされた笑顔だ。

「なぁ」

「んー?」

「俺の彼女にならないか」

「……え?」

「俺、お前が好きだ」


 まさかこんなことになるとは思っていなかったと動揺した姿もいいなぁ、とイオタは思ったらしい。

「俺じゃ不満?」

「そうは思わないけど!」

「じゃあ、俺の彼女になれよ」

「恐いから! イオタに憧れる女に殺されるから! 勘弁して!!」

「そんな女は俺が先に殺す」

「それはもっと恐い!!」

 ビビるアーキス相手に、彼はこれから数ヶ月、猛烈な勢いで口説くことになった。時折危険な発言がありつつ、それを窘めるアーキスとのやり取りは、近所の名物になり、そう時間をかけずに王宮まで届くことになる。

「お前が、女を追いかけるとか、マジで世界が終わるだろ」

 同世代の騎士団団長バノンに真顔で言われて、イオタも真顔。

「いい女だぞ。頭いいし、話は面白いし」

「顔は?」

「俺のほうが断然綺麗だな」

「……お前、それその女に怒られねぇか?」

「こう言わないとインク入れが蓋が開いた状態で飛んで来る」

「なんでだよ?!」

「『私の顔は自分で言うのもなんだけど、中の中。イオタはどうしたって上の上でしょ。それで私にきれいだよなんて言ったら出禁だからね』って脅される」

「お前を脅すとか、強者だな」

「いいだろ? いい女なんだ」

「お前のノロケとか、気味悪いわ」


 押してダメなら引いてみる。ということをしないイオタはとにかく押した。押しまくった。

「条件があるわ」

「なに?」

「私は、執筆を始めると周りが見えなくなるの。あなたのことを、金の成木って言ったでしょ?」

「ああ、言ってたな」

「あなたにしたみたいに、特定の人物に興味を持つことがあるのよ、恋愛感情ではないわ、でも、そのせいで時々あなたを蔑ろにするかもしれない」

「いいよ、それで」

「え?」

「条件が満たされれば、付き合ってくれるんだろ? つまり、俺には恋愛感情があるってことだ。他とは、違うんだよな?」

「……悔しい、けどね」

「ははは!」

 苦笑したアーキスの顔は、初めて見せる恥じらいの滲む女性らしい表情だった。

「俺のこと、好きだよな?」

「好きだから、小説が完成しても、ここへの出入りを許してるつもりよ」









 ―――あれから月日が流れて。―――


「んん……どうした?」

 遠征で離れていた王都に久しぶりに戻ったイオタは二人で住むようになった広い借家の寝室のベッドの中で深い眠りから浮上して、うっすら目を開けた。アーキスが起き上がったようで、それに気づいたのだろう。それを目で確認しようと瞼を開くと、すると奇妙なものを見る。

 アーキスは昨晩イオタと久しぶりに肌を重ねたままの布一つ纏わぬ姿で、ベッドの上で姿勢よく座り、何故か顔を手で覆っている。

「今のうちに謝っておくわ、イオタ」

「……あ? いやな予感するんだけどな?」

「ええ、久しぶりにイオタに会って、イオタを見てたら、新しいキャラが」

 のっそりと体を起こしたイオタは、頭をガシガシ掻いてから、怪訝そうにアーキスを見つめる。

「まさかと思うが」

「そのまさかね」

「やめろって言っただろうが?!」

「そんなこと、言われたって!! ムダに色っぽいあなたが悪いの!」

「俺か?! 俺のせいなのか?!」







「アーキスさーん、これ、すっごい面白かったです!!」

「あら、本当に?嬉しい。力作よ」

「んふふふ、この主人公と主人公を一途に想う彼の際どい関係とか、ドキドキしますよね? 卑猥な接触なのに、それを拒めなくて、段々慣れてきちゃって、常習性が出てきちゃって、ついに一線越えたらもう、慢性的な欲求不満で自分から……とか。恋人同士になれたところからヤバイです、バカップルか!!ってツッコミ入れまくりのラブラブは見てられません」

「そういうのが売れるのよー、『同性恋愛』って今流行りでしょう? 今のうちに書けるだけ書いて売らないと賞味期限早い世界だからねぇ。続編も来月には出すのよ?」

「買います!!」

「んふ、ありがとうリオン」

「その流行り、早く終わってくれないかな?」

 セリードが冷ややかにアーキスを睨む。アーキスはにっこり。

「そのうち終わるわよ(たぶん)」

 そして。

「お金になるんだからなるうちは書くわよ。将来の蓄えに」

 アーキスは、あくまで作家である。

 恋人を利用して金儲けしているが。

 なんだかんだ文句をいいつつ、イオタも本気で止めたりしない。

 それでこそ俺の女だと、自慢なのだから。






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