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とある美女の懇願 * オリビア ◇単話◇

side story 初のお話は本編登場の騎士団団長ジルの話です。


ゆるいお話です。



 オリビア・フリータスといえばティルバ国王都で知らぬ者はいないと言われる有名人だ。

 有名人と言っても役者をしているとか高名な魔導師とか騎士とか、そういうのではない。

 絹糸ように艶やかで繊細な直毛は艶やかな金髪。整った形の顔の中にあるコバルトブルーの瞳はどことなくアンニュイさを感じる目尻の下がった優しくて、そして甘ったるい視線を生む。その瞳を時折遮る豊かな睫毛も甘ったるさを引き立てる。みずみずしい健康的な唇につい見とれてしまうのは陶器のように滑らかでシミのない肌が引き立てるからだろう。声は、ちょっぴりハスキーな、落ち着つきのあるもので、穏やかな話し方と相まって魅惑的だ。

 そしてなにより(くび)れのはっきりとした体つきは、胸元に、腰に、視線を集める。

 つまり、欠点らしい欠点がない、年令問わず同姓から妬まれる容姿をした美女である。


「ジル!!」

「ただいま、オリビア」

「お帰りなさい、無事でよかった。怪我は? 病気はしなかった?」

 今をときめく彼女が夢中なもの。

 四十一世世代で初の騎士団団長に就任してまだ二年のジル・サージェントである。

 ジル・サージェントといえば幼い頃に能力持ちとしての才能を一気に開花させ、わずか十六歳で故郷の市の守護隊副長に抜擢された過去を持つ。その話は当然王都に届き、二十歳で王都入り、そして成人した二十三歳の時に超難関の騎士団団長になるための筆記試験を一発合格、研修期間を最短の三年で修め、騎士としての技術と力とそして統率力を認められている。

 非常に真面目で落ちついた男で、浮わついたところもなく上の世代にも評判がいい。それゆえ彼は団長になってから絶えず彼の良きパートナーにと女性を何人も紹介されてきた。初めて女性を紹介されてから二年、彼も真面目に女性たちと対面してきたが不思議と彼の目に留まる女性は現れなかった。

 そんな時だ。

 オリビアと出会ったのは。


「あいかわらずねぇ。」

 三十九世世代騎士団団長の一人、サフィは遠征から帰ってきた彼を嬉々として出迎えたオリビアとそんな彼女を優しい目で見つめるジルに冷やかし混じりで声をかける。

「す、すみません、すぐに移動します」

「あらいいのよ。若い二人に久しぶりの再会で抱擁するな、なんて野暮なことは言わないわ。私にからかわれて照れるあなたを見にきただけだから気にしないで?」

「気にします」

 しかめっ面をしたジルに対して、オリビアはジルの腕にしがみつきそれはもう嬉しそうだ。

「私は見られても平気よ?」

「俺の味方じゃないのか、気にしてくれ」

「あら、味方よ。でも腕を振り払うというならここであなたの顔を押さえつけてキスしまくるわ」

「やめてくれ」

「うふふ。家でしてあげる」

 二人のやり取りをニヤニヤしながらサフィが見ている。

「騎士団団長様もオリビアにはかなわないのかしらねぇ?結婚したらカカア天下ね」

「でしょうね、というすでにそうですね」

 ジルの素っ気ない言い方に怒ることも拗ねることもなくオリビアは笑顔だ。

「お財布の管理は任せてね、得意よ」

「はい、お願いします」


 彼女はサフィの騎士団でお金の管理をする文官の一人だ。高学院(高校のようなところ。職業訓練なども教科に組み込まれている)で好成績を収め、卒業前に募集が出ていた騎士団所属の文官募集に応募、見事合格して今に至る。

 絶えず男からのアプローチを受けて辟易(へきえき)していたオリビアにとって騎士団に所属することで柄の悪い、質の悪い男が寄ってこないというメリットに気がつき、彼女はこのまま文官として身を立てて独身を貫く人生計画まで立てかけていたくらい男に理想を持てなくなっていたかなりシビアな女だった。

 それが今はこれである。

 寝ても覚めてもジル一色なのだ。

 だからと言って仕事を(おろそ)かにすることはない。彼女いわく、『そんな事をしたらジルの評判に関わってしまうわ』だそうで、むしろ仕事の鬼と化してしまった、と職場では影で言われている。


 二人の出会いは必然だ。騎士団で仕事をする文官と騎士団団長。接点は否応なしにあるのだから。

 出会い自体は穏やか極まりないもので、サフィのところにジルが団長に就任した時手続きなどで世話になったお礼の菓子や酒を持っていった時だ。

 これから顔を合わせることもあるだろうとサフィが政務室にいた文官を全員集めて彼に紹介した。当然オリビアはその中の一人で、ジルはその時

『とびきりの美人がいて、ああ、彼女が噂のオリビアかと気づいた』

 と、その程度だった。忙しくて忙しくてそれどころではなかった彼としては仕方ない第一印象だろう。それでも彼女の噂に違わぬ容姿に心惹かれるものがあったのは男の性である。

 しかしオリビアは違った。

『一目惚れ。あ、私この人の妻になるって直感? この人だわ!!って』

 である。

 サフィが彼が正式に職務に就くまでの期間の教育係りを担当していたので、その補佐に誰かついてもらおうと思っていると言っているのに被るように身を乗り出して

『私が。全力でさせていただきます』

 と補佐役を先輩たちを飛び越えてぶん取ったわけである。先輩たちは彼女の迫力に背筋に走る冷たいものを感じて関わらないでおこうと、密かな話し合いで決めた。


 まぁ、一目惚れでそこまで意気込んだ彼女の行動はなんとなく想像できるだろう。

 まさに押し掛け女房というやつである。

 仕事で親しくなってからは個人的に親睦を深めて食事に行き、それを何度か繰り返し、互いの趣味に付き合って、休日を遠出して時間の許す限り一緒に過ごし、過密な公務のジルの為にご飯を作るようになり、ジルの家で一緒にごはんを食べるようになった。ついでに掃除と洗濯まで使用人を押し退けてやってしまう辺りが彼女の行動力の凄まじいところであろう。

 ここまでくればジルだって自惚れなんかじゃなく彼女が自分に好意を寄せていると気付くわけで、それを敏感に察知したオリビアは彼を落とすべく猛然と行動する。


「あなたが好きなの。ジル、好きよ。お願い、私をあなたのものにして? 私はあなたが欲しいの、あなたじゃなきゃ嫌よ。お願い、私を選んで。あなたのためなら何でもするわ」

 そう言った彼女はその時、並んで座ったソファーの上で『ちょっと横になって?』と言って、彼が訳が分からず、とりあえず彼女の言うことは何でも聞いてあげたいと思うようになっていたこともあって素直に寝てみたジルの上にいきなり跨がっている。

「ちょっ、オリビア?!」

「私じゃ駄目?」

「そうじゃない!」

「なら、どうなの?」

「好きにきまってるだろ!!」

「!!ほ、本当?」

「ああ!!って、おあぁ!?」

 跨がられ、そして抱きつかれ、変な声が出たジルは両手でオリビアを突き放す。

「とりあえず退こうか!!」

「どうして?!」

「俺も健全な男だぞ、その、下半身が。」

「‥‥あら、そう? じゃあ証明してくれる?」

 肉食系オリビアに取っ捕まった騎士団団長。


 一応、断っておくとオリビアは『後にも先にも私の身も心も全部を奪ったのはジルだけよ』というのは本当である。

 こうなると、普段から落ち着きのあるジルは、彼女に任せていれば自分達は良好な関係が続くだろうと冷静に判断し、オリビアに好きにさせるようになった。

 当然パンパない行動力のオリビアに好きにさせるわけだから、実はプロポーズも彼女からである。しかも跨がっての告白からわずか一ヶ月のことだった。

 貴族たちにも一目置かれていたオリビアなので突然の騎士団団長との結婚報告は世の中の男達の夢と希望をぶった切ることになったが彼女にしてみればそんな事は関係ない。


「ジル、帰りましょ?」

「あぁ。そうだ、お土産を買ってきた」

「本当? なぁに?」

「帰ってからのお楽しみに。サフィ団長、先に失礼します」

「ええ、ゆっくり休んでね。」

「はい。ありがとうございます。」

「団長、明日朝から勉強会で使う資料の最終確認の予定入ってますが、変更なしで大丈夫ですか?明日見て頂かないと団長の予定を圧してしまうので」

「大丈夫よ、ごめんなさいね、あなたもジルと休みを合わせてあげたかったんだけど」

「とんでもない! 明日働けば私連休ですから」

 そして満面の笑み。

「それに明日は予算編成で不備があったことについて先輩に確認しなくてはならないので。それをはっきりさせないと休みに悩んでしまいそうですから」

 先輩が、明日悪魔の笑みを浮かべるオリビアに徹底的に追及され、そして説教される姿を思い浮かべ、ジルとサフィは心の中でだけ、その先輩の心がへし折れて退職しないことを祈のりつつエールを送ることにした。

「俺がいなかった一ヶ月の間も仕事は順調そうだったみたいでなによりだ」

「ええ、皆良くしてくらるからやりがいもあるし環境もいいし。」

 ジルと久しぶりに腕を組めて嬉しくてたまらない顔をして、オリビアは笑顔だ。

「楽しいわ」

「そうか」

「ええ」

「ご機嫌だな」

「だってジルが帰ってきたもの」

「そうか」

 この美女が心底嬉しそうに恥ずかしげもなく言い切る姿をすれ違う人が見ると、全員がなぜかテレるのだから、美女の幸せオーラを撒き散らす笑顔というのは破壊力がある。


 ジルとしては、なぜこんなに想われているのか疑問に思うこともある。付き合い自体、正直言って短くて、今回のように騎士団が遠征になれば会えない日々が続き不安にさせることもある。もっと言えば、最悪遠征先で命を落とし二度と会えなくなる可能性だってある。騎士団団長といえど、死なない保証なんてない。オリビアにはもっと相応しい男がいる気がしてならないのに、それでも彼女が待っているのは、一緒にいるのは、自分だということに間近に迫った結婚を前になぜかジルは気後れのようなものを感じてしまう。

「オリビアに聞きたいことが」

「なあに?」

「どうして、俺なのか」

「え?」

「どうして俺を選んでくれたのか今でもわからない。一度聞いてみたいと思ったんだ」

 その瞬間、彼女がひどく驚いた顔をして、ジルが居心地の悪そうなぎこちない笑顔を向ける。

「い、今さらなことを聞くのね」

「そうかな。ずっと気になっていた」

「好き、の一言ではダメ?」

 彼女が妙に照れくさそうに、珍しくうつむいてほほを赤く染める。

「その……私は、前も話したけど一目惚れ?のようなもので」

「俺は一目惚れされるような顔ではないが」

「それでもしたんだからしょうがないでしょ? それに、その」

「ん?」

 珍しく言い淀む彼女の顔を覗き込むと、困ったような顔をして、耳まで赤くなっていく。

「女の勘。雰囲気とか、話し方とか、色々、私はこの人と幸せになる、絶対私を世界一愛してくれるのはこの人って、思っちゃったのよ」

「……初日で?」

「初日で」

「速いな、決断」

 ジルが吹き出すように笑い、オリビアはムウッと膨れっ面で恥ずかしさを誤魔化す。

「私の長所よ、思い込みと決断力の速さは。どれだけ苦労したと思ってるの、なかなか私の誘惑に誘われてくれない誰かさんの隣に立つまで」

「大変だったよ、誘惑に打ち勝つのに」


 きょと、としたちょっと間抜けな顔も美人がすると絵になるなぁなんてジルが思った瞬間に、今度は凄まじい怒りが滲む迫力満点の顔ですごまれて、ジルはタジタジ。

「どういうこと」

「こ、怖い怖い、オリビア顔が怖い」

「そんな話聞いてない」

「いや、言ってないし」

「いつから」

「ええ? いつっていわれてもな」

「いつからなの!!」

「うっうーん? 多分、二人でご飯食べるようになった頃には」

「そうなの?!そう、だったの、なんだ」

「オリビア?」

「そう、良かった」

「え?」

「良かった」

 今度は急に、意気消沈したと思えば今にも泣きそうな顔になり、実際にみるみるうちに顔が歪んで目に溜まった涙が溢れる。

「どうした、オリビア」

 親指で優しく、戸惑いながらも涙を拭うジルを子供のような遠慮ない泣き顔でオリビアが見上げた。

「あなた、優しいから。」

「ん?」

「私のワガママに、流されてるだけ、付き合ってくれてるだけ、そう思うこともあったの」

 彼女なりの苦悩だろう、それを告白されて、ジルが苦笑した。

「……ごめんな、俺は俺でオリビアに甘えていたから。そういうことを言わなくても分かってくれると思い込んでた」

 涙を拭う手とは反対の手で頭を撫でる。

「プロポーズも先に言われた」

「え?」

「これでも、考えてたんだよ。こんな美人を捕まえておくのに、恋人の肩書きはあんまりにも心細いなと。……結婚式までに、その事を伝えようと思っていたんだ、今がその」

「ちょっと待って」

「うん?」

「言ったらダメよ」

「……うん?」

 ジルが笑顔で首を傾げた。

「ジルにプロポーズなんてされたら死んじゃうじゃない!!」




 想像するだけで悶絶してしまう、プロポーズされたら悶絶死してしまうとして、オリビアからプロポーズ禁止命令を下されたジルである。

 あれから数日、再びこんなやり取りを交わしていた。

「どんな風に悶絶するか、見てみたい気持ちもあるんだが」

「嫌よ、なんにも手につかなくなっちゃうから絶対ダメよ。ベッドでたくさん愛して可愛がってくれるから悶絶してるでしょ。それと一緒よ」

「いや、それはどうかと……。違うだろ」

「一緒よ、絶対。いいわね、時々愛情示してくれたらそれでいいんだから。あとは私が全部するよの、ずっとね」

 食事の用意をしているオリビアの後ろ姿。プロポーズば断固拒否、そんな気配がする。

 普通喜ぶんじゃないのか? と思い、笑いが込み上げるとその気配を察したオリビアが不機嫌そうに振り向いた。

「なによ」

「いや、もう、本当にうちはオリビアに任せておけばいいんだなぁ、と。余計なことはしない方がいいかな?」

「そうよ、私に任せてちょうだい。何処へ行っても私の所へ帰って来てくれればいいんだからあなたは」

「ああ、そうだな。それでなんだけど、オリビアに聞いてもらいたいことが」

 笑顔に僅かに混じった不敵な笑みを、オリビアは見逃した。

「うん、なにかしら」

 油断大敵である。騎士団団長相手に、油断してはいけないし、隙を見せてはいけない。


 優しい笑顔で唐突に、他人が聞いたら吐きそうな甘々なプロポーズをされたオリビアは、その後一週間本当に何も手につかず、人生初の仮病で仕事を休んだ。

 そして、彼女が悶絶する姿は本当に自分しか知らない顔、息づかい、体の捩り方をすると発覚して、ジルはプロポーズしたことを結構後悔するのである。

「二度と言わないで」

と、半泣きで言われたら、まぁ、言えるわけがない。


 愛する男にプロポーズされて、愛する男を後悔させる。

 なかなか稀有な女、オリビアである。


ジルのプロポーズの言葉は読者様のご想像にお任せします。丸投げともいいますが。


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