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Episode-76 『交差する世界・超清純派女優の場合②』


「しかし、変わったところで会うものですね。ほんと人生はわからないものですよ」


「ここは人生というレールからはだいぶ外れていると思うがな」


「そういう素直じゃない感じの言い回し…。変わりませんね、二ノ前先生」


「生まれ持った性根は簡単には変わらんだろう」


 先程の混乱とは打って変わって、私と二ノ前先生は二人対面にテーブルに座っていた。その間には熱せられたたこ焼き器。

 そして、


「ふっふ~ん、そろそろ頃合いやな」


 紗凪ちゃんはというとたこ焼きの生地とタコをテーブルに置き、準備完了と言った感じでテーブルの横に立っていた。

 ちなみにもう一人の姿はここにはない。当然だ、部屋に引っこんでしまってから一切の音沙汰がないんだから。ちなみになぜ引っ込んでしまったかは今は不明だ。


「さぁ~、焼き始めまっせ」


 そんなことを考えているうちに紗凪ちゃんが慣れた手つきでたこ焼きの生地をたこ焼き器の中へと流し込む。

 なんやかんやで紗凪ちゃんの料理は初日に食べて以来だ。わくわく、わくわく!

 まぁ、難しいことを考えるのは一端保留してここは紗凪ちゃんのたこ焼きに集中しますかね。


 ――ん?

 そんな風に目の前でつくられるたこ焼きもとい、たこ焼きを焼く紗凪ちゃんを楽しんでいるとふと二ノ前先生の熱い視線がたこ焼き器に注がれていることに気付く。

 そして紗凪ちゃんもそれに気づいたのか、


「こうして見るん珍しいですか?」


 と二ノ前先生に問いかける。

 すると二ノ前先生の方は「ん、いや」と軽く否定すると、


「普通に少し楽しみなだけだ。それによく考えたら、ここに来てから人のつくった料理を食べていないしな」


「はぁ?」

「…ご飯とかどうしてたんですか?」


「それはもちろん、メイドイン百合神だ。初日からあいつに声かけて毎食出してもらってた。ちなみに味はいいんだけど、何故かどれも常温だから寿司とかはいいんだがカレーとかはぬるくて最高とは言い難い出来だった」


「うわっ、マジですか? よー、最初からそんな怪しいもん食えますね」


「そうか? さすがに毒を出すようなことはしないだろう」


 逆に不思議そうにしながら二ノ前先生が答える。


「へぇ~、うちらの生活からしたら考えられませんね。つーことは、鬼村って子もそんな感じなんですか?」


「鬼村? 誰だそれ?」


「いやっ、あんたの相方や! え、マジで名前も知らへんの!?」


「あー、初耳だ。そっか、鬼村って言うのか」


「マジかいな…」


「マジだ。ちなみにあいつはたしか自分のぶんの料理は冷蔵庫の食材で作って食ってたぞ」


 …というか、紗凪ちゃん凄いな。私が二ノ前先生と会ったのは一回だけだけど、その一度の邂逅でこの人が天才漫画家であると同時にかなりの変人であることを十分にわかった。

 それは相方さんと上手くいってないどころか名前も知らないという衝撃の事実だけでも十分に理解できるだろう。


 そんな二ノ前先生にグイグイいって普通に話してる。しかも、話ながらも手はしっかり器用に動いてる。すでにたこ焼きが完成しそうだ。

 職人気質っぽい紗凪ちゃん、かっこいい~。


「ま、ええわ。まずその辺はお腹膨らましてから考えるとしましょか」


 そして、専用のピックでクルリと綺麗な丸になったたこ焼きを私と二ノ前先生の前の準備された舟皿へと乗せていく。

 ちなみにこれはこっちの方が雰囲気がでるということで紗凪ちゃんが前日に百合神様に発注したものだ。確かにこれの方がお店で売ってるっぽくなって気分も盛り上がるしね。紗凪ちゃんの素晴らしい気遣いである。


「はい、お待ち」


「わぁ~、美味しそう」

「美味そうだな」


 その見事な出来に私と二ノ前先生の声が被る。


「どうもです、ソースマヨネーズかつおぶし青のり等々はお好みでどうぞ」


「は~い」

「望城、ソースとってくれ」

「…一応、今は虹白なんでそっちで呼んでもらえるとありがたいです」


 そうグチりながら二ノ前先生にソースを渡す。


 ちなみに私は紗凪ちゃんから提示されたトッピングを全部使ったのに対して、二ノ前先生はソースだけ。

 人の味覚にちょっかいをかける気はないけど、それ簡素過ぎません?

 たこ焼きには少なくともソースマヨネーズかつおぶし青のりはマストでしょ!


 っと、いけないいけない。

 せっかく紗凪ちゃんが私のことを思って焼いてくれた(願望だけど)たこ焼き。さっきも思った気がするが余計なことは脳から外して今はこれにだけ意識を集中しよう。

 

「いただきます」


 両手を合わせ、つまようじを手に取る。

 ちなみに前回のお好み焼きで私はその熱さにより紗凪ちゃんの前で醜態をさらしてしまった。今回にその教訓を生かさない手はない。

 

 まず一つ。前回はホットプレートから直食いだったが、今回は一度皿を経由している。だから前回より熱さのランクはダウンしているはず。

 そして、もう一つ。今回の私は前回の反省を生かして熱さに対する覚悟をしっかりと口に入れる前に決めることができた。


 ――つまり今回は心配いらずのオールオッケー。今回こそはグルメ番組顔負けのリアクションをとってあげる♪


 意気揚々とつまようじを口元に持っていき、


「はむっ」


 と口の中にたこ焼きを放り込む。


「むぅ―――!?!?」


 そして、口の中で熱さが爆発した。


 そう賢明な人ならたこ焼きは中に熱が閉じ込められているから、そんじょそこらでは冷めないことには気づくだろう。つまり、私は賢明な人ではなかったらしい。

 いやっ、普段なら気付くよ。でも今回は紗凪ちゃんがつくったたこ焼きなわけだし! 案の定、私は冷静さを欠いてしまったという訳だ。

 

 というか、ヤバい! 尋常じゃなく熱い!

 完全にお好み焼きのときのデジャブだ、なんで学習しないかなー!!


 そんな私の様子に気付いたのか紗凪ちゃんが慌てて「夜さん、お茶お茶!」と冷たいお茶をグラスに注いでくれる。

 しかし、


「んっ」


 とその紗凪ちゃんの助けを私は手で制した。

 お茶で流し込むのは簡単だ。でもそれじゃ紗凪ちゃんが初めて作ってくれた初めてのたこ焼きを味わったとはとても言えない。

 ゆっくりだ、ゆっくりと口内で味がわかる程度まで冷ます。それだけできれば後は、


 もぐもぐもぐもぐ。


 多少の火傷覚悟で咀嚼すればいいだけだ!! 愛の力で!!


「――うん、美味しいね♪」


 そして私は心からそれを味わい、そう紗凪ちゃんにニコッと笑いかけながら心からの感想を伝えた。口内の軽火傷と引き換えに。

 

 うん、お好み焼きの時よりかはマシになったかな。

 そんな私に紗凪ちゃんは「ふふっ、どうも。でも慣れてないと焼き立て丸々口に入れたら火傷してまいますよ」とクスリと微笑んでくれる。

 ああ、可愛い。もう火傷してしまったけど、そんなの気にならないくらい可愛い。なんてっ、なんて可愛いのさな―――、


「ん、確かに旨かった。ごっそさん」


 が、恒例の紗凪ちゃんを愛でようとした私の心の声を二ノ前先生の声が遮る。

 ああっ、そう言えば二ノ前先生もいたんだった。紗凪ちゃんの相変わらずの可愛さに目をとられて完全に失念していた。普通に二人っきりのいつもの感じになってたね。

 ………って、ん?


「もう食べ終わったんですか?」


「ああ、十分満たされたよ」


 見れば確かに二ノ前先生の舟皿からは八つのたこ焼き全てが消えていた。

 はやっ!! というか熱くなかったの、この人!?


「おかわりとかはいらんのですか?」


「いいや。腹いっぱいだと作業効率下がるしな」


「はい?」


 いま作業効率って言ったの、この人? この場所で何の作業?

 紗凪ちゃんもその言葉の意味がわからなかったのか小首を傾げている。可愛い。


「じゃあな」


 そして、そのままあろうことか二ノ前先生は自分の部屋へとテクテクと歩き出してしまう。


「って、どこ行くんですか二ノ前先生」


「ん? 自分の部屋で漫画描く作業に戻るだけだが」


「「はい???」」

 

 そして、私と紗凪ちゃんの純度百パーセントの疑問の声を背に「んじゃ、三日よろしくな」とだけ言って二ノ前先生が自分の部屋へと引っ込んでしまった。


 宿泊学習が始まって約三十分。

 何故か、メインルームには三十分前と同様に私と紗凪ちゃんだけが残されてしまった。


 そして、


「紗凪ちゃーん」


「なんですか? 夜さん」


「思ってた十倍くらい問題児だね」


「ええ、全くその通りですね。こりゃえらい難儀なことになりそうや」


 紗凪ちゃんと顔を合わせ、私たちはこれから三日間であの二人の仲を近づけなけらばならないことを想像して二人で困った様に笑い合うしかなかった。


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