Episode-75 『交差する世界・超清純派女優の場合』
あれ? この人どっかで見たことある気がする。
最初見た瞬間にそう思った。
だが、それだけでどこで会ったのかさえもすぐには思い出せなかった。
ここまで、ここまでは出てきてるんだけど最後の一押しが足りない。そんなもどかしい感覚。
「ん? 望城レイン?」
しかし、その一押しはあろうことか向こうからやってきた。
望城レイン。その名を聞いた瞬間に昔の記憶がパッと頭の中に浮かび、それがその人物の存在と繋がる。
そうだ、この人は…!
「ああっ! 二ノ前先生!!」
思わずそんなハッとした声が口から漏れる。
そうだ、そうだそうだ。この人に会ったのは一度だけ、でも実は結構印象に残っている。
だって、あれは私の初めて主役を演じたアニメだったんだから。
…って言うか! 何でこの人、わざわざ昔の芸名で呼んだの!?
そして、一拍遅れてそんなツッコミが心の声で炸裂する。
望城レイン。
それは私が顔出しNGの学生声優として活動していたときの芸名。ちなみに顔出しNGを徹底していたため最後まで外部に私の容姿が漏れることはなかったし、世間は現在も虹白夜と望城レインが同一人物だということは知らない。
知っているとすれば身内と一緒に仕事をしていた人たちだけ。
――そして、その私の初主演アニメで原作を担当した漫画家の二ノ前ユキ先生もその一人だ。
それ故に、初めてというか唯一二ノ前先生と会った時の私の名前は確かに望城レインで合ってるんですけど…今それを言ったら困惑するでしょうよ!
誰がって? もちろん、紗凪ちゃんが!
「???」
そして、そんな私の予想通りに横にいる紗凪ちゃんはいきなり出てきた謎情報にまさにポカーンって感じ。
あー、可愛いなぁもう!
「…えーっと、これってどゆことです?」
そして、その「なにがどうなってん」的な顔のままに紗凪ちゃんが色んな意味のありそうな疑問を私の顔を困った表情で見つめながら口にする。
あー、可愛いなぁもう!!
しかし、そう惚気てばかりもいられない。
「あーっとね」
――さあ、久々のこの感じが来ました。
脳細胞を最大限働かせろ、私。この場合どうするのが最善だ。
適当に誤魔化す? 素直に説明する? 嘘を吐く?
もちろん二択目だ。ここで更にあからさまな嘘で過去を塗り固めるのは愚策だ。確かここに来て最初に紗凪ちゃんには私が有名女優になる前にはエキストラ的なことをしていたと嘘をついてしまった。ならその無銘エキストラ時代の前に声優をしていたということにすればいい。
実際に私が声優から女優に転身するまでには少しの空白期間が存在している。ならば時系列的にも矛盾はない。その空白期間がエキストラ期間にすっぽりハマる。
よし、これでいこう。
この思考から結論に至るまでの間わずか数秒足らず。ふふっ、さすが私。やはり切羽詰まった状況に追い込まれれば力を発揮できるね。
「紗凪ちゃんには言ってなかったんだけど、私女優になる前は少しアニメとかに声を当てる声優としての仕事もしてたの。そんときの芸名が望城レインってこと」
「ええっ、すごっ!? そんな過去もありはったんですか!? やっぱ夜さん多芸ですね」
「えへへ~、そう?」
そして、私の判断は大成功。
紗凪ちゃんからお褒めの言葉を頂いちゃいました~。照れるな~。
やっぱ正直に答えるのが一番だね。今回は正直者が馬鹿を見ませんでした!
「その仕事であのメガネの人と会うたってことですか? 凄い偶然ですね」
「うん、私が出たアニメの原作があの人のデビュー作だったの。というか、この前紹介したあの少女漫画も作者はあの人だよ。漫画家の先生で二ノ前ユキさんって言うんだけど――」
「「えっ!?」」
サラリと言った私の言葉に紗凪ちゃんが再び驚きの声を漏らす。
まあ、驚くよね。私も驚いてるもん。凄い偶然。
………って、ん? 今、声が重ならなかった?
紗凪ちゃんも私と同じ疑問を持ったのか「ん?」と不思議そうに首を傾げる。
その声は前から聞こえてきた。つまり今の状況から判断するとその声の主は一人しかいないわけで…、
紗凪ちゃんと一緒に視線を前に向ける。
そこでは二ノ前先生と一緒に入ってきたモロヤンキーオーラ満載の女の子がまさに唖然と言った表情を浮かべて二ノ前先生の顔を凝視していた。
…これは知らなかったパティーン?
まぁ、百合神様の話じゃお互いに不干渉っぽいしそうでも全然不思議じゃないか。それにしても驚き過ぎな気もするけど…。
「えっ、えっ…!? にっ、二ノ前先生…? あなたが…?」
ヤンキー少女の口から出た声は、思った以上に女の子っぽく可愛らしかった。しかし、その声が何故か震えている。
そんな少女に対し二ノ前先生は特に変わらず、
「ん? ああ、そうだが」
「――……『スター・マリッジ』のですか?」
「そうだな」
「――……『シンデレラの夜空』のですか?」
「おっ、それは二作目だな。よく知ってるな」
その簡素なやり取りを重ねるにつれて、傍から見てもわかるほどにヤンキー少女の顔が朱に染まっていく。
そしてそのやりとりを終えると、ギギギと音の鳴りそうな程の小刻みな動作で首を横に曲げて私と紗凪ちゃんに顔を向けてきたかと思うと、
「え――――っと…」
「「え―――――っと…?」」
「し、失礼します!!」
もうダッシュでプライベートルームの方までダッシュで向かって行ってしまった。
えええええっ!? どういう心理状態による行動!?
「あっ、そこうちの部屋やで!」
「ええっ、ごめんなさい!」
「あんたの部屋は右側のどっちかや! っていうか、なんでいきなり逃げるん!?」
そして、ヤンキー少女は一度紗凪ちゃんのプライベートに入ろうとしてしまうほどに焦りながら、バタンと勢いよくドアを閉めると自分のプライベートルームへと消えていってしまった。
当然のその突飛過ぎる行動にポカーンとするしかない私と紗凪ちゃん。
そんな私たちに向かって、
「おい、私がおかしいのか? 全く状況が理解できないんだが…」
と私たちの心を代弁したかのような疑問を二ノ前先生が投げかけてきた。
まぁ、とりあえず一個だけわかったことがある。
これは中々に骨が折れそうなミッションになりそうな気がするよ。




