Episode-73 『ランクインと大事な話・百合神の場合』
私は画面越しの音木紗凪と虹白夜に新たな計画改めお願いを打ち明けた。
そして、その反応はというと、
音木紗凪の方へ「ほぉー」と壁に投影された文字を見て興味深そうに声を上げたのに対して、虹白夜の方は難しそうな表情を垣間見せながらその文字を静かに見つめていた。
どちらとも予想の範疇を出ない反応だ。
女子高生の方は、単純に自分たちと別のペアの正体に興味を引かれているのだろう。
そして、女優の方はそのペアと出会うことによるデメリットを考えているのが何となく想像がつく。
…まぁ正直なことを言えば気持ちはわかる。初日から私に百合好きを公言してきた女優からしてみれば、今の二人で上手く回っている空間に不確定要素が入ることが純粋に不安なのだろう。
――まぁ、それも含めていろいろ検討した結果強制参加の様な形ではなく私からの拒否可能なお願いとしてこの計画を告げたのだがな。
正直、こればかりは計画が始まるもいきなり頓挫するも二人任せ。それに5組には順次この計画を打ち明ける流れではあるが、こやつらはそのトップバッター。それ故にどんな結論を下すか完全に予想ができない。
「一応もう一度言っておくが、別に拒否しても大丈夫だぞ。その場合はワースト5の関係回復には別の手段を考えるさ」
そう本心をそのまま話す。
すると、女優の方がゆっくりと手を上げながら、
「すみません、その百合神様のお願いを聞くかどうかを判断する前に2つ3つ質問をしても大丈夫ですか?」
と質疑応答を求めてくる。
ふむっ、当然も当然だな。それくらいは想定通りだ。そして、その女優に同調する様に、
「あっ、うちも一個聞きたいわ」
と女子高生の方も手を上げる。
「ん。なら紗凪ちゃん、お先にどうぞ」
「あっ、ええんですか?」
「うん、全然いーよ」
そして、そんな会話を経て「じゃあ、お言葉に甘えて」と女子高生がこちらを見る。
「じゃあうちから質問や。そのワースト5いうんはどんだけ仲悪いん? 四六時中喧嘩しとるとかや流石にないんやろ?」
そして、そんなことを聞いてきた。
なるほどな、確かに同じ場所で暮らすのだから大事なことだな。こいつにしては中々いいことを聞くではないか。嘘を述べる理由は存在しないな。
「いや、仲が悪いということはない。それに厳密に言うならばこの百合の箱庭にはお互いに反目し合っている様なペアは存在しない」
「? ならなんでワーストなん?」
「それは簡単だ。ワースト5その全ての関係性を説明するには、一つの言葉で足りる。それは無だ」
「無?」
「ああ、その5組全てが初日以外ほとんど口を利いていないのだ。個々人で自由に活動し、相手に干渉しない。もちろん、お前たちの様に二人で花見になどにも行っていない」
はー、結構気合い入れて作ったのになぁ…。
と、いかんいかん。思い出したらまた少し凹んできた。
「はぁー…? なんやそれ、そんなの暮らしにくくてしゃーないやろ」
「そやつらはそう思っていないということだ。世の中、色んなやつがいるものだ」
「むぅー、納得いかへんなぁ…」
その言葉通り、顔にも「理解できない」といった表情を浮かべながら女子高生が腕組みして口をへの字に曲げる。
まぁ、初日からほぼ毎日二人一緒に過ごしているこやつらからしたら、その生活は不自然に映るのだろうな。
そして、それで女子高生の質問は終わりととったのか、女優の方が「じゃあ次は私が」と手を上げる。
ん? なんだ? 心なしかその瞳が鋭く光っている様にも見える。
だが、あえて突っ込むほどではないことの気がしたため「ああ」とだけ答える。
「その二泊三日の宿泊学習ですが、場所はどこで行うのですか」
「それは今お前たちがいる空間になる。その3日間だけ、2人分のプライベートルームを新設してメインルーム、運動場、風呂場、トイレはそのままの予定だ。4人で暮らすにしても不便はないだろう」
「なるほど。では、もう一つだけ。その二人が私たちに悪影響を与える可能性は?」
「…どういう意味だ?」
「そのままの意味です。その二人の人間は、一緒に暮らす私たちに何らかの被害をもたらすような悪人ではないですよね、という確認です」
そこで初めてその鋭く光る瞳の理由をなんとなく理解できた。
なんのことはない、こやつの行動原理は最初からずっと同じなだけ。今回もこの新たな二人と関わることにより音木紗凪にとってマイナスなことが無いかだけがずっと気にかかっていたのだろう。そして、そのマイナスがあった場合、この女優は絶対に首を縦には振らない。そんな確信があった。
――まったく、ブレないやつだ。
だが、その強い想いはどこまでもこの百合の花園に相応しく好ましい。
フッ、さすが私に初日から電話で宣誓を行うだけはあるな。
「ああ、それも心配ない。以前にお前たちをとある条件の元に選んだと言ったな。それは当然ながら、他のペアも同じだ。そしてその条件の一つに『悪人ではないこと』も入っている。それ故に、全員が人格者という訳ではないが、少なくともこの百合の花園に悪人は一人も存在しない」
その相方を心配する想いに応えるように、正直にそう答える。
そして、私の答えに納得したのか「そうですか」とホッと息を吐き、女優の質問が終わる。
「さて、これにて質疑応答は終わりか。どうする、こちらとしては今日中に決めてくれれば構わないが――」
「うちは別にえーで」
そんな風にすぐに答えを出すのは難しいのではないかと、気遣って考える時間を与えようとするがそんな私の気遣いを何のそのでKYJKがそう答える。
…まっじで、雰囲気とかガン無視だなこやつ。
だが、まあいい。その答えは私にとって向かい風。そしてもう一人はというと、
「私も紗凪ちゃんがいいなら断る理由はありません」
そう同じく了解を示した。
その言葉通り、不安要素が取り除かれた今は音木紗凪さえ賛成すれば何の問題もないのだろう。清々しい程の音木紗凪ファースト。流石だな。
「――感謝する」
そして、二人の了承を得られたことでミッションの決行が決定された。
短く礼を述べ、そしてパチンと指を鳴らす。
それに連動するように彼女たちのメインルームのテーブルの上に1枚の紙を転送された。
「詳細はその用紙に書いてある。では、これにて私は失礼するよ。お前たちとの邂逅で関係改善が行われることを願っている。ではな」
「ああ、まかしときぃ」
「できる限りのことはします」
軽くエールを送り二人の意気込みを聞き届けて、ルーム01との通信を切る。
「――ふぅー、上手くいったな。さてと、あと4組。全部、了承してくれればいいのだが」
そして、私は再びお願い作業を再開するのだった。
――頼んだぞ、音木紗凪・虹白夜。




