Episode-EXTRA7 『ルーム13・リビドーの申し子の場合②』
「ってなことがあったわけですよ~。で、その呪いの誓いのせいで私は19歳になった今も自分を慰めるばっかりで純潔が守られてる訳よ。いやぁ~、おいたわしや~」
過去を話し終えた私は「ふぅ~」と息をつきながら、残っていた牛乳をグビッと飲み干す。
あー、思ったよりも長い話になっちゃったな。牛乳がぬるくなっちゃってるよ。
でも、ミチルちゃんは私が話している間は席を立たずに黙って聞いてくれていた。うんうん、ミチルちゃんいい子だよね。
「で、どうだったこの話?」
一応、私の昔話の感想が気になりそう問いかける。
するとミチルちゃんは「はぁー」と大きく息を吐くと、
「…高級和牛のハンバーグってあるじゃないですか。焼き加減も最高で肉汁がしっかり閉じ込められてるやつ」
といきなりそんなことを言い出した。
当然、私は意味がわからず「?」と首を傾げる。急にどうしたんだろ? 私の話が長すぎてお腹すいちゃったのかな?
「それをカビの生えたカッチカチのバンズで挟んで作ったハンバーガー、みたいな話ですね」
「……ん? えーっと、どういう意味?」
「そのまんまの意味ですよ。そのお婆さまとの深い関係性の件は良かったんですけど、その前後が心の底からいりませんね、必要性皆無です」
「いやいやいやいや、そこを無くしちゃったら呪いの誓いが何なのかわけわかめじゃないの!」
「古い、そしてその呪いの誓いってやつも大業な名前なのに蓋を開けたらしょうもな過ぎるんですよ。結局あなたがエロいってだけのことでしょ。というか逆によかったじゃないですか、その約束がブレーキになって」
「そうかなぁ~、せっかく若さの衝動をこの身に宿してるんだからそれをただ自己の中で完結させるのは勿体ないでしょ」
「…なんかわざと小難しく言って、高尚に見せようとしてません?」
「だってそのまんま言うとミチルちゃん怒るじゃん。私は別にそのまま言ってもいいんだよ、毎日毎日湧き上がる欲望を発散するために私はじいこ――」
「あー、わかったわかりました!! わたしが悪かったですよ!!」
私の言葉を途中で遮り、ミチルちゃんが大声で手をブンブンと振る。
――ふむっ、うすうすは気付いていたけどミチルちゃんって初心だよね。
あっ、そういえば…。
「そういやミチルちゃんって恋人いる?」
そんなことが話しているうちにふと気になって何となく聞いてみた。
すると、
「答える意味がありませんね」
とミチルちゃんは椅子から立ち上がり、テーブルの上のお皿を片付け始めてしまう。
だが、その反応は答えているようなものだ。
「えー、いないんだぁ。ミチルちゃん可愛いのにもったいない」
「…答えてないんですけど」
「はぐらかすのは肯定だぜぃ、それに何となくそんな気はしてたしねぇ~」
私のそんな適当全開な言葉にミチルちゃんの方も「なんですか、それ?」と呆れた様にため息をつく。
そして、そんな呆れ全快ながらもキチンと私の食器まで片づけてくれるミチルちゃんはやっぱりいい子!
「でも、まあそれはそれでよかったかな。これから一年間、恋人いない歴イコール年齢の生娘同士仲良くやってくとしようじゃありませんか♪」
「…ひじょーに不愉快な括りですね」
「そう? 愉快だと思うけどなぁ~。…あっ、そうだ。私が一応これからの生活に必要だったからさっきの話を話したんだけど、ミチルちゃんも私に言っておきたいこととかある?」
その言葉にすでにキッチンへと移動して、皿洗いに取り掛かろうとしていたミチルちゃんは「あー」と考えるように声を出すと、
「私ってここに来てから「相方を新井谷さんから別の人に変えてくんないかなぁ~」って百回ぐらい思いましたね」
「ええっ!?」
とそんな衝撃の告白をしてきた。
うっそでしょ!? まだここに来て十日しか経ってないんだけど!! 一日十回以上もそんなこと思ってたの!?
しかも、そんなとんでもない暴露をしておいてメッチャ普通に皿洗いを始めちゃってるし!! マイペース! マイペースですよ、この子!!
そんな風に私は内心でツッコミを入れる。
「ちょっと、ミチルちゃ――」
「でも」
そして流石にその衝撃を内から外に溢れ出ない様にするのは不可能なので、とりあえずその理由を問いただそうとしたところでその問いかけはミチルちゃんの短い否定で遮られた。
「今までは得体の知れない異常者としか思ってませんでしたけど、…まあバックボーンが見えたことでほんの少しですが得体が知れました。これからは常人よりも些か性欲が強くて尚且つお婆ちゃんっ子のお馬鹿さんと認識しようと思います。今はさっきまでよりかは「相方変えてくれ」とは思ってませんよ」
「……そっ、そう」
しっかりとお皿を洗いながら、クールな口調でそんなことを言うミチルちゃん。
…正直に言おう、少しキュンときてしまった。やばい、私ちょろいのだろうか?
冷静に考えれば褒められてないし、それどころかちょいとディスられてるけど…でもまあなんというか悪くない気分だ。
「もぉ~、急にそんなこと言ってミチルちゃんは悪い女だなぁ~」
「は? 何をまたわけのわかんないこと言ってるんですか?」
「いやぁ~」
マジで訳の分からないといった表情を浮かべるミチルちゃんだったが、私にはさっきのちょいデレがあったからかそれもツンデレのツン状態にすら見える。
まあミチルちゃんがツンデレだとするならば、現状デレ成分が少なすぎるけどね。
なんにせよ、よく考えたらこれだけ自分のことを打ち明けた人は初めてかもしれない。
家族には当然この私の秘めたるリビドーなど打ち明けることなどないし、友達にはお婆ちゃんの約束のことも言ったことはないかもしれない。うん、よく考えたらない。
一応お嬢様学校には通ってたけど、流石に『男に肌を見せるのは結婚してから』ってのは……………――――――――――!!!!
何の気なしにそんなことを考えた瞬間に、私の頭に雷が落ちたかのような衝撃が走った。
とんでもないことに気付いてしまったからだ!
そうだ、そうだそうだ、そうだそうだそうだそうだ!!
「うおっ!?」
バン、とテーブルに両手を叩きつけて立ち上がる。
ミチルちゃんが心底ビックリした様な声を上げるが、私はそれどころではなかった。
「ミチルちゃん!!」
大きな声でギョッとした顔でキッチンからこちらを見つめるミチルちゃんの名前を呼ぶ。
「声がでかい! どうしたんですか?」
「とんでもないことに気付いちゃった! 呪いの誓いをすり抜ける方法を思いついちゃったよ!!」
「…それはよござんしたね。でも、いま気づいてもあと一年は待たなきゃですよ」
「ううん、その必要はないよ」
「?」
首を傾げるミチルちゃん。
自分の今の顔は当然見えないが私は恐らく凄く得意げな表情を浮かべていることだろう。
「簡単なことだったんだよ、解釈を広げればよかったんだ。なんで今まで気づかなかったのかな、いやきっとこのときのために気づかなかったんだよ」
「何で自問自答して――」
「ミチルちゃん!!」
今度は私がミチルちゃんの言葉を遮る。
「もう一度言いますよ、声がでかい! そんな名前を大声で呼ばんでも聞こえてるんですけ――」
「付き合って下さい!!」
その瞬間にメインルームを沈黙が支配した。
そして、「「………」」と無言の時間が少し経過したところでミチルちゃんが先に、
「…………気でも触れましたか?」
意味不明といった表情で口を開いた。
「いやまったく、正気百パーセントだよ。うんうん、だって『男に肌を見せるのは結婚してから』それは裏を返せば女の子になら結婚前から肌を見せてもいい。つまり恋人が女の子ならエロいことをしてもいいんだよ」
「超解釈すぎんでしょ!? それにあんた頭の中そればっかか!? 天国でお婆様が泣いてんぞ!!」
「フッフッフッ、うちのお婆ちゃんはそんな小物ではないよ」
「知らん! つーか、そんな告白受けるわけねぇだろ!!」
そう言ってプイッと顔を背け、皿洗いに集中し始めてしまうミチルちゃん。
「―――はっ!?」
そして、私は気付いた。今の言い方ではまるで私がミチルちゃんの身体だけ目当てみたいに思われてしまうかも!?
いや、ミチルちゃんはそう思ったに違いない。それできっとショックを受けちゃったんだ! 私の馬鹿、恋人(予定)にそんな思いをさせてしまってはダメでしょ!!
「誤解だよ、ミチルちゃん。私は別にミチルちゃんの身体だけが目当てなわけじゃない。なんというか…えーっと…そう、きっとこの言葉にできない感情が恋なんじゃないかと思う」
「…なにを急に謎の釈明をしてるのかわかりませんが誰もそんなとこで引っかかっては――」
「だから、ホント不束者ですがこれからミチルちゃんに相応しい恋人になれるように努力するし、もちろん一生を懸けて幸せにするつもり。その覚悟も――きっと私にはある」
「…おーい、新井谷さん。私の声聞こえてますかー? …うん、だめだな、こいつ。完全に自分の世界に入ってやがる…意思疎通が不可能だ」
ミチルちゃんが何やら言っている気がするがあっぷあっぷでそれどころではない。
さっきはあやふやだったが告白を言葉にするうちにそれが確信に変わる。胸が早鐘を打つように高鳴り、顔が熱くなり、ミチルちゃんの顔がさっき一緒にご飯を食べていた時よりも五倍増しくらい可愛く見える。…あと下腹部がうずく。
そう、これが―――恋!!
「私があなたをずっと守る、だから…だから私と結婚してください!!」
「待て待て待て待て!! 順序のこなすスピードがえげつないんですけど! 世界記録なんじゃない!? あんたマジで大丈夫ですか!?」
こっ、ここでデレがキタァ!!
「うっ、うん…大丈夫。ちょっと胸がドキドキしてるけど…大丈夫」
「そっちじゃねぇよ、頭だ頭!! って、なんで顔紅くなってんの!? あー、もうホントに何なんだよこの人!?」
いつの間にかミチルちゃんの皿洗いの手は止まっていた。
そして、
「百合神様ーー、まっじで相方変えてくださいーーーーーー!!」
そんなミチルちゃんの絶叫が部屋に響き渡った。
ちなみに一応言い訳しておくならば、このときに私は恋愛感情の目覚めと興奮で少々ハイになっていたのだ。その後少し頭を冷やしたら冷静さを取り戻すことができた。
でもこのとき生まれた感情は本物だった。それだけは嘘偽りのない事実だということだけは理解してほしい。
はてさて、この突如生まれた私の恋心はいったいどんな結末を迎えるのでしょうかね♪
次から新展開に突入です、乞うご期待!
これからも本作をよろしくお願いします!!




