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Episode-EXTRA6 『ルーム13・リビドーの申し子の場合』

すみません、書いているうちに長くなりすぎてEXTRA初の前後編に分けさせて頂きました。

①だけで六千字くらいあるのですが、最後まで読んで頂ければ幸いです。


 私は昔から色々なものに対する好奇心が普通の子よりも強かった。

 何にでも興味を持ち、何にでも自ら進んで取り組むようなそんな子だったんじゃないかと思う。

 

 そんな私を気に入ってか、人一倍お婆ちゃんは私を可愛がってくれた。

 お婆ちゃんは昔の人なだけあって結婚が早かったんだけど、お婆ちゃんの娘――つまり私のお母さんは結構プラプラと人生を自由に楽しんでいた様でお父さんと出会い結婚したのが三十代の半ばごろ、私を生んだのが三十代後半だった。その上、お母さんはお婆ちゃんの最後の子ども。

 だから、お婆ちゃんは私がほんの小さな頃から文字通りもう結構お婆ちゃんだった。

 

 でも、年齢を感じさせないようなパワフルで凛としていて品のあるお婆ちゃんだったと思う。

 もう死んじゃったけどね。


 さて、まずは前置き的にお婆ちゃんを紹介してみた。

 何故最初に紹介するのがお婆ちゃんかって? それは単純で私の幼少期を語るうえではお婆ちゃんの存在は絶対にはずせないから。そして、私に呪いの誓いを施したのは何を隠そうこのお婆ちゃんだから。


 では、話を戻そうか。

 幼い私は色んなものに興味津々。そんでその中でも一番何に関心がいったかと言うと、――まあミチルちゃんはもう察したかもだけど、エロい系のことだね。そうエロよ、エロ。

 例えば男子って小学校の頃から、そういうことにそこそこ興味あるんでしょ。通学路の道で学校に行く途中で落ちてるエロ本に興味を示したり、学校からの帰り道で落ちてるエロ本に興味を示したり、遊びに行く途中で落ちてる…etc。


 まぁ、幼き私はその男子の精神性がそのまま宿った女子と考えてくれればいいのさ。

 だが、さっき言った様に私はいいとこのお嬢さん。学校帰りに落ちてるエロ本とか探せないし、そもそも通学方法は家の車だった。


 それ故に「う~ん、どうするべきか?」と悩み、一つの案を思いついた。

 これもさっき言ったが私はお婆ちゃんにめっぽう可愛がられていた。だから、何も考えずおねだりしてみました。

 お婆ちゃんに。エロ本を。

 その結果は言わずもがな、買ってもらえるどころかデコピンをされてしまいました。


 でも、まあ今のご時世はインターネットやらの時代。結局私はその後、自分自身で家のパソコンを勝手に使ったりしてエロ系の知識を独自に入手することに成功した。

 お婆ちゃんのデコピンで反省しなかったのかって?

 ふっふっふっ、愚問だね。それで止まる様じゃこの衝動は睡眠欲食欲に並んで人間の三大欲求に数えられたりしないのだよ。

 

 さて、知識が充実すれば次は当然行動に移したくなるのが人のさがだ。

 私は小学生を卒業する時にはすでにエロ知識をたくさん脳内に貯蔵済みだった。

 そして、中学生になったときにそれをさらに昇華させようと思ったのだ。


 とはいっても、一応これでもお婆ちゃんの教えの賜物か今時には珍しい程に私の貞操観念は高い状態で結構ガチガチに固められていた。

 というわけで私のその知識の向かう先は、『恋のABC』的な二人で成立する感じのやつではなく『自分を慰める』的な一人で成立する感じのやつに生かされることとなった。

 これが新井谷涼子、エロの目覚めである。


 が、いかんせん人の探究心や好奇心と言うものは次のステップを求めてしまうものなのだ。

 初級の漢字ドリルを終えた子どもが中級の漢字ドリルを手に取るかの様に。

 剣道一級の級位をとった剣士が初段の段位を目指すかの様に。

 私の根源の欲求も更に次のステージを求めていた。


 が、前述した様に私はキチンとした貞操観念を持っていたので、おいそれとそれを行動に移すようなことはせずに一人静かに息を潜めて日常生活を送りながら作戦を練っていた。

 そして、そんな中である妙案を思いついたのだ。それにはまたもやお婆ちゃんが関わっていた。


 お婆ちゃんがお爺ちゃんと結婚したのは十七歳の頃らしい。今でいうところの高校生の頃だ。

 もちろん時代背景などがあり早婚なのは全く不思議ではないが、ここで重要なのは十七で結婚して十八で長女――私の叔母を生んでいるという点だ。

 つまり、生々しい話になるが年代で言うところの高校生の頃に『恋のABC』全てを経験しているということになる。


 ――ならば、私がそうしてもお婆ちゃんの教えに背かないのではないか? というかお婆ちゃんも何も言えないのではないか?


 そう考えたのだ。

 そして、高校生における学年なんてほとんど変わらないだろう。つまり、「私も高校に入学したらそういうことしていいんじゃね!」と私の頭の中はそんな風に超解釈をした。

 

 もちろん、相手をとっかえひっかえみたいなそんなことをするつもりは無い。

 キチンと相手を選び、キチンと交際をして、キチンと仲を深め、そしてキチンと順序を踏む。それならばきっとお婆ちゃんも許してくれるだろう。…まぁ、その裏に思いっきりエロい欲求があることは秘密ですけど!


 そんな青写真を描きながら私は中学時代を過ごした。


 ――が、そんなに上手くいかないのがきっと人生なのだろう。


 私が中学三年生の時――ちょうど私の密かな計画を実行に移すまであと一年を切ろうとした時だった。

 学校で授業を受けていた時に突然授業をしている先生とは別の先生が教室に入ってきて、私の名前を呼んだ。

 その先生がどんな口調で話していたのか、どんな表情で話していたのか、そんなことは覚えていなかった。ただ一つ、最初に先生の口から告げられた「お婆ちゃんが家で倒れたそうだ」という一言だけが私の頭を堂々巡りしていた。


 その後、私はすぐさま冷静さを無くし血相を変えて駆け出そうとした。しかし、すぐさま先生に窘められて手の空いている先生によって車で病院へと連れて行ってもらった。

 走っていくよりも車の方が早いという判断さえもできない程に私は焦っていたのだ。それほどまでに私の中でお婆ちゃんという存在は大きかった。


 先生の車が病院に到着すると、私は「ありがとうございます!」とだけ短く言って車を飛び出した。

 病院の正面玄関の自動ドアが開く時間さえももどかしく感じるほどに気持ちがはやる。私は一刻も早くお婆ちゃんの元へと行ってその無事を確かめたかった。


 病院の中に入る。

 するとそこには待合席の椅子に座る母の姿があった。

 母は私の姿を確認すると「おーい」と呑気に片手を上げて声をかけてきた。


 そんな母の姿を見て少しだけ私の中で焦りが薄れた。

 うちの母は呑気な自由人。お婆ちゃんとは正反対にも見えるほどだ。しかし、そんな母でも流石に自分の親が死んでしまっていたらここまで呑気でいるはずがない。

 つまり、お婆ちゃんがすでに…という最悪のパターンが脳内から消えた。


 「お婆ちゃんは?」という荒い息を吐きながらの私の問いかけに母は「今はとりあえず落ち着いた。容体が急変する可能性も低いって」とどこか安心した様にそう答える。

 その答えを聞いてホッと胸を撫で下ろすと、私は母と共にお婆ちゃんの病室へと向かった。


 「心配かけたね」、病室についた私にお婆ちゃんはベットに横になりながらそう苦笑した。

 「私も年をとったねぇ~」とそんな風に自嘲の笑みを浮かべるお婆ちゃんの手を病室にいる間、私はずっと握っていた。


 その日から、私の一日にお婆ちゃんのお見舞いという新たな日課が加わった。

 幸いにも部活動をやっていなかった私には夏の最後の大会なども無く、日々の勉強もしっかりとしているため受験勉強に慌てて取り組む必要もなかった。

 だから、私はほとんど毎日お婆ちゃんのお見舞いに行っていた気がする。


 「ポックリ逝ったりしないから、毎日は来なくていいんだよ」、そんな風にお婆ちゃんに何回も言われたけど、結局私はずっと通い続けた。

 その理由に、恐らく私は気付いていたんだ。

 最初に病室でお婆ちゃんの姿を見たときに、理屈ではなく本能が私に予感させた。そして、お見舞いに行くたびにきっと私以外では分からない程に微かにではあるが徐々に痩せていくお婆ちゃんを見て、その予感が段々と私の中で確証を帯び始めていたのだ。


 ――ああ、そっか…やっぱりそうなんだ…。なら、時間の許す限り一緒にいよう。


 

 そして、私が無事に志望の高校に合格し、中学校の卒業式を終えてから少ししたときだっただろうか。

 その日はやってきた。


 一つの病室は、そこを埋め尽くすほどの人に満たされていた。

 全員が全員、悲しみにくれた表情を浮かべその中心にはベットに横たわる意識が虚ろなお婆ちゃんと老年のお医者さん、そして今にも止まりそうな程に緩やかに波を打つ心電図があった。

 今にも終わりを迎えようとしている命の燈火。集まった全員がそれを覚悟していた。

 

 そこで不意に、


「――――」


 お婆ちゃんの瞼がゆっくりと開いた。そして、ボソボソと小さな声で何かを呟く。

 母が耳を寄せ、その声を聞くと、「涼子」と優しい声で私の名前を呼んだ。

 それだけで、お婆ちゃんが私を呼んでくれているということがわかった。


「なぁに、お婆ちゃん」


 ベットに近づき、お婆ちゃんの耳元で問いかける。

 その時の私は、みんな同様にお婆ちゃんの最後を覚悟していたにも関わらず、悲しくて寂しくて涙声だった。

 そんな私を見て、お婆ちゃんは最後の力を振り絞るかのようにゆっくりと笑みを造ると、


「――涼子、あんたが最後の孫で本当によかった。…私は傍から見ても厳しかっただろう、それに言うことも古臭かった。今の子には合わないだろうと自分でも思ってたよ」


「そんなこと…!」


「でも、あんたはお婆ちゃんお婆ちゃんっていっつも私の後ろをついてきてくれた。――それだけで、お婆ちゃんはとっても嬉しかったんだよ」


「うん…!」


「涼子は、立派なできた子だ。もうお婆ちゃんがいなくても、誰よりも美しく優しい大和撫子として生きていける」


「うんっ…、うん…!」


「…そんな涼子の側には色んな男が寄ってくるかもしれないけど、悪い男に引っかかっちゃダメだよ。男に肌を見せるのも結婚をしっかりと決めてからに…って、いけないね、最後の最後にまた古臭いことを言って――」


「うん、わかった。絶対そうする。お婆ちゃんと私の約束ね」


 手を取って、お婆ちゃんの言葉を遮る。

 そして、小指同士を交わらせてそう強引に約束を結んだ。

 お婆ちゃんはそんな私の行動に少し驚いた様な素振りを見せた後に「ああっ、約束だ」と優しく笑った。


 そしてベットに横になったままに、この病室内にいる全員の顔を見渡したかと思うと、「私は、…幸せ者だね」と誰に聞かせるわけでもなく呟くと、ゆっくりと瞼を閉じていった。


 ピーッという甲高い音と共に心電図が平らな横線を描き、お婆ちゃんが息を引き取ったことを全員に伝えた。



 その後、お婆ちゃんが寝ていたベットの下から籠に入った大量の便箋が見つかった。

 最初は遺書かと思われたが、すぐに書かれた宛名からそれが近しい親類縁者や友人知人それぞれ全員に向けて書かれた最後の手紙であることがわかった。その便箋の宛名には最後の時に病室に集まった全員の名前のついたものが存在していた。

 どうやら、お婆ちゃんは入院していた一年近くの期間で自分の命の終わりを悟り、自分が人生で関わった多くの人当てに最後の手紙を残していたらしい。

 まったく、我が祖母ながら凄い人だ。


 当然、その中には私宛の物もあった。

 しかし、私はそれを直ぐには読まなかった。この一年のお見舞いで多くのことをお婆ちゃんと話したから。最後に貰った言葉の方が私にとっては大事だったから。


 お婆ちゃんが亡くなった日は、みんなが悲しみにくれた。

 が、次の日からはみんなが忙しく駆け回り出した。

 お通夜やお葬式の準備。ただでさえ名家で余所との交流が深い新井谷家の中でもお婆ちゃんはそのトップ。交流関係は恐ろしく広く、当日の参列者の数は計り知れなかった。


 全員がフルスロットルで準備に邁進した。私も当然ながらその中の一人。

 そして、弔いの準備に取り組んでいるうちに段々とお婆ちゃんの死を心と体が受け入れ始め、悲しみも消えることはないが薄れていった。それは私の中でお婆ちゃんの存在が小さくなっていたというわけではなく、笑顔で天国へ送り出してあげようという思いが強くなっていったのが理由だろう。


 そして、お通夜を終えたお葬式の前夜。

 お風呂に入り終え、ふぅーと自室で一息をついていた時に私はお婆ちゃんが私宛に書いてくれた便箋を大事にしまっていた机の棚から取り出した。


 ベットに寝転がり、それに目を通す。

 葬儀の前日に読もうと、何となく決めていたことだった。

 そして、じっくりと時間をかけてそれを読み終える。


 内容は予想通りの物だった。

 最後にお婆ちゃんからかけられた言葉。それをもっと深くしたようなもの。

 昔から言いたいことはそのままいうハッキリとした性格だったから、何となく言葉でも声でも伝えたいことは同じだと思っていた。


 …でも、あれ? 何かが足りないような?


 不意にその手紙を読み返し、何かが欠けている様な錯覚を感じる。

 が、すぐに理由には気づいた。

 私とお婆ちゃんが最後に交わした約束その内容はここには書いてなかったのだ。確かにお婆ちゃんも最後に訂正しようとしていたし、あれは本当に思わず出てしまった言葉なのだろう。


「そんな涼子の側には色んな男が寄ってくるかもしれないけど、悪い男に引っかかっちゃダメだよ。男に肌を見せるのも結婚をしっかりと決めてからに……………―――――――ん?」


 が、何気なくその最後の約束を口ずさんだところで、ポカンと脳に空白が生じた。

 その言葉が才色兼備に育った孫を見ての祖母の純粋な心配心からくるものであるとは容易に想像がつく。

 

 ――が、その言葉に私はなんと返した?


「うん、わかった。絶対そうする。お婆ちゃんと私の約束ね」


 ――そして、その言葉にお婆ちゃんはなんと返した?


「ああっ、約束だ」


 ……………約束が成立してしまっている。

 

 そう、お婆ちゃんのことで頭がいっぱいでそのときの私は自分の中で立てていた秘密の計画のことなど頭からすっぽりと抜け落ちていた。

 その計画を実行可能になるまであと一か月もなかったというのに!!


「え? ええっ…!? ちょっと待って、男に肌を見せるのも結婚をしっかり決めてからにって…、えっ…それってつまりそう言うことだよね!?」


 思い返せば思い返すほどに、ヤバい。雁字搦めどころの騒ぎではない。

 その約束を明確に示すならば、私が高校生になればOKと思っていた計画は結婚初夜まで大幅延期されたということになる。

 「うそでしょ…」、ポツリと空虚につぶやく。


 そして、


「うっ、うわあああああああああっ!!」


 私はすでに後の祭りと知りながら、そう声にならない声で絶叫した。


 ――やっ、やってしまったああああああああああああああ!!!!


 私とお婆ちゃんの間で交わされた最後の約束が、私にとっての呪いの誓いであったと判明した瞬間のことだった。


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