Episode-6 『百合談義・百合神の場合』
さーってと、何はともあれ今日の仕事は終わった~。
いやいや、私がいくら神といえど五十回も同じ様な説明をするのは流石に疲れる。
でも、それも終わった。
我ながら頑張った。そして頑張った者にご褒美が必要なのは神も人も一緒である。
ずっとつけていたお面を外して、私専用の冷蔵庫まで歩いていくと昨日材料を創造して一から作ったプリンを取り出す。
うむ、しっかり冷えている。
そして、甘いものには個人的には熱い緑茶が合う。
再び椅子に座ると、パチンと指を鳴らし熱い緑茶の入った湯呑を手元に生み出す。
そして、スプーンで自家製プリンを口に運びその甘さが微かに口の中に残っているところに熱い緑茶を飲む。
う~む、旨い。
料理も完璧とはさすが神といったところか。
「さてと」
空いた左手でリモコンを操作し、前方の五十分割されたモニターを変化させながら百合の蕾たちの動向に目を向ける。
「ふむふむ、やはりあまり落ち着きのないペアが多いな。まぁ、初日だしこんなものか~」
その多くがやはり現状を受け入れきれていないようで行動に戸惑いがあるように見える。
当然と言えば当然だろう。
「まぁ、一週間もすれば慣れるだろう。人間は順応の生き物だ、はむっ」
ポチポチとリモコンをいじりモニターを切り替えながら、右手ではプリンとお茶を交互に口に運ぶ。
うん、これぞ至福。
そしてそのサイクルを何度か繰り返し、プリンの容器がカラになる頃にはほとんど全ての蕾たちの様子を見終えたところだった。
「次で最後か」
そして最後に残ったそこは恐らく一番の問題児がいる部屋。
まあ、と言っても別に格段に気を張る必要はない。いくら生意気といえど高校生の小娘。意外にも今頃は寂しさに震え、女優の方に慰められている可能性だってあるだろう。
ポチッとリモコンのボタンを押し、前方のモニターに『ルーム50』を大画面で映し出す。
そこではちょうど例の女子高生がこちらを向いていた。
が、
「………えっ、なにやってんのこいつ?」
何故か、女子高生は腕を大きく振りかぶっている。
そしてよく見たらその右手にはボールが握られていた。
額に嫌な汗が一粒浮かぶ。
え…? 嘘だよね? だって、そんなことする意味ないもんね!?
『百合神ー! 聞きたいことできたからちょいと出て来いっっっやあぁ!!』
しかし、虚しくもその頭に浮かんだ予想を肯定するかのような少女の声と共にボールが投げられた。
バコンという衝突音と共に前方のモニターにボールがぶつかる。
「うわぁっっ!?」
そして、『ルーム50』のモニターを大画面にしていたこともあり、それは凄まじい迫力だった。
思わずのけ反り、椅子のバランスが崩れて背中から転げ落ちてしまう。
思いっきり背中を打つ。
「いたっ!? あつっ!?」
神でも痛いものは痛いのだ。
そして、追い打ちをかけるように湯呑の中に残っていた緑茶も顔面に降り注いだ。
熱い熱いッ、お茶が服の中入ってきた!! ホントになんなんだ、あの小娘は!?
そして、当然その怒りの矛先はあいつに向かう。
急いで先程とったお面を身に着け、リモコンを操作しモニターを彼女らの部屋にも投影すると、
「呼ぶだけなら普通に呼べよッッ!!」
本当に思ったままの怒りをぶつけた。
対して、女子高生の方はそんな私の姿を見て「おおっ…」とちょっと引いた様に応える。
いや、それは本来私がとるべき反応だろうが!
「なんだ、そのリアクションは!? どう考えてもいきなりボール投げてきたお前が悪いだろ!」
『いや、思いのほか出現が早かって驚いてんねん。それになんやお面逆やし何故かちょいと濡れとるしやな…、突っ込みどころ満載やねん』
「えっ!?」
お面を触る。
確かに逆だ、焦り過ぎた!
「あー、もう!」
苛立ちながら彼女ら見えない様にしゃがむと、お面の上下を素早く入れ替える。
濡れてるのはもういいや! 知らん!
「これでいいか! そして出現が早いのは長所だろう、逆に褒めて欲しいくらいだ」
『あー、まあせやな。それと確かに硬球投げるのは悪ふざけがすぎたかもしれんわ、堪忍な』
硬球だったのかよ!? それを投げたの!? 頭、大丈夫か!!
――と、ツッコミを入れたいところだが下手に出てしっかり謝罪ができるならば許してやるのも吝かではない。
なによりここいらで一つ本格的に神の器の大きさを見せしめるのも大事だろう。
「まあいい…、反省している様だしここは許してしんぜよう」
どうだ?
二人して私の寛容さに驚いただろう。
『おおきに、ほんで聞きたいことの方やけど――』
「切り替え早いな!?」
『は?』
「…あー、いや。なんでもない、続けよ」
だが、そんなことはなく女子高生の方はそのまま普通に話を続けようとする。
…うん、もういいや。
そして、私もこれ以上の無駄な問答は疲れるだけな気がしたからもう何も言わないことにした。
簡潔に言うと諦めた。
だってこの小娘と言い合いすると疲れるんだもん。
『? じゃあ聞くけどやな』
「うむ」
『お前うちらにここで一年間暮らしてもらうって言うたやろ。あれって一年経ったら自動的に元の世界に帰れるって解釈でええんか?』
「? そうだが、それがどうかしたのか?」
いきなり改まって何を言っているのだこの小娘は?
そのくらいわかるだろうに。
しかし、私の返事を聞いても女子高生は納得いってないような顔をしている。
『いや、お前百合神なんやろ? せやから、私らが一年でその…なんや百合っぽい感じの雰囲気にならへんかったらここから出さんとかあるんかもと思ってやな』
「なんだ、そんなことか」
その女子高生の言葉に思わず失笑する。
「心配するな、神とてそんな理不尽を課すつもりは無い。一年でお前たちは元の世界へ無条件で帰る、これは神の名のもとに約束しよう」
『いきなりこんなとこ連れてこられた時点で相当な理不尽やけどな。まっ、それが聞けただけええわ』
まあ、警戒するのも無理はない。
言質を取りたくなる気持ちもわかる。そして、それはかなり有効だ。
ふむ、この関西小娘はただのうるさい馬鹿ではないらしい。
『それと、もう一つ聞いておきたいんやけど』
「なんだ?」
『プライベートルームとか風呂とかトイレとかあるやろ、あそこってやっぱりお前は普通に見れるんやろ?』
「は?」
『いや、いくら相手が神やいうてもやっぱそういうのはこっちからしたら抵抗あるやろ。まあ、一万歩譲ってうちはええにしても虹白さんは女優さんなんやからそういうの勘弁したってくれや』
『音木さん…』
と、少々真面目な顔で女子高生の方がそんなことを言っている。
そして、女優の方は何故か頬を赤らめていた。
ふむ、なんだ結構いい雰囲気ではないか。年上を庇う年下か。
まぁ、それは今は置いておこう。
――なるほどな。
このやりとりで一つ分かったことがある。
それはこの女子高生は百合というものが何なのかをまったくわかっていないと言うことだ!!
「はぁ――――――――――――……………」
口から思った以上に大きなため息が出る。
これは一度私の口から百合というものについて説明しておく必要があるな。
『…いやなんやねん、その馬鹿でかい溜め息は?」
「――まず始めに質問に答えておくと、私がこちらから見ることができるのは今お前たちがいるそのメインルームと運動場、そしてイベントルームだけだ。そのほかの部屋の内部の様子は私からも見ることはできない。その場所はそういう風に造った」
『そうなんか?』
『そうなんですか?』
「そうなのだ」
だが、これはいい機会かもしれない。
ついでに、一度百合神としての私の立ち位置をしっかり伝えておこう。
「いいか、音木紗凪、虹白夜。私が今からお前たちに百合神直々に百合とは何たるかを教えてやる!」