Episode-3 『初対面・超清純派女優の場合』
「あっ、ちょ! 待てや、おい! …あんにゃろ、勝手に出てきて勝手に消えよった」
ボッというまるで昔のテレビを消すしたかのような音と共に部屋に投影されていた様なモニターが消える。
私と紗凪ちゃん。これで正真正銘の二人きりになってしまった。
「本当だね~」
「あー、どないしましょか?」
そして、メチャクチャ元気に先程から百合神様と話していた紗凪ちゃんが一転困った様な視線をこちらに向けてくる。
よし、ここは大人の余裕を見せねば!
「う~ん、そう言えばなんか最後にプライベートルームがどうたらって言ってたね」
「あっ、なんや言うてましたね」
「見ておけって言ってたし、一応見てみる?」
「そうですね、そうしましょか」
よいしょ、と二人一緒に立ち上がる。
実はプライベートルームの場所は予測が付いていた。最初に起きたときにそれらしい場所を見たから――。
「扉が何個かあるけど、あの辺から見てみよっか」
「そっすね」
言うや否や小走りで私が指示した場所に向かう紗凪ちゃん。
そして、扉を間近で確認すると「おっ」と声を漏らす。
「凄いですね、虹白さんの予想ばっちり。ご丁寧にフルネームでうちらの名前書いてありますわ」
「フフッ、たまたまだよ」
そう言って笑う。
何百回としてきた演技の笑い。そりゃそうだ、中には入っていないけど私はここに私たちの名前が書いてある扉があるのを知っていたのだから。
でも、紗凪ちゃんは気付かない。
当たり前だ、これでも私は一応女優なのだから。
「どうします?」
「そうだなぁ、まずは念のため別々に入るより一緒に私の部屋の入ってみて中を確認してみよっか」
「りょうかい、虹白さんの部屋ですし先入りはります?」
「気にしないで、お先にどうぞ」
そう言うと「じゃあ、遠慮なく」と紗凪ちゃんが私の名前が書かれた部屋のノブを回す。
そして、視界が開けると「おー」っと歓声を漏らす。
「わっ」
と私の口からも思わず声が出る。
そこは、
「私の部屋だ…!?」
私の普段の寝室があった。
間取りや家具の配置までまるっきり一緒だ。
「えっ、虹白さんの。へぇ~、やっぱなんやおしゃれですね」
「あっ、ありがと…!」
そう呑気そうに紗凪ちゃんが感想を漏らす。
しかし、私はそれどころではなかった。ここは私の部屋。つまりここにはあれも当然あるはずだ。
「ん、あれなんだろ?」
その存在に紗凪ちゃんが気づく前に部屋を見渡しながら思考を高速で回転させる。そして、私はそれを発見した。
それは元の私の部屋にはあきらかになかった、つまり新たに付け足された唯一のもの。
今では街でもあまり見かけなくなったそれが何故か部屋の隅の方に鎮座していた。
「なんや公衆電話みたいですね」
「だね」
二人してその公衆電話の元へ近づく。
何故か、街中にあるようなものの様にご丁寧に電話ボックスまでついている。明らかに室内で圧倒的に浮いていた。
そして、その電話ボックスには張り紙がしてあった。
「なになに…、『私にもう一人にばれない様に伝えたいことがあればこれを利用しろ。百合神』、だそうですわ」
「つまり百合神様への直通の電話ボックスってことかな?」
「まぁ、そんなところですね。こんなの使う機会一生あらへんと思いますけど」
「だね~」
紗凪ちゃんの意見に同意する。
すると、紗凪ちゃんはすぐにその電話ボックスに対する興味を無くしたようで、再び部屋を見渡す。
「虹白さんの部屋と変わっとるのはこれだけですか?」
「う~ん、これくらいかな」
「そうですかー。あれ? あのカーテンみたいのかけてある場所は?」
「!?」
ついに紗凪ちゃんの視線がそこに行き着いてしまった。
なんで、よりによってそこに気づくかなっ!?
勘のいい子!
でも、その問いに馬鹿正直に答えるわけにはいかない理由が私にはある。
どうする? どうやって誤魔化す? できるのか?
いや、できるはず! 私の演技力なら!
「あ~、あれね。あれは元から。私って昔から漫画が好きで恥ずかしながら大人になった今でも集めたりしてるんだ」
「へぇ~、意外ですね。でも、親近感わくわ~。うちも漫画好きっすよ。でも、なんでカーテンなんかしてはるんですか?」
「ああ、私の部屋の間取りだとあそこにちょうど日が当たっちゃうんだよ。それで、私漫画が日で焼けちゃうの嫌いだからカーテンしてるの」
「あー、あの黄色くなっちゃうやつですね。確かにあれ嫌ですもんね」
納得した様な頷く紗凪ちゃん。
その上なにやらちょっと距離が縮まった気もする。
さすが私! ナイス、選択肢!
そして、会話が一段落ついた今がチャンスだ。
「えっと、音木さんだったよね。あなたも自分の部屋を確認してきたら?」
「あっ、それもそうですね。じゃ、ちょっくら行ってきますわ」
「うん、ゆっくり調べてきて大丈夫だよ。私ももうちょっと異変が無いか確かめてみる」
私の誘導通りに紗凪ちゃんが「りょーかい」と言って自分のプライベートルームへと向かった。
ドアの前まで見送り、その姿が完全に隣の部屋へと消えたことを確認すると、私は素早く自室へと戻り後ろ手で鍵を閉める。
「ふぅー」
そこでようやく一息つく。
なんとか、乗り切った。
女優やっててよかった~。
そのままよろよろとした足取りで先程のカーテンの前へと向かう。
どこかで聞いたことがあるが少し真実を織り交ぜることで嘘はさらにばれにくくなるらしい。それを今、凄く実感していた。
「なんとか、私の秘蔵コレクションはばれずに済んだ」
今の段階でこれがばれるのはなんとしても避けたかった。
カーテンをゆっくりと開ける。
そこには確かに漫画がある。が、その全ては一つのジャンルに統一されている。
そう『百合』と言う至高のジャンルに。
「はぁー、それにして可愛かったなぁ…。紗凪ちゃん」
一人っきりになったことで今までずっと胸に秘めていた思いが自然に口から漏れる。
最初に見た寝顔の時点で目を奪われた。
そう、実は紗凪ちゃんより少し前に私は起きていたのだ。そして、紗凪ちゃんの寝顔を堪能し少しだけ部屋を歩いた後に、これは夢だと思い再び床に就いたのだ。
しかし、それは夢などではなかった。
いや、言うなればこれは私にとっては夢の世界だ。
中学生の時に百合に目覚めた。
その後は小説、漫画、アニメ、ドラマ――幾千の百合作品を嗜んできた。
しかし、ついぞ自身の身には百合百合しい出会いは無く時間だけが過ぎた。
清純派女優などとここ最近持て囃されているが、そのカラクリも単純だ。
異性とのキスを始めとした身体的接触等のシーンはオールNGで今の事務所と契約しているからだ。普通ならそんな女優など厄介この上ないはずだが、私の顔と演技にはそれを覆す利益があったようで事務所も了承した。
理由は単純だ、美少女以外に体を触られると思うだけで虫唾が走るからだ。
まぁ、そうは言っても正直もう現実の恋愛など半ば諦めかけていた。
それでも百合作品だけあればいいとも思っていた。
でも、その考えは覆された。
年下。
美少女。
可愛い。
元気系。
方言女子。
遠慮のない口調だけど、しっかりと敬語を使える礼儀正しさも持っている。
完全にストライクゾーンど真ん中だった。
そう、紗凪ちゃんだ。
わかる。これは恋だ! 初恋だ!!
そして、おあつらえ向きとしか思えないこの状況。
更に百合神様という完全に私を後押ししてくれているとしか思えない存在。
紗凪ちゃんに対する年上の頼りになる頭のいいでもちょっと親しみやすいお姉さんという認識付けも順調だ。
私は恋という概念には無縁だった。
いや、臆病だったと言うべきか。
それでも、いや、だからこそ! 今ここが生まれて初めての勝負の時だとわかる!
「――紗凪ちゃん。私の二十三年間持ち続けていた初恋を貴女に捧ぐよ」
今すぐ電話ボックスに駆け込んで百合神様に感謝の思いを爆発させたい思いを胸に秘めて、私は秘蔵コレクション達の前でそう独りでにまだ恋にも発展する気配のないのに勝手に愛を誓ったのだった。




