故郷からの写真
「なに見てんですか? 先輩」
「ん? 実家からの手紙」
休憩室の一角で、先輩が操作する端末の画面。それを後輩が背後から覗き込む。
「えっ。……どこの出身でしたっけ?」
画面に表示されていたのは、故郷の家族が撮ったと思われる写真。赤く染まった山を背景に、兄弟らしいよく似た顔が写っている。
「あれ、言ってなかったか。地球だよ、実家は地球なんだ」
「なんでこんなとこで働いてんですか」
地球から見ればこの施設は、宇宙の果ても果て。光速を超えて移動できない昔なら、一生かかっても片道さえ踏破できない場所だ。航法の進歩した現在でさえ、移動に月単位の時間がかかる。
「向こうのことはよく知りませんが、仕事が無いってことはないでしょ」
「別に、職にあぶれた訳じゃねぇよ」
「じゃ、なんでこんな遠くまで」
訝しげな視線が後輩へと向けられる。彼には、その視線に込められた意図が分からない。
「どうにも嫌な予感がするんだよなぁ。お前に話すと、ろくな事にならん気がする」
「ひ、酷い……」
「口の軽さ」という点で、彼は信用されていた。
「じゃあ、代わりにこれが何なのか教えてくださいよ」
彼が指差すのは、写真の背景。
「何って、後ろに写った山がどうかしたのか?」
「普通、植物って緑色してるでしょう。なんで赤や黄色になってるんですか?」
「……からかってる、訳じゃないようだな」
この後輩がおかしな事を言うのは今日に始まった事ではない。ジョークとして、そういった事をたまに言う。
だが今日は違った。普段の表情とは違い、本気の目をしている。
「これは『紅葉』と言って、季節が秋になると日照時間が変化により葉の色が変わる現象だ」
「……ああ! 『季節』によって起きる現象なんですね!」
簡単な説明を受けた彼は、合点がいったと手を叩く。
「一人で納得してるとこ悪いが、説明してくれないか?」
「あ、すいません」
何故、紅葉という現象を後輩は知らなかったのか。これは、地球でなくとも起こり得る現象だ。彼もここに来るまで、地球以外でそういった光景を見た覚えがある。
では何故か。
「惑星の上に降りた事、ないんですよ。船の中で生まれて、それからずっと星の海で暮らしてきたんで」
「『季節の変化』ってものにそもそも馴染みが無い、と。……場所によっちゃ環境に周期的な変化をつけてるって聞いたが、そういう所には住んでなかったのか?」
「それは、住環境に気を使った『住む』ための施設ですよ。今までに住んだのは、どこもここみたいな『働く』ための場所です」
衣食住のような、必要なものに困るという事は無い。しかし不足が無い代わりに、不要なものもそういった場所には無い。
『季節』は、ここのような場所において後者に当たるものだった。
「……必要の無いものは無い、か」
「ついでに教えてくださいよ。地球の『季節』って、どんな感じですか」
「どんな、ねぇ……」
彼自身、地球を離れて大分経つのではっきりとは覚えていない。今までにこんな事を聞かれはしなかったので、覚えていたとしてもすぐには答えられなかっただろう。
先輩は記憶を探りながら、思い出した事を少しずつ言葉にして後輩に伝えていった。
春夏秋冬、4つの季節で一つの周期。
春は、日照時間が長くなり気温が上昇していく。それに伴い、生物の活動も活発になる「始まりの季節」。
夏は、四季の中で最も日照時間が長い。気温も四季の中では最も高くなり、生物の活動は春以上に盛んなものとなる。高すぎる温度が有害なものにもなり得る、エネルギーに満ちた「活動の季節」。
秋は、夏にピークへ達した日照時間が短くなり始める。春と並んで適切な気温となり、春と夏に蓄えたエネルギーが結実する「実りの季節」。
最後に冬。夏とは対照的に、日照時間が短く気温も低下する。活動したままでは命に関わるため、生物は活動を抑えて春を待つ。次の周期をじっと待つ「終わりの季節」。
「この写真って、秋の光景なんですよね?」
「ああ。日が短くなって必要が無くなるから、こういう変色が起こるんだ」
「……『あれ』に似てるなぁ」
何の事かと聞かれる前に、後輩は自身の端末を起動して操作を始める。彼が画面に表示したのは……。
「ここの観測データじゃないか」
この施設で収集している星の、恒星の画像だった。
「星の一生って、四季に似てるような気がするんですよ」
「そうかぁ?」
頭の中に、後輩の言う「星の一生」を思い浮かべる。おおまかに四段階ある、という事くらいしか共通項が思い当たらない。
「まあ、大した共通点でもないんですけどね。この画像、よく見てください」
「……縮み始めてるのか」
表面温度が低いのだろう、発する光が赤い。エネルギーを使い切り、燃え尽き始める「赤色巨星」の段階にある星だ。
ピークから衰える段階で赤くなる、という点では確かに秋らしい。
「まあ、らしいっちゃらしいな」
言われてみれば、というところだった。
生まれ育った環境の違い、それによる発想の違いという物を強く感じさせる。
「この手紙、返事は出すんですか?」
「ああ」
「一つ、考えがあるんですよ」
――――
低重力区画にある、全周モニターの部屋。
球を形作る画面の一枚が内側へと開き、二人が入室する。停止していたモニターが施設外部の光景を映し、部屋全体もかすかな照明により照らされた。
先に入った後輩がモニターの一面に触れ、操作用のウィンドウを呼び出す。
「えーっと、どこだったかな」
携帯用の端末に表示されたデータを、ウィンドウに入力していく。
他のモニターに、星の拡大画像が表示され始めた。彼が入力しているのは、赤色巨星の座標データ。
一枚、また一枚と画像が表示され、ついには壁面が丸々画像で埋まる。
「紅葉のお返しに宇宙の紅を、ねぇ」
「悪くないでしょう?」
「向こうじゃ見れないものを写した方が喜ぶだろう。だが、何の写真か説明が無きゃ分からんと思うんだよなぁ」
撮影用のカメラをセッティングする。
光が少なくて撮れないという事は無いが、手紙の文面に説明を入れなければどういう写真なのか分からないだろう。
「えーっ、じゃあ撮らないんですか」
「いいや」
先輩はカメラを宙に放り、後輩を自身の下へ引き寄せる。
「写真は撮るさ。『お前と』な」
自撮り用のオプションが、カメラの姿勢を制御する。二人の視線がレンズに向いた時、シャッターは切られた。
「『宇宙の秋を背景に、宇宙生まれの後輩と共に』……とでも書いておくか」