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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

宝石にならなかったものは

作者: 朱音

 

 体が重い。

 それ以上に、視界が眩しい。


 僕は瞼を閉じていても容赦なく反射してくる太陽の光を恨みながら、そっと瞼を開けた。

 そこには見渡す限り、様々な宝石が辺り一面に広がっていた。


 別に、そこが大富豪の宝庫であるとかではない。

 建物も、植物も、動物も、水も、人も全てが宝石になった。

 そのなれはてなのだ。


 どういう事か分からない。

 ある日突然、1人の女性の足が宝石になった。

 その宝石は徐々に彼女の体を蝕み、そして彼女は死んだ。

 そこからはあっという間だった。


 いくら著名な医者が研究者が手を尽くしても、人体が宝石になるのは止められなかった。


 次々に宝石になって死んでいく人間。

 そして被害はそれに留まらず、ペットの犬猫や育てていた植物までもが宝石となり、その体を色とりどりの宝石に変えて死んでいった。


 僕は都会から遠く離れた村に住んでいた。

 だから、僕らがその事を知ったのは、村人が数人足や手から宝石になり始め、世界の人類が3分の1程になってからだった。


 とあるものはこれが神罰であるといい、ある者はこれを新しい人類の誕生の予兆なのだと言った。

 正直な話、僕にとっては、両親や親しいものが宝石になっていくのがただ悲しく、みんなが死んでも宝石にならなかった自分の身を呪った。


 しかし、それももう終わりだ。

 つい先程、この世界で最後の水源が宝石になってしまった。

 透き通った水色が反射して、水面であった時と変わらない輝きをしているのが、酷く憎らしい。

 この世界の最後の植物は昨日宝石になった。


 僕の右手も宝石になった。

 そして、ピキピキという音を立てながら、今も宝石に蝕まれている。


 宝石になるのが早いか、空腹で死ぬのが早いか。


「ねぇ、どっちだとおもう?」


 そう僕が問いかけたのは、生まれてからずっとそばに居る相棒である。

 人間ではなく、”空を翔る狼”という種族の相棒は、僕よりの2倍もあろうかという狼の体格に、鷲のような翼を持ち、額には小さな角を持っている。

 本来は、その種族名の通り、空を自由に翔る種族なのだが、相棒の羽の付け根は宝石になり、もう翼を動かすことが出来ない。


 現在僕は、相棒を背もたれにして、座っている。


 相棒は、力なくクゥンと鳴いた。

 以前の威厳のあった凛々しい鳴き声は、もう聞こえない。


 僕も相棒も空腹で、もう何をするにも力がないのだ。


 僕は、相棒の柔らかい毛に顔を埋め、心配そうにこちらを見る相棒の顔の宝石になっていない左半分を撫でた。

 嬉しそうに目を細める相棒に、僕はフッと頬を緩めた。


 ああ、相棒にも僕にも、死が迫っている。


 不思議と恐怖はなかった。

 多分自分もみんなと同じように、血のような妖しい色を湛える宝石になるんだという事実を、静かに受け止めていた。


「なあ、相棒。綺麗な景色だな」


 キラキラと色々な色の宝石が太陽の下で輝くさまは、楽園の風景のように美しい。

 美し過ぎて、逆に恐怖をもたらす程だ。


「ほんとに、クソッタレな人生だったよ」


 元々貧乏な僕の家は、その日暮らしをするのがやっとだった。

 1度も豪華な食事をしたことは無く、そんな僕と結婚してくれる素敵な女性とも巡り会えなかった。

 そして、強制的に閉じられる僕の人生とは、何だったのか。


 相棒が慰めるように僕の頬をぺろりと舐めた。


「お前は、いつも僕の隣に居てくれたよな」


 それだけではない、僕は相棒に出会えたし、惜しげなく愛情を注いでくれる両親にも出会えた。

 それに、いつも僕を気にかけれくれる優しい友人もいた。


 僕は幸せだった。


「欲を言うと、次に生まれてくる時は…」


 吐く息が、キラキラと輝く。

 ああ、空気まで宝石になるのか。


 その空気を吸った肺が重い。


 もう言葉を発する気力はない。

 ゆっくりと瞼が降りてきた。


 僕は死ぬのだ。簡潔な言葉だが、一番これがしっくりくる。


「次生まれても、一緒がいいな、相棒」


 瞼を閉じて、体から力が抜けた僕の意識が途切れる直前、グオンという力強い相棒の声が聞こえた気がした。


◇◆◇◆



『死んじゃった。みんな死んじゃった』


 人のようなそうではないような、そんなあやふやな存在が、声のようなものをこぼした。


 ”それ”は最後まで生きていた少年と”空を翔る狼”に手の様なものを伸ばした。


 少年だったものは、紅い宝石になり、その瞳には透明な雫型の宝石がぶら下がっている。

”それ”はそっとその雫型の宝石に触れてパッと離した。


『みんな死んじゃったね!』


 そう無邪気な笑い声を纏って、人のようなものは、少年から遠ざかっていく。


『寂しいね、悲しいね、怖いね、楽しいね、綺麗だね、幸せだね!』


 独り言のようなそれは、言葉を発して重ねる毎に、エコーのよう様々な声音が重なって、様々な感情を吐き出し始めた。


 そうして、”それ”は最後は、宝石だけの世界の中に姿を眩ませたのだった。


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