表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
探偵と助手の日常  作者: 藤島紫
第1章 「本日のおやつは、さつま芋パイです」
9/26

岸邸

 三枝たちの乗るシルビアは赤信号を渡れずに見送った。交差点の左右から車が入り込み、進行方向の空間を埋めてしまう。

 タンブラーの中身もすっかりからになってしまった。

 岸のミニクーパーとの距離がだいぶできてしまったのではないかと三枝は気を揉んでいた。


 「車複数台での移動は、はぐれることを前提にしておく必要がある。一時的な落合場所を決めけば、はぐれるなどの問題は解消されるからな」

「はぐれること前提っていうのが、そもそもすごいですよね」

「無理やり付いて行こうとするあまり、交通事故を起こしてしまうより、落合場所を決めておく方が安全だからな」


 紗川がハンドルを切った。左手にあるコンビニエンスストアの駐車場に入る。


「意外とすいてますね。道が渋滞してるから混んでるかと思ってました」

「そうだな――と、岸さんのミニクーパーがあったぞ」


 折良く、ミニクーパーの隣が空いている。紗川のシルビアはそこに駐車した。


「やれやれ。ここまで約二十キロか……。昼間でも1時間かからない距離なんだが、これだけ混んでいるとどうしようもないな」


 その言葉から今ここまで来るのに、平均時速何キロだったのかを計算してしまって三枝はすっかり気がめいってしまった。


「必ずしも車が最高の移動手段というわけではないってこと、つくづく感じます」

「確かにな。渋滞の前にはどんなエンジンも無力だ」

「ですよね~。岸さん、結構待っちゃったかなあ。あんまり待たせて無いといいですけど」


 気を揉みながら車から降りてミニクーパーの運転席をのぞいたが、そこには誰もいない。

 同様に岸を探しに来たらしい紗川を振り返ると、コンビニエンスストアに向かって手を挙げている。


「申し訳ないことに、そこそこ待ち時間があった様だ」


 片手を上げるのは、挨拶のジェスチャーだ。見れば、コンビニの雑誌コーナーに岸がいた。

 岸はこちらに手を振ると店を出てきた。

 商人の家の長男としては、なにも買わずに店を出て来たのが気になってしまったが仕方がない。


「いやあ、混んでましたねえ。大宮駅に向かっている時ならともかく、超えた後――このあたりまで来ても混んでいるとは思ってもみませんでしたよ」


 だが、目の前に現れた岸の手には、コンビニの袋があった。

 どうやら、先に買い物を済ませ、こちらの合流を待っていた様だ。


(うわ、迷惑客の疑いかけてすみませんでした!)


 心の中でこっそり謝り、疑った分ことさら笑顔で迎える。


「お待たせして申し訳ありませんでした」


 紗川が詫びると、岸は手をひらひら振って待ってないですよ、といった。


「少し先にオープンしたばかりのカフェがあるんですが……そこが人気がありましてね。出入りが混んでしまってここ数日大渋滞なんですよ」

「……そうでしたか」

「でも、脇道はすいていますからね。安心してください」


 おおよその位置とルートを確認しあった後、それぞれ車に乗り込み、ミニクーパーが先に発車する。続いてシルビアが発進した。


「先生、どうかしましたか?」


 紗川がちらりと後方を振り返った。


「いや……ああ、行けるな」


 ちょうど車の流れが途切れて二台は同時に駐車場を出ることができた。

 岸の家には程なくして着いた。

 一階の一部が店舗になっており、入り口前に二台分の駐車スペースがある。

 車窓から岸に指示され、紗川のシルビアは店舗の駐車スペースに止まった。ミニクーパーが駐まったのは自宅スペース側だ。

 自宅側には二台駐車できる様になっているが、ミニクーパーの隣は空いていた。


(あれ? 奥さん、出かけてるのかな?)


 内心、首を傾げながら紗川についていく。

 岸は先に玄関にいて二人を待っていた。


「奥さんはお出かけですか? 車が一台ないようですが……」


 三枝と同様の疑問を紗川も持っていたらしい。

 紗川の問いに岸は「ああ、アレは……」とミニクーパーを指した。


「実は妻の車でしてね。私のは点検に出しているところです」


「そうでしたか」


「妻はいるはずですよ。今日紗川さんが来ることは言ってありますから」


 変だなあと呟きながら岸は呼び鈴を鳴らしていた。

 チャイムが一度、更にふた呼吸ほど置いてもう一度鳴らされる。

 家の中で響いている様子がうかがえたが、誰も出る気配はない。


「おかしいな……」


 岸がドアノブをまわすとすんなりと開いた。


「在宅中は鍵をかけないのですか?」


 紗川の問いかけに岸は眉をしかめた。

 ストーカーを案じているのに鍵をかけていないのはおかしい。

 三枝は胸騒ぎを覚えてすぐ隣の紗川を見上げた。

その横顔は、鋭くドアの向こうをにらんでいるようだった。


「鍵をかけないなんてとんでもない。在宅中でも鍵をかけているんです。チェーンだってかけますよ」


「鍵のかけ忘れということは?」


「雨の日に徒歩で出かけるとは思えません。妻は靴が濡れるのを嫌がるんです。家にいるはずです」


 岸は「帰ったぞー」と呼びかけてから紗川たちを招き入れた。


 家の中は暗く、静かだった。

 岸が明かりをつけると、玄関が明るくなった。

 一般家庭にしては広めではないだろうか。

 三枝はぐるりと見渡してひそかに吐息をつく。


(俺のチャリも余裕で入りそう……)


 スッキリと片付いた玄関には、岸の妻の趣味なのか、天使とバラのモチーフの置物や犬の小物が飾ってある。


(こう言うの、取り扱ってるのかな?)


 好きな人は一定数いるだろうが、それほど珍しい品物という印象は受けない。

 しかし、いずれも安くはなさそうだ。

 ひんやりとした廊下を縦に並んで歩く。廊下は足元だけをうっすらと照らすフットライトが所々に設置されていた。

 このフットライトも売り物なのかもしれない。ランタンを持った仔犬や天使の置物は可愛らしい。


(こんな感じの……ドンキのガーデニングコーナーとかで見たことがあるような……)


 なるほど、と三枝は密かに頷いた。

 三枝の家は商家だ。自営業の家がどんなものか想像がつく。これらの小物は岸の妻の趣味というだけでなく、見本として撮影で使ったものでもあるのだろう。


(で、ある程度在庫がなくなったら、アウトレットで売るって感じかな?)


 食べ物を扱っている店なら、店の者がそれらを食べるのは当たり前のことだ。だが、それ以外のものとなると、全部を自分で試すのは難しい。電気屋だって全ての家電を試しはしないだろう。

(そう考えると、岸さんの奥さんは真面目に仕事してる気がする。ストーカー心配するくらい美人で仕事熱心。ありきたりのものを売ってたとしても、ファンがつくのは当たり前かも)

 

 自分で使った上で商品を紹介しているなら、買う方も安心だ。

 岸が言っていた通り、探せば家の近くでも買えそうなものばかりかもしれないが、そういうところで差別化が図れているのではないだろうか。

 三枝はそんなことを思いながら辺りを見渡していた。


「この先がリビングですので」


 岸が廊下の突き当たりのドアを開ける。どうやら明かりはついていないらしい。岸がリビング側の壁に触れる気配がしたかと思うと、前方が明るくなるのが分かった。


「さあ、どうぞ――……」


 前に進んだかと思いきや、岸が立ち止まった。すぐ後ろにいた紗川もそれに倣って止まったので、一番後ろにいた三枝は勢いよくその背中に鼻をぶつけるはめになった。


「いたたた……もう! 急に止まらないでくださいよ!」


 鼻を抑えながら見上げると、紗川の表情が険しいのに気づいた。


「どうし……」


「美子っ!」


 岸の叫ぶ声が聞こえると同時に、紗川がすばやく室内に入る。紗川の背中が移動したことで、ようやく三枝にも室内を見渡すことができた。

 フローリング張りの広いリビングだった。

 廊下に比べて暖かいからここは床暖房なのだろう。

 左手にはダイニングテーブルがあった。右手には大きな窓があり、こちらに背を向けてソファがあった。ソファには誰かが座っているようだった。栗色の髪が見える。

 三枝の位置からはソファが邪魔してそれ以上確認することはできない。

 ただわかることは、異臭がすると言うことだった。

 探偵助手となってから、何度か経験している臭い。

 何度遭遇しても、慣れることのないーーけして、慣れてはいけない、独特の気配。


「美子……」


 岸がそれに向かって何か言っている。

 紗川がそれのそばにひざをついていた。

 いやな感じだ、と三枝は思った。


「岸さん……これ以上動かしてはいけません。三枝君、電話を」

「あ、は、はい」


 紗川の声に、三枝は慌ててスマートフォンを取り出した。

 焦りのあまりにもたつきそうになる。


「えと、いち、いち……」

「何やってるんだ、救急車だっ! 早くっ!!」


 怒声の熱を奪うように、紗川の低い声が岸を呼ぶ。


「早く、きゅう――」

「岸さん、呼ぶべきは救急車ではありません」


 三枝は、スマートフォンを持ったまま、紗川と岸を交互に見た。


「何を言ってるんだ、救急車が必要だろう?」


 岸の気持ちは理解できる。

 喉の奥が詰まるような、苦しさを覚えた。


(分かります……でも)


 だが今は――


「救急車は遺体を乗せる車ではありません」


――遺体


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ