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探偵と助手の日常  作者: 藤島紫
第1章 「本日のおやつは、さつま芋パイです」
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ローストビーフとピクルス

「ノイローゼまで行かなくても、それに近い感じがします」


 紗川は頷いてから小さく息を吐いた。


「昔……今ほどストーカーの危険性が世の中に認知されていなかった頃のことだ。ある女性が異性から付きまとわれると警察に相談しても取り合ってもらえなかった」

「モテてるんだから良いだろって事ですか」

「そういう事らしい。だがこの事件をきっかけに、ストーカーというものが世間に認知され、規制する法ができた」

「知ってます。埼玉県内の事件ですよね」

「当時は大きく報道されたが、君が知っているとは思わなかったな」

「一応、探偵の助手ですからね。勉強はしますよ。つまり、岸さんの惚気だって受け流さないほうがいいって事ですね」

「惚気話だったと、笑い話で済めば何よりという事だ」







 渋滞は一向に解消される様子がない。テールランプの赤が雨に乱反射してまぶしく、三枝は目の疲労を感じ始めていた。


「これだけギラギラ光ってると眩しくて目が疲れますね。ちょっと寝てていいですか?」

「運転している方はどうしろというんだ?」

「頑張ってください」

「君と心中する気はないぞ」

「寝ちゃダメだー、寝たら死ぬぞー」

「目を閉じながらいうな」

「いててててて」


 グリグリと眉間を拳で押された。


「ひどいですよ、先生」

「どっちがひどいって?」

「まあまあ……。ほら、コーヒーでも飲んで目を覚ましてくださいよ」


 三枝はドリンクホルダーにあるタンブラーを渡そうと持ち上げ、あまりの軽さに驚く。


「あれ……?」


 三枝がタンブラーを左右に振ると、ちゃぷんと高めの音がした。

 少なくとも、中身がたっぷりある音ではない。


「コーヒーからなのか?」

「からじゃなさそうですけど。いつのまに」

「さっきだな。犯人の顔が見たいなら鏡を見ろ」

「あー」

「それはショートサイズのタンブラーだからせいぜい缶コーヒー1杯分の容量だったんだぞ」


 そういえば、おいしいと思って、ついつい飲んでしまったような気がする。

 ほんの少しだけのつもりが、気付いたらずいぶん飲んでいたらしい。


「喉が渇いていたなら、冷蔵庫に他に飲み物があっただろう」

「そんなに時間はかからないだろうと思ってたんで」

「見通しが甘かったな」

「反省してます」

「次は用意しろよ。……で? 気に入ったのか、マンデリン」

「はい!」

「ましてや焙煎したてだからな」

「そうなんですよ、すっげえ美味しかったです。開封したばっかりだったし。開封すると酸化が進むから、開封したてがいちばんおいしいって言ってるじゃないですか、先生」

「飲ませてやるつもりだったからそれは構わないんだが……ここまで飲まれるとは思わなかったぞ」


 三枝がコーヒーのおいしさを覚えたのは紗川の影響だ。

 紗川も、それを面白がっている節はあるから、三枝が飲んでしまっても怒ったりはしない。基本的には。

 問題は、紗川が飲みたいと思っているときにそれがないという事だ。


「えっと……すみません?」


 ちらりと視線を向けた紗川は、ようやく言ったかとばかりに苦笑いしていた。


「少しは上司をいたわってくれ。もっとも、ひとが運転している間に、その目を盗んで半分以上飲むのが君の良識であると言うなら別だが」

「あーもう。わかりましたよ。もー寝ません。起きてますっ」

「よし。なら、目頭でも揉んでろ」

「はーい」


 言われた通り、目頭をマッサージすることにした。


「先生は目が疲れたりしないんですか?」

「疲れる。一人で運転していたら、どこかで休憩を取っているところだな」

「ですよねー。あ、ファミレスがあるー。先生、お腹すきました。帰り、行きませんか?」


 前方の交差点に付近に馴染みのレストランの看板を見つけて、空腹を感じてしまった。いつも注文するドリアの味を思い出してしまい、より空腹感が増す。


「何を言っているんだ君は」


 眉をしかめながら、紗川がレストランの方を見たのに気付いて、期待値が上がった。


「とか言いながら、先生もお腹すいてるんじゃないですか?」

「そうじゃない。方角的にはあちらではないかと思っただけだ」

「またまた~。パイとドーナツだけでしたし。あ~、ドリア食べたいなあ~」

「パイはバターと小麦粉だぞ」

「そうなんですか?」

「更に、ドーナツは小麦粉と砂糖と卵が主材料。つまり、いずれも油と炭水化物の塊だと言っているんだ。栄養バランスを考えろ」

「先生、隠れマッチョだしいいんじゃないですか?」

「何だそれは」

「細マッチョって言うと怒るくせに」

「何か言ったか?」

「何でもないでーす。もー、じゃあ夕食はどうするんです?」

「ローストビーフとピクルスとオニオンスープ。あとマリネもある」

「……わーい、先生の作り置きメニュー……」

「全く喜んでいないのがよくわかるぞ」

「たまには外で食べたいです」

「作り置きに文句を言うな」


 はーい、と軽く返事をしてシートにもたれる。

 先のメニューはおいしいことに間違いはないのだが、頻度が高いため、飽きてしまうのだ。

 それに、ヘルシーな食事が常においしいと感じられるほど、三枝は年を重ねていない。ローストビーフよりもハンバーガーだし、ピクルスやオニオンスープより、ポテトとコーラの方がいい。

 ファストフード店に行きたいと言わずにレストランと言ったのは、三枝なりの譲歩でもあったのだが、上司には伝わらなかったようだ。


「やれやれ……家に着くまでもちそうにないなら、帰りに菓子パンくらいは買ってやる」


 こめかみから指を差し入れるように長い前髪をかき上げ、紗川がため息をつく。

 一向に進む気配のない渋滞に、嫌気がさしているのだろう。

 そんな時に隣で不機嫌になられてはたまったものではないとでも思っているのかもしれない。


「ごちそーさまです」

「次からは、人のコーヒーは飲まないように」

「善処しまーす」


 軽く小突かれたが、それは笑い飛ばせる。

 渋滞の苛立ちも、引き起こされる眠気も、明るい会話で紛らわせられただろうか。

 外は様々な光が雨に反射して眩しいほどだが、車内はオーディオの明かりだけだ。

 音楽は雨の音にかき消され、ほとんど聞こえない。


身体づくりが好きな厨二におすすめ、高たんぱく低脂質……ローストビーフ。

運動後に優しいアミノ酸は、ピクルスで摂取……と、無駄のないメニューです。

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