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探偵と助手の日常  作者: 藤島紫
第1章 「本日のおやつは、さつま芋パイです」
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思い込みか否か

「いやいやいやいや、遠いですってば。岸さんのケータイ番号、聞いてます? 早く合流しないと間違いなく迷うやつですよこれ」

「迷わないように努力しよう」

「そ、そう言う問題……?!」


 絶句していると紗川がクッと笑い、ゆっくりと車が前進する。


「大丈夫だ、ちゃんとたどり着けるさ。岸さんとは、旧16号沿いのコンビニで一度落ち合うことになっている」

「そんなこと言ったって、コンビニはいくつもあるじゃないですか」

「心配ない。岸さんの自宅は知らないが、途中までは行き慣れた場所だ」

「ほんとですか?」

「新しくできたシアトル系のカフェの近くにあるコンビニだ」


 カフェと聞いてようやく信じる気になった。

 コーヒーを飲みに出向いたのかもしれない。


「ならいいですけど。やばくなったら、言ってくださいね。電話しますんで」

「全く……君はもう少し上司を信用したらどうだ?」

「信用はしてますよ。先生は運転うまいから事故らない」

「事故はこっちが注意をしても起きるときは起きるんだが……まあ、いい。岸さんの電話番号は手帳に書いてある。いざとなったら連絡を取れるから心配するな」

「最初からそう言ってくれればいいんですよ」







 土曜の午後五時。国道は混雑していた。いつになれば到着できるのかと、苛立つより気が遠くなるような車の数だ。先ほどから動いているよりも泊まっている時間の方が長い。

 さらに、国道16号から県道2号にうつると、車線が1本になってしまったせいで、流れが悪かった。そこへトラックが入ってくると前方にどんな車がいるのか、全く分からない。三枝は岸のミニクーパーを探すのを諦めた。


 ウィィン、ゴンッ……ウィィン、ゴンッ……


 寝ていたワイパーがフロントガラスを滑り、急ブレーキを踏むように音を立てる。


 ウィィン、ゴンッ……ウィィン、ゴンッ……


 雨水を掃くワイパーの音が車内に響くジャズを邪魔している。三枝は、ワイパーの音とリズムがずれているのが気になって仕方がなかった。


「そういえば、新しいカフェって、シアトル系のだって言ってましたよね。帰りに買って帰りたいです」


 視線でワイパーの動きを追いながら、合流場所を想い浮かべた。


「シアトル系のカフェって、女子が好きそうな甘いのばっかりってイメージだったんですけど、カフェラテは甘くないじゃないですか。あれのうまさを知ると、いいなあって思うんですよね」

「それは、奢ってくれと言うアピールか?」

「そういうわけじゃないですけど」

「やれやれ……うまいコーヒーが飲みたいなら、一口飲んでいいぞ。ホットだが」


 紗川は右手をハンドルに添えたまま、左手でドリンクホルダーのタンブラーを持ち上げた。中には、事務所で淹れたマンデリンが入っている。

 紗川がタンブラーでコーヒーを用意するのは節約の為ではない。美味しいコーヒーを外でも飲むためだ。

 客人には提供したが、自分では飲んでいなかった。何しろ1000グラムで1400円、飲まない選択はない。礼を言って一口飲むことにする。

 マンデリンは苦みとコクのバランスの良さが、特徴的な豆だ。

 しっかりした苦みをコーヒーの油分がまろやかに包み込むためだろう。舌の上に広がるオイルがこのコクを作っているのだろうか。

 おいしさについた吐息を、紗川は違う理由に受け取ったらしい。


「気持ち落ち着いたか? 合流場所が分かれば安心だからな」

「まあ、そうなんですけど。それだけじゃなくて」

「何か気になるのか?」

「気になるっていうか、和菓子屋の跡取り息子として育った環境のせいか、お客様にご迷惑をおかけしてはいけませんって言われてきたなら……」


 三枝から見て、紗川はサービス業の何たるかをあまり理解していないような気がする。


(はぐれないにしても、待たせちゃうのは悪いよなあ)


 ただでさえ混む時間帯だ。雨が降っていればなおさらだろう。


「三枝君」

「はい」


 自然渋滞による流れの停滞で、シルビアは完全停止してしまった。

 前を見ていた紗川の視線が、一瞬だけ助手席の三枝をとらえる。


「そう焦ることはない。君のことだから、落ち合う場所を決めているとわかったら、今度は待たせることを心配しているんだろうが、あちらもこの渋滞の中にいるんだ、状況は分かるさ」

「すみません。わかってるんですけど、客商売のうちで育ったせいか……こう言うことがあると、クレームにならないか心配になっちゃうんですよね」

「無茶なクレームは、単なる言いがかりだ。それに振り回されて優良な顧客に迷惑をかける方が問題だ。ついでに言うなら、そういうのは客と呼ばなくていい」


 紗川が客と呼ぶ以上、言いがかりをつけるような存在ではないということだろうか。確かに、岸はそんなことを言い出すようには見えなかった。


 車は穏やかに前進する。

 視界に映るのはテールランプの赤ばかりだ。


 フロントガラスに雨粒がパタパタと落ちら側からワイパーがそれらをすくって視界をクリアにして行く。


 雨の日のドライブは、嫌いではない。


「先生、ちょっといいですか?」


 歩道を歩く人が車を抜かしていくのを視界の端に捕らえながら、三枝は尋ねた。


「依頼内容の確認なんですけど」


 横目で三枝を捉えた紗川の視線は、すぐに正面に戻った。ゆるゆると車が前進する。


 車の間をすり抜けて行く二輪車に注意をしている必要があるからだ。退屈そうにしていても、紗川の視線が三つのミラーを常に意識しているのだろう。


「岸さんは、奥さんが殺されるんじゃないかと思っているわけですよね?」

「そうだ」

「奥さんが通信販売を始めて、客が増えて、その客に殺されそうって話ですよね?」

「変質的な客がいる、という事らしいな」

「客商売してたら絶対変なのも来るからなあ……。俺のウチもきますし」

「三枝の家のような老舗の和菓子屋でもそういうことがあるのか」


 三枝の家は老舗の和菓子屋だ。一見客よりも常連が多い。紗川もそれを知っていて、驚いたのだろう。


「なんだかんだ言って川越は観光客多いですから。材料の仕入先はどこだとか、あずきの品種を教えてくれとか、どうやって作ってるんだとか、明らかに企業秘密って分野を聞こうとしてくる素人とかもいますよ」

「 それだけ関心を持たれているということなんだろうな」

「っていうか、それならいいんですけどね。食べ終わってから、この前のは好きじゃなかったから代金返してくれなんてヤツもあるんで」

「それは凄い」

「あ、でも、クレーマーは全部無視ってわけじゃないですよ。いいこともありますし」

「たとえば?」

「言われて初めて気づくことってあるじゃないですか。そういう意見を取り入れて改善したら売上が上がったってこともあるんですよね」

「まさに『貴重なご意見』だな」

「もちろん変なのもいますよ。でも岸さんのようにお得意さんを変質者扱いするのってどうなんでしょうか」

「客に対して失礼だと?」

「お客様は神様だなんて言う気は無いですよ。クレーマーは他のお客さんにも迷惑になりますから。でも、岸さんの言い方だとお得意さん全部が困った人っていう扱いだったから気になって」

「なるほど」

「ちなみに。先生は店先でうちのバイトと話し込むから迷惑なんですよ」

「こちらから話し込んでいるわけでは無いんだが」

「女子高校生とか女子大学生とかに色目を使うのはやめてください」

「使った覚えはないんだが……それこそ、言いがかりだ」

「そうかなあ……あ、気がついたんですけど。先生みたいなのがお客さんがいて、岸さん心配になっちゃったのかも」

「君、上司をジゴロか何かの様に言うのはやめてくれないか?」

「冗談ですよ。先生と相性悪いのはウチのお父さんだけなんで。気にしないで買いに来てくださいね。うちの母も、楽しみにしてますから」

「……それは良かった」

「でも、お客さんに殺されるかもなんて……通販ですよ? なんか、思い込みっぽい」


 紗川は頷いた。


「ああ、それが問題なんだ。昨夜も話を聞かされたんだが、殺されるかもしれないと不安がるばかりでその原因についてはさっぱりだ」


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