表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
探偵と助手の日常  作者: 藤島紫
第1章 「本日のおやつは、さつま芋パイです」
4/26

探偵助手の仕事内容

「ちょっと勇気が要りましたよ、戸を叩くのに。最初から廃屋まがいの建物ですって聞いていなかったら絶対に通り過ぎてましたね」


 身長は三枝と同じくらいだが、体重はずっと少なそうだ。がりがりに痩せているが、神経質そうなところは少しも感じられず、笑った顔はとてもひょうきんだ。


 三枝は痩せ型の人は神経質そうだと思ってしまう自分の思い込みを反省する。


「車、すぐ前に停めたんだけど大丈夫ですかね?」

「ここは取締りが多いですから、移動したほうがいいでしょうね。わたしの駐車スペースに、一台分の余裕がありますよ」

「こっちから見えなかったんですが、どこです?」

「すぐ裏です。一方通行があるので、回り方を書いてお渡しますよ」

「それは助かります」


 紗川が駐車場への回り道を書いていると、「ああそうだ、車といえば――」と、客が眉を寄せた。


「さっき、ガソリンスタンドでずいぶん不愉快な思いをしましてね」

「どこのスタンドですか?」

「ほら、パイパスのところのフルサービスのガソリンスタンド」

「ああ、あそこですか。フルサービスのところは減っているから、小さいのにいつも混んでいますね」

「そう、そう。フルサービスの割には安いから気に入ってたんですがね」

「丁寧な店だと思っていましたが、何かあったのですか?」

「それがですね、エンジンオイルが少ないから足したほうがいいっていうんですよ。つい先月車検を通ったばっかりなのに……。まあ、分からなくもないんですよ。セルフに客を取られて、売り上げ伸ばそうと必死なんでしょうね」

「走っていれば、減るものではあるのですが……確かにこれほど短い期間では……。もし気になるようでしたら、ディーラーでもう一度見てもらうことをお勧めしますよ」

「中古で買ったから、ディーラーを使ったことがなくてねえ。あ、車検は専門店がいいですよ。安い割に――」

「それより、早く車を移動した方がいいのではありませんか?」


 紗川は苦笑して仕上がった地図を客に渡す。話し好きのようだ。

 気が済むまで離していたら、キッブを切られてしまう。

 紗川は気が合ったといっていたが、どちらかというと向こうが一方的に話しているのにつき合わされただけなのかもしれない。今も紗川が促さなければそこでずっと立ち話をしそうな勢いだった。せっかく忠告をしても、駐車違反の切符を切られかねない。


 客は、慌てた様子で車の移動のために外に出て行った。


「車、好きな方なんですか?」

「ああ、昨日はロータリーエンジンの話で盛り上がったな」

「とりあえず、かっこ良さそうな車なんだろうってことは分かります」

「ロータリーエンジンはエンジンであって、車の名前じゃないぞ」

「すみません、全然分からないんでいい加減なこと言いました」

「車のエンジンにもいろいろ種類があるってことだ。昨日は車談義で盛り上がったんだ」

「全然株じゃないじゃないですか」

「いや、株に関係するぞ。運転を楽しみたい人間にとっては残念なんだが、これからは電気自動車がどんどん増えてくるだろうからな」

「クリーンでいいんじゃないですか?」

「電池の安全性を考えたら、そんなことは言えない。メーカーは安全性をうたっているが、万が一事故が起きたらガソリンエンジンの比ではない爆発が起きるんだ。バッテリーや電池に係るメーカーの株を買うときはリスクを考え、複数に分けた方がいいのではないかと言う――」

「その話、長いです?」

「退屈だったな」

「退屈っていうか、一気に言われてもわからなくて」

「そのうち図解してやろう」


 ありがとうございますと答えながら、三枝はコッソリとため息をついた。

 車が好きな紗川と車の話で盛り上がったと言うのなら、相当な車好きだろう。

 ならば、近年の車事情には退屈しているかもしれない。

 子供のころから同じところに住んでいたからだろうか。川越に住んでいても車を持たない人が増えているのを感じている。

 三枝の両親は仕事の都合で車を運転するが、仕事以外ではめったに乗らない。駅が近いからと言うだけではないのかもしれない。当然かと思いながら、客が戻ってきたときに備えて準備を整える。

 準備と言っても、これ以上、三枝にできることは殆どない。紗川が先ほど言っていた記録係に徹することにした。

 パソコンを立ち上げて、準備万端の状態で待機していると、客が戻ってきた。


「歩くとすぐ裏なのに、車だと回らないといけないんですねえ」

「お手数をおかけします」

「いやいや、ありがたいですよ。ところで、そちらは?」


 戻って来た客は笑顔のまま三枝を見た。先ほどは三枝の存在に気づかなかったのだろう。


 制服の高校生に紗川の事務所は似つかわしくない。三枝はどういうべきか迷った。彼がどういった目的で事務所を訪れたのか分からなかったせいもある。


「助手……というかアルバイトです」

「アルバイト?」


 それは客にとっては予想外の言葉だったらしい。


「主に記録係ですが、情報の整理などをやってくれているんですよ」


 紗川の説明の仕方はどうだろうかと三枝は不安になった。


 確かに事件のないときの三枝のしていることといえば、言われた記事をスクラップしたり、無造作にプリントアウトされた書類を整理している。


 すぐに調べられるように、キーワードからインデックスを作ったのも、エクセルで目録を作ったのも三枝だ。


 毎日していることと言えば、ひたすら切り貼り、時折パソコン、そのくりかえし。休憩時間には紗川に宿題を見てもらうか、ゲームをして遊ぶ。


 紗川の友人たちからは、仕事以外の時間の方が長いとからかわれたりもするが、その分時給は低いのだから、問題はない。


(問題は……ない、たぶん。雇主の先生が良いって言っているんだからさ)


 と、自分では思ってはいても、他人からどう見えるかは別の問題だ。それに、制服で学校もわかる。進学校だからアルバイトが禁止されている事に気づいてしまうかもしれない。


 緊張した面持ちで客を見ていたが、客はすぐに得心した様子でうなずいた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ