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探偵と助手の日常  作者: 藤島紫
第1章 「本日のおやつは、さつま芋パイです」
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天然タラシ、有害指定

「ところで三枝君。君、昼食はまだだったのか?」


 紗川は起きてすぐは食事をとらない。ここにグラタンがあるならそれは、三枝のためのものだ。


「そうなんですよ。先生も食べますか?」

「いや、いい。ただ、君はそれだけで足りるのか?」


 どうやらお節介で用意した食事ではなく、男子高校生の昼食にしては量が少ないと案じていたらしい。三枝は笑って頷いた。


「来る時に肉まん食ってるんで平気です。あ、そうだ。先生はスープでも作って飲んで下さいね。お湯を沸かしてありますから」

「コーヒーだけで構わないんだが」

「空きっ腹にコーヒーだけじゃ毒ですよ。先生の彼女からも言われてるんで、せめてスープだけでも飲んでくださいね」

「一体、何で買収されたんだ?」

「買収はされてないですよ? うちの店でお中元とお歳暮を買ってくれただけです」

「やれやれ」


 肩をすくめた紗川は「そういうことなら」と、コーヒーを置き、インスタントのスープをカップに入れた。

 コーヒーとスープ、カップ二杯分の水分だ。寝起きにはちょうどいいだろう。


「先生。目は覚めましたか」

「だいぶマシだ」

「何割くらい起きてます?」

「八割方」


 それだけ起きているなら大丈夫だろう。

 文句を言っても届くはずだ。

 よし、と気合を入れて睨んだ。


「どうした?」

「先生、何か言うことありませんか?」

「何か、というと?」


 八割起きているというのなら、文句を言っても伝わるはずだ。

 三枝は静かに息を吸うと、一気にまくしたてた。


「時間考えて電話してくださいっ! 夜中の一時過ぎてすよ? ものすごく非常識だと思うんですけど!」

「あー……そうだな、悪かった」


 あっさりと謝られるとは思わなかった。


「もういいですけど……」


 ため息をつき、立ったままグラタンを食べることにした。それにつられたように紗川もスープに口をつける。


「珍しいですよね、酔ってたみたいだったし」


 そういった顔にはもう先ほどの不機嫌の表情はない。


「昨夜はオフ会があったんだ」

「オフ会? それって、よくネットで知り合った人たちが会う、アレですか?」

「そうだ」

「先生もそういうのに参加するんですね」

「オフ会と言っても、投資家の情報交換の集まりだからな。情報交換会だ」


 紗川には投資家としての一面がある。探偵という仕事だけでは生活が成り立たないためとのことだが、趣味ではないだろうかと三枝は疑っていた。


 少なくとも殺人事件に対応している時より楽しそうだ。


「それにしても意外です。先生って、仲のいい友達と静かに飲むタイプだと思ってました。盛り上がりました?」

「盛り上がったかどうかはわからないが……昨夜はトヨタ2000GTのオーナーがいたから車好きが集まった。エンジンを一度バラしてクリーニングしてから組み立てたらしいんだが、現代でも遜色のない走りだそうだ。ああいうこだわりは聞いていて心地がいい」

「つまり、楽しかったんですね。で、飲みすぎたと」

「残念ながら、飲みすぎた原因は幻の名車ではない。気にかかる人がいたからだ」

「美人ですか?」

「何が聞きたいんだ」

「美人なんだろうなって。気にかかったくらいだから」

「やれやれ。勘違いをしていないか?」

「どうせ口説いたんでしょ。自覚なしでタラして歩くから本当に立ち悪いんですよ、先生は」

「一体君は僕をなんだと思っているんだ」

「天然タラシ。違うんですか」

「違う」

「でも、女の人でしょ?」

「これから来客がある。自分の目で確かめてみろ」

「その言い方だと……」

「男だ」

「うわ、つまんなーい」

「何がつまらないんだ?」

「べっつに~、こっちの話でーす」


 美人の来客なら大歓迎だったのに、とボヤいても、紗川には相手にしてもらえなかった。それどころか、やれやれとため息をつき、空になったカップを洗っている。


「わ、先生すみません。コーヒー飲むなら別のを使ってください。俺のが食べ終わったら一緒に洗うんで」

「君の洗い物はせいぜいフォーク一本だろう。こちらもカップ一つだ」

「すみません」

「気にするな」


 日頃、家政婦がわりにされていることに不満を抱いてはいても、目の前でカップを洗わせてしまうと居心地が悪い。

 三枝が冷凍グラタンの残骸を捨てようとしていると、背後で紗川がいれたばかりのコーヒーを飲んでいた。


「三枝君。上の棚は見なかったか?」

「上の棚、ですか?」

「昨日、焙煎してもらった豆がある」

「焙煎したて! それ美味しそうですね」

「手で落としたいところだが、来客中にそれはできないだろうからな」

「じゃあ、お客さんが来たらそっちは用意します。ところで、お客さんって、昨日会った人ってことは投資関係の人ですか?」


 投資家同士の集まりで知り合ったのなら、そうだろうと踏んで尋ねた。


「そうだ」

「ふうん……じゃあ、俺、お茶とか出したら帰ろうかなあ……」

「何か用事でもあるのか?」

「そうじゃなくて、事件とかだったら――むしろ帰れって言われてもいますけど――経済とかの難しい話されてても、居づらいだけだし」


 紗川はそれに苦笑しながら「帰れとは言わないさ。大切な記録係が居なかったら困るだろう」といって肩をすくめた。


「先生に人並みの記憶力がないのは神様の良心だと思います、俺は。人間何か欠けてるところがないと、人から好かれませんよ?」

「自分が不完全であることを自分で許すためにか?」

「どうしてそういうひねくれた捉え方しかしないんですかね、この人は!」

「それともねたみ根性というべきか?」

「うっわ、サイテー思考っ」

「ほめ言葉として受け取っておこう」

「誰もほめてません。全く……あ」


――ドンドン


 ガラス戸を叩く音がする。二人はほとんど同時に振り返った。

 すっかり色あせたカーテンに、人影が浮かんでいる。


「来たようだな」


 紗川は自ら歩み寄り、カーテンの隙間から相手を確認した。


「お客様ですか?」


 待っていた人なのか、と言う意味で三枝が問うと、紗川は肩越しにうなずいて戸をあけた。

    

「やあ、どうも、紗川さん」


 陽気な声を上げて小柄な男が入ってきた。


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