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探偵と助手の日常  作者: 藤島紫
2章 運転者にはノンアルコールのカクテルを
25/26

コープス・リバイバーを奢りますよ

「なに?」


 暗い瞳のまま答える彼女の声は、こわばって聞こえる。

 だからこそ紗川は柔らかに目を細めた。


「髪、邪魔になりませんか? オープンカーを運転するには不向きですよね」

「……え?」

「ホロをかぶせていれば大丈夫なのかもしれませんが、この季節は静電気もありますからね」


 少しだけ驚いた顔をして、それから紗川の顔を見て笑った。

 紗川も髪が長い。


「あははは。うん、邪魔。はっきり言ってすごく邪魔。まさか男の人からそんなこと言われるとは思わなかったなあ」

「時に、男性の方が髪について真剣に考えているものです」

「そりゃ、そうだ、禿げたら色男も台無しだもんねえ」


 ケラケラとひとしきり笑った後、彼女は首を振った。


「あーおかし。あたしの髪はさ、仕事で仕方なく、こうなってるの」

「仕事のために伸ばしたのですか?」

「伸ばすとか、ないわー。これ、エクステンションね。本当はものすごく短いの、このくらい」


 そう言って耳のところを指差した。ショートの方がイメージに合う。


「長いのってホント面倒。それに――」


 彼女は毛先を掴むと、いちど指に絡めてから弾いた。


「この髪、見てたくないしね」


 サラサラと髪が流れ落ちる。


――触ってみたい? だめ、触らせない


 何度も見たCMのワンシーンが脳裏をよぎった。

 あの女優は、もう世の中にはいないと思うと不思議な気持ちだ。

 彼女の長い髪に、亡くなった女優がいるような錯覚を覚える。


「……ところで、貴女の同僚には、自信があったのでしょうか?」

「何が?」


 紗川は肘をつき、彼女を見つめた。


「貴方の同僚は、事前に念入りに調べたのだろうと思いますよ。大変だったでしょうね。毎日毎日」

「そりゃ大変だったよ、仕事してるんだもん」

「毎日、毎日……警備員が何時にくるのか、車を止める位置はどうするか。綿密な計画が必要です。特に車を止める位置には気を配ったでしょうね」

「何それ〜。あたしの同僚が犯人みたいじゃない」

「はい。彼女が犯人です」


 肘をついたまま、紗川は女を見つめ、はっきりと口にした。

 彼女の顔から、微笑みが消えた。


「すべて机上の空論です。しかし、わたしは彼女こそが犯人であると考えます」

「……ふうん。そうなんだ」

「ただ答え合わせの前に、一つ、ヒントをいただけないでしょうか」

「どんな?」

「女優はマンションの中で殺されましたか?」

「うーん……そうねぇ。じゃあ、それだけ教えてあげる。マンションの中で殺されてるよ」

「そうですか。ならば問題ありません」

「それだけでいいの? どんなふうに殺されたのかとか、そういうのは?」

「この場合、殺し方は関係がありません。刺そうが締めようが打とうが、なんでもいい。貴女も死因は全く話していなかった。だからこれはこの話では重要ではないのでしょう」

「重要じゃないって……死んでるのに」

「犯人当て――つまりクイズじゃないですか。気楽に答えて構わないでしょう?」


 紗川はことさら優しく微笑んで見せた。

 女性を口説くかのように、心地の良い声で、甘くささやく。


「これから先は犯人当て、と言うより、こういう可能性もあるのではないか、と言う創作です」


 紗川はスモークチーズに指を伸ばし、つまんだ。


「貴女は話さなかったが、まず前提として、女優がマンションに帰るときに使った交通手段は何かを考える必要があります。女優は顔を知られている。そして、一緒にいたのはカースタント。カースタントが車を持っていないとは考えられません」

「そう、殺された女優の家には、車で行ったよ。あたしの同僚と女優が車ね。同僚の車で行ったの。で、残りの二人はタクシー」

「女優は車を持っていますか?」

「免許は持ってるけど、ペーパーだよ」

「なるほど。犯人――貴女の同僚に都合のいい条件が重なりましたね。彼女はマンションに添わせるようにして路上駐車した。女優は車を持っておらず、普段も乗らないなら、犯人が車を止める場所などに頓着はしないでしょう」

「そうかもね」

「遺体はマンションの外で発見されています女優を殺した犯人は、ロープもしくはそれに類するものを使い、死体を窓からおろす。貴女の同僚の車の車種は何でしょうか」

「ノーコメント」

「では、オープンカーとしましょう」

「なんでいきなりオープンカーなの?」

「そう考えると、都合がいいと思いまして」

「都合って」

「創作ですよ」


 紗川はつまんでいたスモークチーズをかじった。


「4人乗りの車なら、残りの二人がタクシーを使うこともない。カースタントの車に女優が乗り、マネージャーとADはタクシーだったことから、カースタントの車はツーシートだったと考えられます。そして多くのオープンカーはツーシートです」


 ツーシートとオープンカーを結ぶのはあまりにも強引だ。

 絡め取るために、会話に罠を張る。紗川は流れるように話し続けた。


「死体をオープンカーに落とす。発見される可能性は高いですが、時間帯を考えれば見つかる可能性は低い。きちんと車の中に落としてやれば、すぐ近くで見ない限りわかりはしません。仮に人影が見えたとしても、車に人影があるのは当たり前です。殆どの人は、それが死体とは考えないでしょう」


 誰かに発見されるリスクは高い。しかし、それでもかまわないと彼女は考えていたのではないだろうか。

 S2000はけして安い車ではない。

 それに、大切に乗っていることはすぐにわかる。

 古い車なのにボディは綺麗だった。それを駐車禁止エリアに堂々と止めると言う行為が、自暴自棄な心を表している。


「彼女は死体を下した後、あらかじめ用意していたサンタクロースの衣装を着て大きな袋に軽いものを詰め、それを担いで外に出ます。警備員に目撃されるためです。袋に詰めたのは、ぬいぐるみやクッションなどでしょう」

「何でそんなめんどくさいこと……」

「サンタクロースの姿をして、人が入っていてもおかしくないほど大きな荷物を背負っていたら、誰も女性とは思いませんよ。それにサンタクロースの衣装は体のラインを隠します。流石に2メートルもある、体の大きなマネージャーでは、一目瞭然でしょうが」

「ADと同僚は身長が同じくらいだったかもしれないね」

「最初から罪を着せるつもりだったのか、あるいはごまかすだけでいいと思ったのかは分かりません。サンタクロースの衣装を着た彼女は、目撃者を作った後、今度は目撃されないように衣装を脱いで車に戻り、遺体を移動して何食わぬ顔でマンションに戻る」

「飲酒運転じゃない」

「カースタントをしているくらいですから運転には自信がある。もっとも、殺人の前に、飲酒運転など些末なことと思ったのかもしれません。あるいは、酔っているふりをしていただけかもしれませんが」


 ピアノの低音が足音のように響く。ゆっくりと近づいては遠ざかるように。


「あくまでも創作ですが」

「・・・・・・ふうん、やっぱり探偵って本当なんだ。残念、ちょっと好みだったのに」


 彼女は唇でもてあそんでいたサクランボの枝を空いたグラスの中に入れると小さくため息をついた。


「お客様。お代わりはいかがですか?」


 店主が静かな微笑をたたえて彼女にたずねた。


「ん~、どうしようかな。隣の人にもういっぱいマンハッタンもどきのノンアルコールをあげて」


 その言葉に紗川は首を振った。


「それよりも、いっしょにいかがです? コープス・リバイバーを奢りますよ」


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