お伺いいたします
殺人、と言う言葉に紗川は眉を寄せた。
犯人当てと言う軽い言い方からは思い至らなかった言葉だ。
女性は面白そうな顔で微笑んでいる。
「女優が殺されたとなれば、大騒ぎになっていそうですが……未だ、そう行った報道は耳にしていません」
「情報が出ないようにしてるみたいだから。まあ、嘘だって思ってもいいけど」
「では、創作だと思って聞くことにします」
「あはは、そうして」
「それで、4名のうちの一名が殺されたと言うことは、残りの3名が発見したと言うことでしょうか」
「それがさ。みんな酔いつぶれて寝ちゃったから、朝になって警察が来て、はじめてわかったんだよね。女優が殺されたって」
「警官に起こされた?」
「そう」
「じゃあ、死体はパーティーをしたマンションの一室ではなく、別の場所で発見されたのでしょうか」
共に飲んでいた友人達ではなく、別の誰かが遺体を発見したのでなければ、警察が知らせにくるはずがない。
紗川の問いに、彼女は頷いた。
「そう。みんなびっくりよ。前の日、結構飲んでたし。みんなぼんやりしてたところへ、逮捕だって、ADの子が捕まっちゃったんだよね」
「理由は?」
「ほらADは女優と付き合ってたって言ったでしょ? どうも別れ話が出てたみたいなんだよね。でも、男のほうは別れたくなかったらしくて」
なるほど、よく聞く痴情の縺れと判断したのだろうと、紗川は内心で頷いた。
「となると、別れるの別れないのが動機だって思うでしょ? でもそれが理由じゃないんだな」
「それ以上に決定的な何かがあったのでしょうか」
「そうみたい。彼はさ、サンタクロースのカッコしてたのよね。クリスマスだったから」
そう言って、あごひげをたくわえ荷物を背負うサンタクロースを連想させる仕草をした。
「彼だけサンタクロースの服を着ていた……それが決定打になったと言うことは、目撃情報があったのですか?」
彼女はうなずく。
「マンションのすぐ前に中学校があるんだけどね、そこ、夜中一時に警備の人が見回りにくるらしくてさ。その警備員がサンタクロースのカッコをした男が大きな荷物を背負ってマンションから出て行くのを見てたんだって」
「遺体はマンションの外で発見されている……他のメンバーは被害者が外に出て行くのを見てはいないのですよね?」
「そう」
「では、サンタクロースのプレゼントに見せかけて死体を運び出したと警察は考えていたのでしょうか」
「正解。さすが探偵。話が早いなあ」
「しかし、ADだけが怪しいとは言い切れません。あらかじめ用意しておけば誰にでもサンタクロースの格好はできますから。クリスマスにそれを用意するのは難しくありません。マネージャーや、同僚の方に嫌疑がかからなかった理由はなんですか?」
「マネージャーはすごくマッチョで背が大きいの。昔プロレスやってたらしくって。警備の人が見た姿と明らかに違ってたんだって」
「サンタクロースの衣装を着て荷物を背負っていたなら、ごまかせてしまいそうですが……」
「マネージャー、2メートルを超える大男だよ? 体重も100キロ超えてるし。ごまかしきれないんじゃないかしら」
なるほど、それ程の大男となれば、サンタクロースの衣装を着ていても特徴を隠せない。
紗川は頷き、「では貴女の同僚は?」と尋ねた。
「女だからね。スタントと言っても、車だから。そんなに筋肉があるわけじゃないしね。ほら見てよ。カースタントの筋肉」
彼女は二頭筋を膨らませるように拳を作ったが、特に筋肉質と言う印象は受けない。
「これじゃ、女の子をかついて歩いたらよたよたしちゃう。警備の人が見た時は、そんなによたよたしてなかったわけだしね。同僚には無理だわ」
言いながら荷物を背負ってふらつく動きをする。
紗川は小さく笑ってから、ならば警察の判断は正しいのでは? と答えた。
様々な意見があるが、日本の警察は優秀だ。特に殺人事件ともなれば、刑事課が動く。激務と分かっていて刑事になるのはそれなりの意欲がある者だけだ。
しかし彼女は首を振った。
「でも、おかしいんだよね」
「不審点があるのですか?」
「ADの子はお酒弱いのに、その日は風邪気味だったから……」
紗川は眉を寄せた。
「風邪をひいているのに飲んだのですか? 風邪薬を飲んでいたとしたら、危険ですよ」
「薬は飲んでなかったけど、お酒飲んだらいつもよりフラフラになっちゃってね。一人で歩くのも覚束ない感じだったのに、ひとを背負って歩ける訳がないないのよ」
「酔っている演技をしていたとは考えられませんか?」
「警察もそう言ってた。でも、それはないって」
「何故そう言い切れるのですか? ADと言う仕事をしているならば、芸能関係に興味があるわけですから、過去に演劇の経験などがあっても不思議ではありません。あるいは現在も何らかの舞台で活動している可能性すらある」
「それも違うんだよねぇ」
「何故です?」
「もともとは普通の会社員だったんだよ。で、そこの商品のCMに女優が出て。まあ、それが出会いだったわけ」
「それで転職したのですか。収入が大きく減ったのではありませんか?」
「だと思うよ。でもまあ、その辺は気にしてなかったんじゃないかな。会社の社長の息子だから、もともと困ってはいなかったみたいだし。好きな人の傍にいたいっていう一心だったんだろうから」
「では、彼には演技の経験は……」
「ないない。全然ない。あれが演技だったら、日本中の俳優が大根役者だわ」
つまり、到底演技とは思えない様子だったのだろう。
疑えばきりがない。
紗川は、彼女のこの発言が正しいと仮定することにした。
「ねえ、彼にはできなかったら……誰が犯人だと思う?」
紗川は彼女の問いかけには答えず、カクテルを注文した。
彼女は紗川のグラスに指を伸ばした。
「チェリー、食べないの?」
グラスのふちをたどる彼女の指先は綺麗だった。
「あまり好きではないので」
「ふうん、じゃ、貰っていい?」
「どうぞ」
彼女はチェリーをおいしそうに食べた。
話を聞いているうちにショパンのCDは一回りしてきたようだ。
再び「雨だれ」が店内に響く。訪れたときは満席だったが、空席が目立つ。バーテンがあいたテーブルをふいていた。
この分なら、木崎が来ても座る場所に困る事はなさそうだ。二人席を確保してもらうのは難しくないだろう。
ふと、ポケットの中で振動を感じた。
会話の最中に他者に連絡を取る非礼を詫びて、携帯電話を取り出す。
液晶には木崎からのメッセージがある事と最新ニュースがいくつか表示されていた。
木崎のメッセージには、遅れていることへの詫びと共に、意見を聞きたい事があると書かれていた。
紗川はそれに短く返事をすると、内ポケットにしまった。
「もういいの?」
「はい。失礼しました」
ふうん、ため息のような相槌を打った女は「お代りしようかなぁ」と呟いていていた。
飲みすぎではないかと言う代わりに紗川は先程得た確信をそっと口にすることにする。彼女がどの程度、酒に強いのか分からないが、これ以上酔うのは得策ではないだろう。
「そういえば、髪の長い女優がいましたね。先ほど本川越駅前で宣伝カーで盛んに宣伝していました。貴女のような、長く美しい髪の方でした」
「何それ。もういない人みたいな言い方だなぁ」
「先程、殺されていたとニュースが届いていました」
彼女は短い沈黙の後、口角を上げた。
「あ、そうなんだ」
紗川は彼女の黒い瞳の奥を探るように見つめた。
照明が抑えられている店内だからだろうか。その瞳は深く、くらい。
「一つ、伺いたいことがあります」