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探偵と助手の日常  作者: 藤島紫
2章 運転者にはノンアルコールのカクテルを
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何の仕事をしているように見えますか?

この探偵、女の人と一緒にいるのが似合う、とご感想をいただいたことが何度かあります。

※他媒体で掲載時。

「夕日をイメージしたカクテルです」


 マンハッタンは夕日色のカクテルだ。中に沈むチェリーが真っ赤な夕日そのもののようで綺麗だ。

 日本にいると、太陽が沈むのは世界の終わりであり、朝を願う祈りにつながる。

 だが、砂漠の民はやさしい夜の訪れに感謝をするのだと聞いたことがある。

 店主が作ったのが、夕日をイメージしたドリンクを作ったことにどんな意味があるのか、紗川はあえて聞かず、その色合いを楽しむことにした。


「きれいなカクテルね」


 すぐ隣にかけていた女が声をかけて来た。

 髪の長い女だ。さらさらと真っ黒で腰まである髪は、照明を絞った店内でも光って見えた。


「それ、なんて言うカクテルなの?」


 日に焼けてそばかすのできた化粧っ気のない顔で女は笑いながら話し掛けてきた。


「店主のオリジナルですよ。ノンアルコールです。夕日をイメージして作ってくれたようですね」

「へえ……ノンアル? 飲めないの?」

「相方が来るまえに酔う訳にはいかないですからね」


 紗川は苦笑気味に答えた。

 すでに女は酔っているらしい。

 女の向こう側では、二人組の客が穏やかに話をしている。年配の男性二人組だ。彼女の連れではないだろう。

 一人で飲みに来て、同じく一人でいる紗川に声をかけて来たのかもしれない。


「待っててあげてるんだ。やっさしーい。彼女?」

「友人ですよ」

「そっかー。友達でも、そういう気遣いしてくれるのって嬉しいよね。あたしにはそういう友達いないなあ……」

「自分がしてもらえたら嬉しいことをしているだけですよ」

「そっかー。そもそもそういう考えを持てないからダメなのかなあ?」

「全ての方がそうして欲しいわけではないでしょうから、お気になさらず」


 紗川が柔らかく答えると、女はため息をついた。


「ねえ、それ、すごく高いスーツでしょ。今シーズンの。雑誌で見たもん」

「似ているだけではありませんか? 男物の服は女性用と比べるとどれも代わり映えしませんからね」

「そんなことない。襟の形でわかる」

「当ててみますか?」

「じゃ、当たったら一杯おごってよ」

「どうぞ」


 女はブランドをピタリと当て、満足げに頷いている。


「やった。じゃ、同じのちょうだい」

「アルコールが入っている方がいいですよね?」

「もーちろんっ」


 紗川は約束通りマンハッタンを注文した。


「ご馳走さま。ねえ、内緒にしてくれるなら教えてあげる」

「何をです?」

「表の車、私のなんだよね」


 紗川は内心眉を潜めたが、表情には出さずに「S2000ですか?」とだけ答えた。


「そ。車種、すぐわかるなんてすごいね」

「目立つ車ですからね。それで、教えてくれるのはそのことでしょうか」

「んー、違うんだな。あのね。きっぷ切られてもさ、罰金だけ払えば点数は減らないってこと知ってた?」


 誰が止めたのか分からない以上、警察は逮捕することはできない。最初はドライバーに罰金の支払いを促し、それがなされない時は自宅に郵送で通達が届く。

 その段階でも誰が運転していたか証拠がないため、特定の個人の免許の点数が減点されることはない。

 彼女のいうとおり、罰金さえ払えば、罪がなかったことにされる。


「うふふ。警察公認の完全犯罪だよね」

「警察も記録していますから、常習犯の場合はそうもいきませんよ」

「心配してくれてるんだ。ありがとう」


 機嫌よく感謝されても困ってしまう。

 どうしたものかと思っていると「それにしてもさ」と、彼女の話題は次に移ってしまった。


「イギリスのハイブランドスーツ着てるものも珍しいけど、いまどき髪を染めてない人も珍しいよね。ビックリした。ねえ、どこのお店?」


 彼女が親しげに話して来ることに納得がいった。

 ブランドもののスーツを着ていたからどこかのホストと勘違いされたのだろう。

 こう言った勘違いは初めてではなかったが、ここまでフランクに話しかけられることはあまりない。

 待ち合わせ相手もまだ到着しそうにない。

 彼女の勘違いを指摘してもよかったが、それに自分で気づいたときの反応が面白いのではないかとも思えて来たのだ。

 意地悪かもしれないが、酒の場でのコミュニケーションとしては悪くないだろう。

 紗川は自分がホストと間違えられていることに気づかぬふりをして頷いた。


「川越にありますよ。これは仕事のときに服を駄目にしてしまった代わりに、と頂いたものです」

「駄目にしてしまった? お酒でもこぼされたの?」

「いいえ。逃走しようとした犯人を取り押さえたときに破けてしまったので」

「え?」


 彼女はそのとき初めて笑顔を崩した。


「犯人……? あ! ねえ、もしかして……あなた刑事さん?」

「違いますよ。なんだと思います?」

「そうよね……。でも、ホストじゃないんでしょ?」


 それまでとは異なり、控えめにゆっくりとした口調で尋ねてくる。

 勘違いした事を怒られると思っているのかもしれない。

 紗川は安心させるように微笑んだ。

 サラリと長い前髪が揺れる。


「では、ホストでなかったら、どんな職業に見えますか?」

「わからないわ。普通の会社員って感じじゃないし。でも制作会社とかそう言う感じでもないし……事業とかやってる人?」


 事業をやっているかと言われたら間違いはない。先日も一件、フランチャイズではあるがカフェをオープンさせている。

 しかし、それは紗川がやりたい事を支えるための一つの手段でしかない。


「ねえ、何やってる人なの? 刑事じゃないけど犯人を追いかけたって言うと……弁護士さん? ドラマとかであるよね、弁護士が真犯人を追いかけたりするの!」

「そういうドラマはあるようですが、弁護士は犯人を追いかけるより、弁護する方が多いと思いますよ」


 紗川は犯人逮捕のために走る弁護士というのは見たことも聞いたこともなかったが、控えめに答えておくことにした。

 彼女の中の憧れや夢を壊す権利はない。


「難しいですか?」


 これ以上は意地悪かもしれない。興が冷めるかもしれないと思いながら、答えを告げた。


「探偵です」


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