アメリカーノとラテ
「あの店は車の出入りのために人を雇わないといけないだろうな」
「そうですよね。で、これからどうするんですか?」
「どうもしない。もう一度同じルートで戻るだけだ」
「……げええええっ! かなり歩いてるんですけど!」
「ん? ついてくると決めたのは君だぞ? 僕は車で待っていていいと言ったはずだ」
(きったねぇっ!!)
三枝が記録をすることまで見越していたのは間違いないくせに、責任逃れをするのだ。
確信犯と言わずに何と言おう。
「そんな顔するな。帰りにラテを買ってやる」
「ラテありがとうございますっ! あと途中で肉まん買いますっ! コンビニ寄るの付き合ってください。制服でこの時間に一人で行ったら通報されちゃうんで」
「構わないが、肉まんはおごらないぞ?」
「おごってもらおうなんて思ってませんから!」
「そうかそうか、それはいい心がけだ」
実は心ひそかに奢ってもらえることを期待していた三枝だった。
結局、自腹で買った肉まんをほおばりながら、三枝は車窓の景色を見ていた。ドリンクホルダーには、ドライブスルーで購入したラテとアメリカーノがある。
ラテは三枝ので、アメリカーノは紗川のだ。紗川のアメリカーノはショットを追加して濃いめに作ってもらっていた。
来る時はあれほど混んでいたのに、帰りはスムーズだ。もっとも紗川に言わせると、この時間にしては多いほうということらしいが、三枝は普段を知らないので頷くほかない。
外を見ていると、見覚えのあるレストランがあった。
「さっきのレストランですよね。歩いていた時は見えませんでしたが……」
「徒歩と車では距離の体感が異なるからな。――なるほど、ここまで6分か」
レストランはちょうど交差点の角にあった。シルビアはその駐車場に入り――Uターンした。
「ごはんじゃないんですかっ!」
「確かめる方が先だ」
「歩いたじゃないですか」
「実際に走る必要もある。言っただろう? 徒歩と車とでは異なると」
「もー……いいじゃないですか」
「残念ながら、ハンドルを握っているのは僕だ」
「はぁい」
シルビアは元来た道を戻り、先ほどカフェの看板のあった場所から脇道に入った。点々と光の筋になっていたルートだ。歩いた時は長いと思った距離は、車だとあっというまだった。
岸の家まで行き、店舗前の駐車場でUターンすると、今度はコンビニに止まる。
「ここまで、ゆっくり走って8分。時間帯を加味してゆとりを見ても10分といったところか……。住宅街の道が混むとは到底思えないが……念のため、もう一度走るか」
紗川はメーターをゼロにセットしてアクセルを踏んだ。レストランの前からスタートし、カフェの看板付近で左折。
T路を左折して岸の家に行き、そこから戻り、今度はT路を曲がらず進んでコンビニエンスストアに入る。
「途中、工事をしている箇所もなかった。道を走るだけなら、10分もかからない」
「あの……」
紗川がしていることが三枝にもおぼろげに分かってきた。
「……犯人って……やっぱり、岸さんですか?」
紗川は視線を一瞬向けただけで、黙ってアメリカーノを口に運んだ。
それは肯定だった。
「さっき歩いたあの道。あれが抜け道になってて、先回りしたってことですよね?」
「もっと論理的な話し方で説明できるだろう?」
笑いを含んだ言い方で諭され、三枝はゆっくり話し始めた。
「俺たちが夕方、走ったルートをAとして、レストランからの道をBとすると……」
「ああ、その言い方はうまくないな。レストランよりカフェの看板を分岐に考えた方がいい」
「たいして変わらないと思うんですけど」
「証明は常に簡潔である事が望ましい」
「分かりました。じゃあ、看板を分岐にして、俺たちがここに来るときに通った看板からコンビニまでをAコース。看板から岸さんの家を経由してコンビニまで行くルートをBコースとします」
三枝は数学の証明問題を説いているような気持ちになってきた。
「Aコースは本来最短ルートですが、渋滞がひどくて片道30分ほどかかりました。一方でBコースはゆっくり走っても8分から10分」
「そうだな。だがそれでは満点はもらえないぞ」
「簡潔に話したじゃないですか〜」
「不足があっても駄目だ」
「面倒くさいなあ……。要するに、抜け道使って先回りして奥さん殺して、何食わぬ顔でコンビニに来たんですよね。20分が殺害にかける時間として長いのか短いのかはわかりませんが……」
「まだ説明が足りないな」
「どのへんが足りないんですか?」
「どうしてそう思えたかの根拠がない」
「それは、なんだか知らないけど光ってる何かが点々と岸さんの移動を教えてくれたからです。家の前には三本あって。コンビにまで行くのが二本、旧16号までが一本だったら、一回家に行ってそこからコンビニまで往復したって考えられるじゃないですか」
「だから……」
紗川は楽しそうに言った。
「その筋の正体はなんだといっているんだ」
「え……」
「これは意図して残したものではない。分かりやすくいうとうっかり残してしまった足跡だな」
「分かりません。なんですか?」
紗川は相変わらず楽しそうだ。
「エンジンオイルだ」
「はあ?」
何のことだかさっぱり分からなかった。