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探偵と助手の日常  作者: 藤島紫
第1章 「本日のおやつは、さつま芋パイです」
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薔薇と子犬と天使

 第一発見者ということもあり、現場聴取には時間がかかった。開放されたときは、すっかり日付が変わっていた。

 三枝はぐったりとテーブルに顎をついた。


「むーりー。もう、無理、眠い」

「まだ1時半だぞ?」

「俺が今朝何時に起きたか知ってます? 5時ですよ。5時。俺はどこかの先生と違って健康的に朝型なんですー」


 いつもならとっくに夢の中だ。


(酔っ払いに失言が許されるなら、今の俺にも失言が許されるはずだよねー。すっげえ眠いもん。もームリ)


 執拗に細かに聞かれているうちに、感覚が麻痺してしまったのだろうか。今は眠いとしか思えない。


「それにー、また警察に行くんですよね? 朝4時に行くって……先生、俺を寝かせる気ないじゃないですか、眠い……」


 そんな馬鹿げた約束をしたのは紗川だ。

 時間も時間だから事情聴取は明日改めて、と言った刑事に紗川は首を振ったのだ。三枝はその瞬間、紗川の正気を疑った。


「むーりー、ねむーいー、ですー」

「取ってつけたように『です』と言わなくていいぞ」


 科学捜査の担当も朝にならないと来ないらしい。それまではリビングから離れているように言われた為、今いるのは店舗側だ。

 恐らくはガーデニングのセットだろう、アイアンテーブルと椅子のセットは、見た目は良いが座り心地が悪い。

 紗川は一人、安楽椅子で居心地良さそうにしている。


「今いるのは当直の刑事じゃないらしいからな。徹夜は可哀想だ。朝から働き詰めなんだぞ?」

「うう……俺も可哀想なんで寝かせてあげてください。せめてそっちの椅子に……」

「古来より、安楽椅子は探偵の指定席と決まっている」

「そんなの知りませんー、ソースを示してください」

「そう言うな。上手くすれば4時より前に帰れるように交渉してやる」

「うっそだあ〜4時が約束じゃないですか。なんでそれより早く帰れるんですかー」

「全く……眠い時の君は酔っ払いよりタチが悪いな」

「せめてそっちの椅子。寝かせてくださいよー」


――コンコン


 硬質な音に三枝が顔を上げると、店舗入り口に岸が立っていた。

 その手には毛布がある。


「こんなところで申し訳ありません」


岸も相当疲れた顔をしていた。


「え、あっ!」


 今の発言を聞かれてしまっただろうか。

 こんなところでは眠れないとわがままを言っているようにしか聞こえないだろう。

 内心で頭を抱える三枝の横で、立ち上がった紗川が岸を労わるように首を振った。


「岸さん。明日に備えてゆっくり休んでください。適切な食事と睡眠は大切ですよ」


 静かに微笑み、毛布を受け取る。


「奥様の大切な場所をお借りしてしまい、申し訳なく思っています」

「大丈夫ですよ。店舗といっても、ここは在庫置場のようなものです。ここに買いに来る人はほとんどいませんでしたし、ストーカーがいると分かってからは、実店舗は閉めていましたから」


 ストーカーがいるのに店を開けているのは不用心だ。

 岸もずっと妻に付き添っていられるわけではないのだから、その判断は当然の結果だろう。


「良い客もいたのではないですか? そこに湯沸や来客用と思われるカップもある。うちのアルバイトが使わせていただいているテーブルと椅子も、そのためのものでしょう」

「客と言うほどではありませんよ。友人が付き合いで来てくれることはあったようです」

「夫としては、その状況の方が好ましかった、という事でしょうか」

 

 岸は苦く笑い、うなずいた。


「ネット販売に力を入れてからは、確かに売り上げが伸びていた。売れれば面白い。それは分かります。しかし、のめり込むことで悪いものを引き寄せてしまったんです」


 店の商品に向ける岸の視線は負の感情を隠していない。

 岸は何を思っているのだろう。

 その心の内を想像した瞬間、てのひらに触れる鉄製のテーブルの冷たさを、より強く感じた。

 美しい薔薇、可愛らしい仔犬、無垢な天使、そんなものでこの場所は満ちている。

 女性が好きそうな小物にあふれた店舗だ。

 岸の妻がどんな人だったのか、店舗を眺めていると想像できる気がした。


「そうだ、岸さん。一つ伺ってもいいですか」

「なんでしょう、紗川さん」

「岸さんは頻繁に運転をしますか?」

「え? ええ……。通勤に車を使っていますから毎日乗っていますよ」

「そうですか。奥様はどうでしたか?」

「妻はほとんど乗りませんでしたねぇ。それがなにか?」

「いえ、ちょっと聞いてみたかっただけです。――では、このあたりでお暇致します」

「お帰りになるんですか?」


 岸は驚いたようだった。

 いや驚いたのは岸だけではない。

 三枝もだ。

 てっきりここで仮眠を取るものとばかり思っていた。


「深夜ですからね。事務所に向かうにもそれほどかかりませんよ」

「そうですか……」


 仮眠を取る場所として、店舗を提供してくれていたのは明確だ。にもかかわらず紗川が帰ると言い出したことに、三枝は驚きを隠せなかった。



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